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橋良満開と土曜日②

「凄いよトッキー! 牛丼だけじゃなくて、カレーもある! えっ!? うな丼も!?」


「落ち着け。あんまり騒ぐなって」


「いやいや、牛丼屋なのにウナギ置いてるんだよ! ふぇっ!? ね、ネギトロ丼!?」


 適当に街中をぶらつきながら、一番最初に目に入ったチェーンの牛丼屋に入った。

 店に入るなり、橋良は「予約なしで、二人です!!」と大声で叫んだが、「お好きな席にどうぞー」と流されて軽くパニクっていた。


 挙動不審の橋良を誘導しテーブル席についたが、メニューを開くなりこの騒ぎようである。


「……牛丼食いにきたんじゃないのか?」


「だ、だって牛丼屋さんなのにネギトロあるんだよ!? お肉も海鮮もなんでもありなんて、イカれてるよ!」


 お前のテンションがな。

 とりあえず、店で騒ぐのやめてくれないかな。


「そんで、結局何にするんだ?」


「えっとねー、うーん。えっと……うーん。トッキーと同じの!!」


「いい加減自分で決めることを覚えろって……じゃあ、普通に牛丼頼むぞ。サイズどうする?」


「一番でっかいの」


 そこは即答なんだな。

 本当に、なんでコイツ細いんだ?


 俺はタッチパネルで注文しつつ、素朴な疑問を問いかける。


「なあ。橋良って、ダイエットとかしてるのか?」


「ダイエット? 体重とか気にしたことないかも。いくら食べても太らないし」


「……とりあえず、他のヤツの前でその発言するなよ。全女子を敵に回すぞ」


「トッキーって、たまによくわからないこと言うよね」


 不思議そうに首を傾げている。

 もう理解しなくていいから、俺の言う事だけ聞いていて欲しい。


 そんなやり取りをしている内に、店員が牛丼を持ってきた。その姿を見て、橋良は目を丸くして驚く。


「は、早っ!! 相当手際がいいシェフなんだね!?」


「そうだな。ここのシェフは三つ星獲得してるらしいぞ」


「三つ星シェフが牛丼屋を……い、一体何があったんだろうね……」


 コイツ、面白いな。

 梅屋先生がおもちゃにする気持ちがよくわかる。


 メガ盛りの牛丼は俺の方に置かれたので、何も言わずにひっそりと交換する。そりゃ、こんなちっこくて細いヤツが爆盛り牛丼食うとは思わんよな。


 橋良は興味津々に運ばれてきた牛丼を眺めている。そして、珍しく携帯を取り出してパシャパシャと写真を撮り出した。


「もしかして、橋良ってあんまり店で食べたことないのか?」


「うん。ウチって、外食とかしないんだ。本当に特別な日にレストランとか行くことあるけど、あんまり記憶にないかな」


「でも、友達とちょっと食べに行ったりとかあるだろ?」


「私、友達いなかったから……」


 まずい、地雷踏んだ。


「ほ、ほらっ。冷めない内に食おうぜ!」


「トッキーは、そんな小さいのでいいの?」


「気にせず沢山食え!」


 急かすように箸を渡す。

 橋良は、手を合わせて「いただきます!」と元気よく一口目を頬張った。その瞬間、目が輝く。


 そのままブラックホールのようにみるみる牛丼を吸収していく姿を、俺はぼんやりと眺めていた。


 橋良は本当に幸せそうに食事をする。

 育ちがいいのか、お手本のような箸の使い方。無駄な音をたてずに、一口一口をとても綺麗に口の中に入れていく。そして、たまに溢れる恍惚な表情。


 ただ純粋に食事を楽しむ姿は、なんとも橋良らしいと思う。


「……モゴッ。どしたの、トッキー。ジロジロ見て」


「いや、割と好きだから見ちゃうんだよな」


「っ!? すっ、好っ?!? ブフォッ!!」


 盛大にムセた。

 橋良は咳込みながら、背中を丸めている。


「大丈夫か? ほら、水飲め」


「ゴホッ、ゴホッ……す、好きってどういう……」


「ん? 橋良が美味そうに食べるとこ見るの好きでさ。なんか、こっちも食欲湧いてくるっていうか」


「あ、ああ……」


 なんか睨まれてる。

 怒らせるようなことしたか?


「えっと、食べてるとこジロジロ見られてたら嫌だよな。悪かった」


「そ、そうじゃなくてっ!!」


「なんだよ?」


「……何でもないっ! 冷めるから、トッキーも早く食べな!」


 やっぱり、女子ってわからん。

 特に橋良は難しい。


 まあ、食に真剣な橋良のことだ。

 冷めていってしまう牛丼が、どうしても許せなかったのだろう。俺も橋良を見習って、牛丼と向き合わなければ。


 ムセが落ち着いてからもずっと顔面を赤くさせている橋良を見て、相当苦しかったのだろうなと思いつつ俺は牛丼を頬張った。



◇◇◇◇

 

「凄い美味しかったね! 三つ星シェフのこだわりを感じた!」


「そうか、よかったな」


 三つ星シェフのこだわり、だいぶお手頃な値段だったな。橋良も満足そうで何よりだ。


「さて。これからどうするか」


「私、他にも気になるお店があってね! そこはカツ丼屋さんで——」


「デザート食おう。橋良アイス好きだろ?」


「え? 別にいいけど、トッキー甘いもの苦手じゃなかったっけ?」


 苦手だよ。

 でも、牛丼とカツ丼のハシゴよりは全然マシだ。

 

 どこにアイス屋があるかなんて知らんが、とりあえず俺は適当に歩き出す。

 その隣を橋良はチョコチョコとついてくる。


 二人でのんびりと歩きながら、街中を観察する。俺達のように、男女の二人組は沢山見かける。夫婦なのか、カップルなのか、それともただの友達なのだろうか。


 この前、クラスのなんとか君と交わした会話。


"……別に、俺と橋良は付き合ってないぞ?"


"え、そうなの? じゃあ距離感バグってね?"

 

 クラスでは、いつも二人でいる。

 休日には、こうやって二人で外出をする。

 周りから見たら、きっと付き合っていると思うのだろう。


 ただ、俺と橋良は友達だ。

 でも、たまにただの友達には芽生えないのであろうものを感じることがある。


 俺にとっての橋良は、一体なんなのだろうか。


 そんなことを考えながら、橋良にチラリと目線をやる。すると、思いがけず目が合ってしまった。


「ん? どしたの?」


「あ、いや。……別に何でもない」


「ふーん?」


 橋良は、俺の顔を覗き込む。


「何考えてたの?」


「何も考えてねえって」


「……そっか。なんか、不思議だねえ」


 そう呟きながら、橋良は雲一つない快晴の空を見上げた。


「不思議って、何が?」


「こうやって、トッキーと休日に待ち合わせして。ご飯食べに行って。プラプラ街中をお散歩してることが、かな?」


「確かに。入学初日にあれだけやらかした女子と、こんな風に仲良くなるとは思わなかったな」


「なにさっ! そんなこと言ったら、トッキーだって初日から波瑠ちゃん……と……」


 橋良の顔が曇り始める。

 何かを考え込んでいるのか、そのまま会話が止まってしまった。


 俺もどうしたらいいのかわからず、沈黙のまま二人で歩き続ける。すると、不意に橋良が口を開いた。


「……私さ、トッキーのことよく見てるんだよ。真っ直ぐで、凄い誠実な人なんだと思う。でも、たまに違和感を感じることがあるんだ」


「違和感?」


「うん。トッキーが波瑠ちゃんといる時。何か隠してるような」


「えっ……と。別に……」


「ずっと改めて聞きたかったんだ。トッキーと波瑠ちゃんの関係って、何かな」


 ……俺は、橋良を侮っていた。

 ずっと何かを感じながらも、それを上手に隠して気づかないふりをしていたのだろう。


 波瑠はタイムリープをしてきた。

 俺は未来で波瑠に恋をして、フラれている。


 嘘みたいな話しだが、橋良であればすんなりと信じるのかもしれない。

 でも、俺はその事実を橋良に知られたくなくて咄嗟に嘘をついた。


「いや、別になんでもねえって。普通の友達だよ」


「……そっか!! 変なこと言ってごめんね」


 そう言いながら、俺に無理やり作った笑顔。その表情が俺の胸に突き刺さった。


 橋良はこれ以上顔を見られたくなかったのか、スタスタと先に歩き出す。

 

 ああ、俺は間違えた。

 橋良にあんな顔をさせたかった訳じゃない。


 "トッキーは、私の最強のヒーローなんだよ"


 橋良の言葉が不意に脳裏に浮かぶ。

 ……ヒーローが、裏切っていいはずがないんだよ。


 気づくと、俺は力の限り叫んでいた。


「橋良っ!!」


 俺の声に、くるりと橋良は振り返る。


「えっ……どしたの、トッキー」


「悪い。嘘ついた」


「……………」


「確かに、俺と波瑠はちょっと不思議な関係ではある。隠していることもある。でも、今はそれは言えない……だから、少し待っていて欲しい。橋良には……橋良にだけは、ちゃんと話したいから」


 橋良はじっと俺を見つめた後、そのまま表情を変えずに俺のところまで歩いてきた。

 そして、また俺の顔を覗き込みながら淡々と話し出す。


「いいよ、待っててあげる。まだまだ、時間はあるから」


「いいのか?」


「うん。だって、ずっと私の隣にいてくれるんでしょ?」


 ……言質な。

 橋良は意地悪そうに笑顔を作る。そして、俺に手を差し出してきた。


「はい、でも嘘をついた罰です」


「……なんだよ?」


「アイス屋さんまで、手繋いで歩いて下さい」


「っ!? いや、それは……」


「じゃあ、待たないし、許さない!」


 ……本日、二度目の完敗だ。

 俺は言われた通りに橋良が差し出した手を握りしめる。


 そのまま横並びで歩き出すが、とても橋良の顔なんて見れやしなかった。いや、顔なんて見なくてもわかる。また、どうしようもなく幸せそうな顔を浮かべているのだろう。


 やっぱり、俺は甘いものは苦手だ。

 こんな甘いものを受け止められるほど、俺はまだ大人ではないんだ。


 でも、橋良の言う通りまだまだ時間はある。

 だから、この感情に焦って名前を付ける必要なんてない。


 俺達は、"まだ" 友達なのだから。

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