骸骨ローブ
ある日の昼。
シルフィは部屋で惰眠を貪っていた。
健康に気を遣ったプロニートになる――
そんな宣言は、綺麗さっぱり消えていた。
「シルフィさん、朝ごはん……いや、昼ごはんできましたよ」
リリィが呆れを隠しきれない声で言う。
「おぉ……ありがとう……」
シルフィは気だるそうに体を起こし、ふらふらと椅子に腰を下ろす。
そのまま、ぼんやりと食事を口に運ぶ。
頬杖をつきながら、窓の外を見る。
曇り空。
ここ最近、ずっとこんな天気だ。
「シルフィさん!」
突然、外から聞き覚えのある声が響いた。
「え?あれ聖女様じゃない?」
「こんなところに!?」
「握手してもらおう!」
ざわめきが一気に広がる。
アウレリアは人だかりの中心にいた。
「あの……!すみません、今急いでいて――」
完全に捕まっている。
シルフィはパンを咥えたまま立ち上がると、薬屋の裏口へ回る。
扉を少しだけ開け、路地の角からひらりと手招きした。
「……こっち」
アウレリアがそれに気づく。
一瞬だけ迷い、そして人混みをすり抜けて駆け出した。
「すみません、失礼します……!」
どうにか抜け出し、そのまま裏口へ滑り込む。
扉が閉まる。
外の喧騒が、嘘のように遠のいた。
「はぁ……はぁ……」
アウレリアは肩で息をしている。
シルフィはパンをもぐもぐしながら言った。
「で、何があったの?」
軽い調子だった。
だが――
アウレリアの表情は、それとは真逆だった。
少しだけ震える声で、言う。
「……騎士団の小隊が」
一拍、間が空く。
「壊滅的な被害を受けました」
「は?」
静寂が落ちる。
シルフィは数秒だけ固まり――
「えっと、結局、何が出たの?」
アウレリアはぐっと唇を噛む。
「帰還した騎士の証言では……」
「成人男性ほどの大きさの鎌を持った、ローブを纏った骸骨……だそうです」
「骸骨も服装に気を遣ったりしてるのかな」
「どうでもいいでしょう!!」
肩を揺さぶられる。
「騎士団の攻撃は、ほとんど通じなかったと……」
「へぇ」
軽い返事。
「……通常の魔物ではあり得ません」
アウレリアは続ける。
「さらに――瘴気の塊の原因も判明しました」
「どうせその骸骨ローブさんが原因なんでしょ?だって明らかに親玉的な感じだもんね?」
シルフィの反応にアウレリアは戸惑う。
「はい…」
「その個体から放たれた瘴気が形を持ち、魔物を生み出しています。」
シルフィは腕を組む。
「その骸骨を完全に消滅させない限り、止まりません」
沈黙。
わずかに空気が張り詰める。
アウレリアは一歩踏み出す。
「……一緒に来てくれませんか」
「あなたの力が必要です」
シルフィは数秒だけ考える。
そして――
「まぁ、いいけど」
あっさりと答えた。
それからシルフィとアウレリアは、再び下水道へと足を踏み入れた。
湿った空気がまとわりつく。
進むにつれ、腐臭が濃くなっていく。
やがて――
視界が開けた。
そこには、魔物の巣。
そして。
無数の死体が転がっていた。
「……うわ」
シルフィが小さく呟く。
騎士団の装備。
見間違えるはずがない。
だが――
「……その割には、綺麗すぎない?」
血はある。
戦闘の跡もある。
それでも、どこか違和感があった。
「その骸骨はどこにいるのかな?」
アウレリアは答えず、すぐに兵士へ駆け寄る。
膝をつき、手首に触れる。
「……脈、あります」
ほっと息をつく。
「命に別状はありません……」
すぐに治癒魔法を発動する。
淡い光が傷口を包み込む。
その最中――
ぴたり、と。
空気が止まった。
「……?」
シルフィが顔を上げる。
音が、消えた。
水の滴る音すら、聞こえない。
「シルフィさん、周囲を――」
言いかけた、その瞬間。
――空気が裂けた。
視界の端で、黒い何かが振り下ろされる。
大鎌。
一直線に、アウレリアの胴へ。
世界が、引き延ばされる。
色が、落ちる。
シルフィは咄嗟に、足元に転がっていた剣を掴み取った。
その瞬間、剣は静かに白い光を帯び、淡く輝き始める。
踏み込む。
一瞬で距離を潰す。
――パンッ!!
衝撃。
火花が散る。
「くっ……!」
シルフィは歯を食いしばる。
受け止めたはずの一撃。
それでも、少し押される。
足が滑る。
石畳が軋む。
その向こうで――
ローブの奥、空洞の眼窩がこちらを見ていた。
「シルフィさん!」
シルフィは、ゆっくりと息を吐いた。
いつもの気の抜けた表情は消えている。
代わりに浮かんでいたのは、凛とした静かな顔。
「大丈夫」
小さく呟く。
「問題ない」
骸骨が動く。
――消えた。
次の瞬間には、視界の外。
三次元的に跳び、壁を蹴り、天井を駆ける。
常人では追えない軌道。
「……」
シルフィの目がわずかに細まる。
ーカンッ!!
振り下ろされた鎌を、弾く。
火花が散る。
ーパンッ!!
続けざまの一撃も、最小限の動きで受け流す。
足は動かない。
その場から一歩も退かず、ただ捌く。
骸骨の動きが、わずかに鈍る。
「……」
シルフィは、その“ズレ”を見逃さなかった。
踏み込む。
距離が、消える。
その瞬間――
骸骨が、止まる。
いや。
止められた。
シルフィの間合いに入ったことで、回避の選択肢が潰された。
逃げ場がない。
シルフィは剣を構える。
刀身に、魔力が収束する。
剣は先ほどよりも一層強く、まばゆい白光を放ち始めた。
空気が震える。
低く唸るような音が、空間を歪ませる。
対する骸骨も、鎌に紫の瘴気を纏わせる。
黒い霧が渦を巻く。
そして――
振り下ろされる。
刃と刃が交錯する。
――瞬間。
爆音。
衝撃が弾け、周囲の石壁が砕け散る。
床が割れ、瓦礫が宙に舞う。
一拍遅れて、風が吹き荒れる。
そして。
骸骨の身体は――
耐えきれず、崩壊した。
骨が砕け、粉塵のように四散する。
木っ端微塵。
吹き飛んだ。
カラン――。
木っ端微塵となった骸骨の骨が、床に散らばる。
シルフィはふうと息を吐く。
アウレリアは興奮した声を漏らす。
「すごいです!シルフィさん!早く騎士団の方たちを連れて外に出ましょう!」
シルフィは肩をすくめる。
「そうだね。」
剣は反動に耐えきれず、ついに限界を迎えた。
次の瞬間、鋭い音が空気を裂く。
――パリンッ!!
白い輝きとともに、剣は無数の破片となって砕け散った。
「壊れちゃった…まぁいいや、さっさと騎士たちを連れて帰ろう。」
その時。
カタ。カタカタ。
二人の視線は、粉々になった骸骨に戻る。
「なんですか…」
「なに…」
だが次の瞬間、骸骨が紫の瘴気を帯びて光り始め、ゆっくりと再構成される。
シルフィは咄嗟に距離を詰め、刀を振り抜いた。
ーバンッ!!
衝撃が前方の壁を抉り、瓦礫が飛び散る。
「………」
骸骨はシルフィの斬撃を避け、天井に張り付き、シルフィを見下ろす。
シルフィは無表情で見上げる。
「……………」
骸骨は先ほどとは比べものにならない速度で空間を駆け巡り、シルフィを翻弄する。
その隙を狙い、大鎌を振り下ろす。
「シルフィさんッ!」
アウレリアが叫ぶ。
シルフィは右手の裏拳を骸骨の顎へ叩き込んだ。
衝撃を受けた骸骨は、滑稽なほどにくるくると回転する。シルフィはその勢いを逃さず、流れるような動きで回し蹴りを繰り出した。
一撃は正確に命中し、骸骨は大きく吹き飛ばされ、そのまま粉々に砕け散った。
アウレリアは唖然とその光景を見る。
「え……あ…!浄化…!」
アウレリアは我に返り、杖を掲げ詠唱する。
「清浄なる光よ、すべてを洗い流せ――」
光が溢れ、粉々になった骸骨の残骸を包み込む。
瘴気は静かに浄化され、下水道の空気が少しだけ澄む。




