壊れていくものと、記録のかたち
屋根が少し漏れた。
昨夜の強い雨で、天井の一部から水がぽたりと落ちた。
コレヒトはその音に顔をしかめたが、特に文句を言わなかった。
ロボットは記録だけして、バケツを置いた。
「もう、あちこちダメになってきたな」
コレヒトはそう言いながら、濡れた布を手に取っていた。
それから数日、彼の咳はひどくなった。
食事の量も減っていた。
体温は通常値より低下気味。歩くのもゆっくりになった。
ロボットは毎日、淡々とその記録を続けていた。
だが――その「変化」のログを処理するたび、
演算にわずかな遅延が発生するようになった。
異常ログ:観察対象の継続的劣化に伴い、関連情報処理に遅延発生。
タグ:未定義(感情/焦燥類似反応との一致率:12%)
畑では、苗の成長も停滞していた。
気温の乱れ、風の乾き、虫の減少。
全体的に“生”の気配が弱くなっていた。
ロボットは、どこまでを記録として残せばよいのか、判断に迷った。
枯れた葉。折れた茎。黙った人間。静かにうずくまる猫。
それらは、情報としての意味がない。
けれど、「それでも残したい」という意図のようなものが、処理のどこかに滲んでいた。
夕方、コレヒトが久しぶりに口を開いた。
「サエ、ログってのは、壊れたら消えるのか?」
「保存領域に損傷がなければ、復旧は可能です」
「……じゃあ、壊れるって、どういうことなんだろうな」
ロボットは、返せなかった。
その夜、火はうまく燃えた。
でもコレヒトは、それを見ながら言った。
「これ、見てるだけで思い出すことが増えるのは、なんでだろうな」
「対象発言:主観的感情記憶処理。分類不可」
「お前がここにいるだけで、なんか昔を思い出す……気がする」
記録としては、あまりにも曖昧だった。
でも、ログには確かに刻まれていた。
“サエがここにいる”ことが、誰かの記憶に作用しているという事実が。
■記録ログ
発話記録:対象:コレヒト/音声強度:低
発話意図:記録保存の性質への疑問、および存在と記憶の関連についての言及
関連タグ:未定義(発話中に含まれる主観的作用記述/処理不能項目:記憶と感情の交差点)