17
深夜二時。
カズヤは数学の教科書を前に、魂が口から漏れかけていた。
「終わった……サイン・コサインの段階で、俺の脳内メモリはパンク寸前だ……」
そこへ、レナが夜食の「特性おにぎり」を持って現れた。
「兄さん。脳の処理能力が限界値に達しています。一時的な効率化を提案します」
「効率化? エナジードリンクならもう三本飲んだぞ」
「いいえ。神経伝達物質の分泌を調整し、思考速度を強制的に引き上げます」
そう言うな否や、レナは小声で何かをつぶやく。
すると、カズヤは脳内に冷たい電流が走ったような感覚を覚えた。
視界が驚くほどクリアになり、今まで「暗号」にしか見えなかった数式が、まるで意味を持った物語のように頭に流れ込んでくる。
「……解ける! 解けるぞレナ! 数学が、面白いように理解できる!」
カズヤは取り憑かれたようにペンを走らせた。
この全能感なら、明日のテストは満点どころか、数学の歴史を塗り替えられるとさえ確信していた。
翌日。
テスト開始のチャイムが鳴り響く。
カズヤは余裕の笑みで問題用紙をめくった。
(くっくっく。昨日のあの感覚で容赦なく片付けてやるぜ!)
悠然と構えながら一問目を見た瞬間、カズヤの指が止まった。
「……あれ?」
昨夜、あんなに輝いて見えた数式たちが、今はただの「曲がった棒と記号」に戻っている。
レナの処置は、あくまで「一時的なオーバークロック」に過ぎなかった。
テスト本番、カズヤの脳は通常スペックへと戻されていたのだ。
「う、嘘だろ……。公式……公式が一個も思い出せねぇ……!」
冷や汗が止まらない。
昨日解いたという確かな記憶はある。
だが、その「解き方」にアクセスするための鍵を、今のカズヤは持ち合わせてはいなかった。
結果。
放課後、返ってきた解答用紙には、真っ赤な「12点」の文字。
そこへ隣の席にいるヒカリに点数を目撃された。
「あら、高木君。こんなテストで赤点なんて、あなたの星の知能もたかが知れてるわね」
ドヤ顔をしてる委員長の机を見ると、そこには95点の解答用紙があった。
(委員長……抜けてる割には地味に頭良かったんだな……)
カズヤはふらふらとした足取りでレナの教室がある1階へ足を運ぶ。
何気に壁に目をやると、そこには今回1年のテスト上位成績者が貼り出されている。
そのリストに目をやったカズヤは、さらに絶望に突き落とされた。
学年1位:高木 レナ 100点
妹の名前が最上段に君臨していた。
(あいつ……いつ勉強してたんだよ……)
そこへ、レナが教室から出て来た。
「……兄さん。顔色が優れませんね。栄養補給が必要ですか?」
いつの間にか隣に立っていたレナが、無表情に問いかけてくる。
「レナ……次からは、せめてテストが終わるまで……持続させてくれ……」
カズヤは自分の解答用紙を丸めてポケットに突っ込み、夕暮れの廊下で力なく項垂れた。




