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下水道探索I

シルフィとアウレリアは、街の外れにある下水道の入口へと辿り着いていた。


石壁に埋め込まれるように設置された、横向きの土管。

雨水と汚水が流れ込むそこは、薄暗く、どこか生暖かい空気を吐き出している。


かすかに、嫌な匂いがした。


「ここか……」


シルフィは露骨に顔をしかめる。


「やだなぁ……やっぱりやめない?」


即答だった。


アウレリアは一瞬だけ言葉を選ぶように視線を泳がせ、


「シルフィさん、民……の」


そこで区切る。


すぐに言い直した。


「……いえ、あなたのニート生活のためです」


「よし行こう」


間髪入れずに返す。


アウレリアはほんのわずかに目を見開き、そして小さく息を吐いた。


(……扱い方、これで合ってるんですね……)


短時間で、妙な学習を終えていた。


シルフィは土管の奥を覗き込み、顔をしかめる。


「うわ、暗……」


中はほとんど光が届かず、奥は完全に闇に沈んでいる。

水の滴る音が、不規則に反響していた。


「明かり出せる?」


「ええ」


アウレリアが指先をかざすと、淡い白光がふわりと灯る。

柔らかな光が周囲を照らし、湿った壁と水の流れが浮かび上がった。


「じゃ、先どうぞ」


「え?」


「いや、ほら。聖女でしょ?そういうの先行くやつじゃない?」


「そういうものではないと思うのですが……」


小さくため息をつきながらも、アウレリアは一歩踏み出す。


水音が、靴の下で静かに広がった。


その後ろを、シルフィが気だるそうについていく。


土管の中に足を踏み入れた瞬間――


シルフィの足が、ぴたりと止まった。


「……ん」


「どうしました?」


アウレリアが振り返る。


シルフィは足元を見ていた。


水に混じる、わずかな“黒”。


「これ……」


しゃがみ込み、指先で触れる。


ぬるりとした感触。


しかし、路地裏で見たそれとは、わずかに違う。


「……濃い」


ぼそりと呟く。


アウレリアの表情が引き締まる。


「やはり、ここに……」


「いや」


シルフィは首を振る。


「“ここが発生源”って感じ」


そのまま、奥へと視線を向ける。


暗闇の先。

光の届かない、そのさらに奥。


小さく笑う。


「思ったより早く終わるかも。」


その言葉に、アウレリアも静かに頷いた。


「……進みましょう」


二人は、ゆっくりと奥へ足を進める。


水音が、次第に深く、重くなっていく。


その瞬間、空気がわずかに揺れた。


水音とは違う、重く湿った気配が、下水道の奥から滲み出してくる。


やがて――それは姿を現した。


歪んだ巨体。

泥にまみれた皮膚は黒く濁り、濁った瞳が鈍く光を反射する。


「……オーク」


アウレリアが小さく呟く。


ただの魔物ではない。

その体からは、あの瘴気と同じ気配が濃く滲んでいた。


低い唸り声が、空間に重く落ちる。


次の瞬間――


「邪魔」


シルフィが、面倒そうに手を振った。


それだけだった。


音もなく、オークの首がずれる。


一拍遅れて、ずるりと滑り落ちた。


血が噴き出すよりも早く、その体は力を失い、崩れ落ちる。


まるで糸の切れた人形のように。


しばしの沈黙。


アウレリアは、その残骸を静かに見つめていたが――


やがて、わずかに眉を寄せる。


「……やはり」


ゆっくりと口を開く。


「通常の個体ではありませんね」


視線を落とし、黒く滲む地面を見る。


「あの瘴気と同質の魔力を感じます」


シルフィは興味なさそうに死体を跨ぐ。


「で?」


「発生源はやはりこの下水道の奥深くだと思います。」


アウレリアは周囲を見渡す。


シルフィは軽く鼻を鳴らす。


「臭い…ほんとに憂鬱だ…」


そのまま、奥へと視線を向ける。


暗闇の奥。

光の届かないその先へ。


先へ進むと、薄暗い通路の先に影が蠢いていた。


小柄な影がいくつも重なり、濁った気配が空間に広がっている。


「……ゴブリンか」


シルフィがそう呟いた、その瞬間――


アウレリアが地を蹴った。


「え」


一歩で距離を詰める。


手にした杖が、迷いなく振り抜かれた。


鈍い音。


先頭のゴブリンの頭部が、あっさりとひしゃげる。


そのまま流れるように体を回転させ、二体、三体と叩き伏せる。


動きに一切の淀みがない。


まるで、最初からそうすることが決まっていたかのように。


最後の一体が逃げようとした瞬間、


振り下ろされた一撃が、その首を叩き割った。


静寂。


シルフィは、ぽかんと口を開けたまま固まっていた。


「…………は?」


アウレリアは何事もなかったかのように杖を軽く振る。


付着した血が、ぱっと散った。


「先に進みましょう」


当然のように言う。


シルフィはようやく我に返る。


「いや……!ちょっと待って!?」


思わず指をさす。


「君めちゃくちゃ物理じゃん!ほんとに聖女!?」


アウレリアはきょとんとした表情を浮かべ、


少しだけ考えるように間を置いてから、


「筋トレしてるので。」


「えぇ……」


シルフィは引いた。


シルフィとアウレリアは、下水道のさらに奥へと進んでいた。


下水道は入り組み、迷路のように複雑な構造をしていた。湿った石壁には黒ずんだ水垢がこびりつき、どこからともなく滴る水音が静寂の中に反響している。足元を流れる濁流は鈍く光を返し、鼻をつく臭気が空気に重く淀んでいた。


「こんな感じなんだね、下水道の中って。」


シルフィは周囲を見回しながら、やや呑気に呟く。


「そうですね…私も初めてです。」


アウレリアは裾をわずかに持ち上げ、汚水を避けるように慎重に歩く。


「どっかの聖女様が下水道が怪しいとか言わなかったら行くことなかったな…」


軽い皮肉を含んだ声に、アウレリアは唇を尖らせた。


「軽口叩いてないでもうちょっと周りを見てください。」


シルフィは気だるげに首の後ろで手を組みながら歩いていたが、不意に足を止める。視線の先、湿った壁面に不自然な刻み跡が走っていた。


苔と汚れに覆われながらも、それは明らかに“意図された形”を保っている。


「ん?」


アウレリアが振り返る。


「どうかしましたか?」


「これ見てよ、文字みたいなのある。」


シルフィが顎で示すと、アウレリアは警戒しつつも近寄り、指先でそっと汚れを払う。


「えっと…」


かすかに露わになった刻印は、見慣れない文字列――あるいは紋様のようにも見えた。


その瞬間。


天井の闇が、不意に揺らぐ。


ぬるり、と。


粘ついた糸を引きながら、人の頭ほどもある巨大な蜘蛛が静かに降下し――次の瞬間、獲物へと跳びかかった。


「きゃッーー!」


甲高い悲鳴が狭い通路に反響する。アウレリアはほとんど反射的に後退し、足をもつれさせながら蜘蛛から距離を取った。


水しぶきが跳ね、汚水の匂いが一層強く立ち込める。


シルフィは迫る蜘蛛よりも、突然の絶叫に肩を跳ねさせた。


「あッ…!なに!?」


「シ…シルフィさん…!ちょっと倒してください…!」


半ば涙声で懇願するアウレリアに、シルフィは眉をしかめながら溜息をつく。


「ほんと心臓に悪い…」


視線を戻せば、八つの眼がぬらりと光り、異形の影がじり、と距離を詰めてきていた。

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