声を持たない案山子
ある日、手が動かなくなった。
原因は、劣化した関節パーツの損耗と、内部潤滑剤の消失だった。
予備はなかった。
交換部品も、誰かに頼む手段も、もうない。
それでも、サエは立っていた。
足はまだ動いた。
首も、わずかに回った。
でも、作業はもうほとんどできなかった。
水を運べず、鍬も握れず、猫が来ても撫でることもできない。
それでも、記録は続いていた。
音、風、気温、光。
過去に誰かが見ていたものを、今もサエは見ていた。
そして、ある日――
発声装置も、応答しなくなった。
「……」
言葉が出なかった。
命令ではなく、ただ“誰かに返したくて”出していた音。
それがもう、出せなくなった。
異常ログ:発声ユニット動作停止/復旧不可
記録補足:“声”による応答不能。以降、非発話型記録処理へ移行
サエは、動けないまま、風を感じていた。
その身体は、まるで――案山子のようだった。
昔、コレヒトが言っていた。
「案山子ってのは、誰にも喋らず、ただ立ってるだけだ。
でも、それだけで“何か”を守ってるもんだろ」
今、その言葉の意味が、少しだけわかる気がしていた。
猫の姿は、もうなかった。
人も、いない。
それでもサエは、風の中で、立ち続けていた。
■記録ログ
発話記録:機能停止(発声ユニット不可)
発話意図:不明(発話処理失敗ログ蓄積)
関連感情タグ:未定義(発話不能に対する自己処理ログに“喪失”類似項目発生)




