橋良満開と土曜日①
さて、何を着ていくか。
前回と同じ服はさすがに避けなければ。
元々、そんなに私服のレパートリーはないしファッションにも疎い。何を着ても様になる程の身長もないし、奇抜な服装が似合うようなカリスマ性もない。
……いいか、いつものやつで。
"コンッ、コンッ、コンッ"
「お兄ちゃんいるー?」
まあ、お前は来るよな。
知ってた。
前回の橋良との外出の時は、ヒバリのせいで盛大に遅刻をかました。しかし、俺だって学習をしない訳ではない。これも想定内だ。
そのために、俺は待ち合わせ時刻の二時間も前から支度をし始めている。
「兄ちゃんは、今いないぞー」
「いるじゃん。入るよー」
くそっ、普通に入ってきやがった。
いないと言ってるのに、なぜ信じてくれないのか。
ヒバリは部屋に入るなり、俺のことを下から上までジロジロ見ながら顔をしかめる。
「なんだよ?」
「お兄ちゃん、それダサい。柄物のTシャツは基本NG。無地でいいからチェンジで。それに合わせて、暗くならないようにボトムス決める。バックは、メンズでもおかしくないの私持ってるからそれ使って」
急に始まった妹のファッションチェックに、今度は俺が顔をしかめる。
「……急にどうした?」
ヒバリは俺の部屋のクローゼットをガサゴソ漁りつつ、外出用の服を厳選し始める。
「どうせ、メスとお出かけでしょ?」
「いや、まあ。女友達とちょっと……」
「今日は協力してあげるけど、今度そのメス紹介して。お兄ちゃんに近づいていい人材なのか、ちゃんと面接するから」
企業かよ。
面接の果てに不採用となったら、一体どんな処置が下されるというのか。普通に会わせたくない。
「それより、どうした。前回みたいに、絶対騒ぎ出すと思ったのに」
「応援してる訳じゃないよ。でも、お兄ちゃんがダサいって思われるのは嫌なの。わかるかな、この妹心」
「わからんな」
「私が誰かとお出かけする時、上下スウェットのビーチサンダルで行こうとしてたらどうする?」
「意地でも、止める」
なるほど、ちょっとわかった。
ウチの妹はメチャクチャ可愛いのに、ファッションセンスは壊滅的とか思われたら悔しい。
「まあ、どうせ潰すなら、お兄ちゃんのことメチャクチャ好きになってもらってから潰した方が、スカッとするじゃん?」
「潰す前提で話をするなよ」
「冗談だよ。ほらっ、これに着替えて。私、バック取ってくるから」
ヒバリは俺に選んだ服を渡すと、そのまま部屋を出てバックを取りに行く。
言われるがままに着替えを始めると、廊下から無機質な声が聞こえてきた。
「あ、言い忘れたけど。健全なお出かけをするようにね。お兄ちゃん?」
……ああ、ドス黒いものが漂ってきている。
これは、究極の警告だ。生かすか殺すかは、俺の行動にかかっている。
俺の妹を殺人鬼にする訳にはいかない。
何があっても、橋良と過ちを犯すことは許されないのだ。
◇◇◇◇
予想外にスムーズに家を出ることができた為、一時間ほど早く待ち合わせの駅に着きそうだ。
俺は電車に揺られながら、昨日送られてきた橋良のメッセージを読み返す。
『気になってるお店があるんだ。よかったら、一緒にお昼食べに行こ?』
女子から、休日にランチを誘われるとは。
前回はチェーンのカフェだったが、今回はオシャレなレストランかもしれない。ヒバリに服選んでもらってよかったな。
俺は財布の中身を確認する。
多少は多めに持ってきたが、女子の気になるお店の相場がわからない。流石に、そんな高級なところではないとは思うが……。
そんな心配をしていると、いつの間にか駅に着いていた。
待ち合わせ時間までは、あと一時間ほど。
どうやって時間を潰そうかと考えながら、改札を出る。
確か、本屋があったよな。
新刊でも漁りながらのんびりと——
「あれ? トッキーだ」
聞き慣れた声が、後ろから聞こえてきた。
まさかとは思いながら振り返ると、当たり前のように橋良が立っていた。
「もう来たんだ! 早かったね!」
「……なんで、いるんだよ」
「あははっ、何言ってんのトッキー! ここで待ち合わせだったじゃん!」
「待ち合わせ時間は一時間後なのに、なんでもういるのかを聞いてんだよ」
橋良は本気で理解出来ないのか、不思議そうな顔をしている。
「なんでって。二時間早く来たから?」
「そういうことじゃなくて……二時間?」
「うん、二時間前行動しとこうかなって」
そんな五分前行動みたいなノリで動かないでくれ。待ち合わせ時間という概念をぶち壊しているぞ。
「もしかして、前回もそんな早く来てたのか?」
「まあ、そんなもんだったかなあ」
「いや、何でそんな早く来るんだよ」
「楽しみだから」
橋良はそう言いながら、少しはにかみながら笑う。
ああ、困った。
またこの感情だ。
橋良の髪型はいつもと違う。普段は何も手を加えていないミディアムボブだが、今日はサイドをアップにしてアレンジしてある。
あらわになった輪郭が予想外に綺麗で、小さな顔と整った顔立ちが改めて橋良は美少女なのだと主張している。
そんな女の子が、こんな風に笑うのは反則だ。
「どしたの、トッキー?」
「あ……ああ。いや、楽しみにしてくれてたのは嬉しいけど、気をつけろよ」
「何を?」
「女子が一人で何時間も立ってたら、変な男に声かけられるかもしんないだろ」
橋良は目を丸くしながら、少し驚いている。
そして、ニンマリと意地悪そうに笑った。
「なにさ、トッキー。私が他の男に声かけられたら、問題でもあるのかな?」
「いや、そういうワケじゃ……」
「大丈夫だよ。私はトッキー以外の男子とは、遊んだりしないから」
そう言いながら、また橋良は照れ臭そうに笑う。
やられた。
前回もそうだったが、何かとペースを握られる。純粋に気持ちをぶつけられると、俺みたいに捻くれた人間は手も足も出なくなる。
相性がいいのか、悪いのか。
俺は反応に困りながら、苦し紛れに会話を続ける。
「でも強引なナンパとかだったらどうすんだ。橋良なんて小っちゃいから、あっという間に連れてかれんぞ」
「そしたら、トッキーが助けに来てくれるから大丈夫」
「いや、俺はヒーローじゃねえぞ?」
橋良は、首を横にふる。
「ヒーローだよ。トッキーは、私の最強のヒーローだもん」
……完敗だ。
ここは素直に負けを認めよう。
「……なら、今度から俺は三時間前行動しなきゃな」
「じゃあ、私は四時間前行動しよーっと」
「それじゃ意味ねえだろ」
「あははっ、キリないねっ! とりあえず、行こっ。お腹すいちゃった!」
橋良は後ろに手を組みながら、ご機嫌に歩き出す。それに続くように俺も歩き出し、橋良の隣りについて横目で橋良の顔を眺めてみる。
なんとも幸せそうな顔をしている。
相変わらず、感情を真っ直ぐ顔に出すヤツだ。
「それで、今日はどこ行くんだ? 予約とかしてんのか?」
「予約? んー、多分いらないんじゃない?」
よかった。
とりあえず高級店とかではなさそうだ。
俺のお財布さんが安堵のため息をついている。
「ちょっとしたカフェとか? あ、パスタが美味しいイタリアンとか」
「んーん、牛丼屋さん!」
「……牛丼?」
「うん! 凄いんだよ、そこっ! ほぼ24時間で営業してて、結構安いみたい!」
チェーンの牛丼屋じゃねえか。
牛丼屋のことを、気になってるお店って表現する女子ヤバいだろ。
……まあ、ある意味安心した。
やっぱり、橋良は橋良だ。




