常磐ヒバリと金曜日
先輩との密会を終え、放課後。
橋良と波瑠による打ち上げパーティーが繰り広げられ、俺と先輩はどんちゃん騒ぎに巻き込まれた。まだ部活の存続も決まってないのに、よくあそこまで騒げるものだ。
俺は家に帰ると、そのまま自室へと突っ込んだ。そして、意識ギリギリにベットへ倒れ込む。
「疲れた……」
……デジャヴだ。
つい最近もこんなことがあった気がする。
このまま瞳を閉じ、夢の中に飛び込めたらどんなに幸せか。しかし、アイツは絶対来る。
兄としての直感がそう言っている。
"コンッ、コンッ、コンッ"
「お兄ちゃん帰ったのー?」
ほら、来た。
間違いなくアイツは、俺の思春期的な感情を嗅ぎ取ってきやがる。ラブの香りを家に持ち込んだ時点で俺の負けなのだ。
「……兄ちゃん、今日は過去最大に疲れてるんだ。また今度に——」
「わかった、入るよー」
何がわかったというのか。
この妹は、俺の話を基本的に聞きやしない。
ヒバリは毎度の如く、俺のベッドにポスンと座る。こうなると俺も起き上がり、迎撃体制を作りあげなければならない。
「さて、お兄ちゃん。これから——」
「聞き取り始めんなよ?」
「えっ? なんで、わかったの。お兄ちゃんエスパー?」
前回も同じ流れやってるからだよ。
俺からしたら、お前の方がよっぽどエスパーだ。その能力は世の中のために使ってくれ。
「まあ、いいや。ねえ、今日のお昼くらいにあの長い一本道の桜並木にいたよね? しかも、女の子と」
「……いや、なんで知ってんだよ?」
「よくないよー。お昼休みに女の子と学校抜け出して相引きとか」
「お前、そろそろ会話のキャッチボールを覚えてくれ」
なんで、俺の行動把握してんだよ。
ラブの匂いを嗅ぎ取ったとか、もうそういうレベルじゃないぞ。
……ただ、これ以上俺は問いただしてはいけない気がする。そこを追求してしまうと、もう兄妹としての関係性が崩壊するのが目に見えている。
ヒバリは仕方なさそうに、小さくため息をついた。
「まったくー、ほどほどにしなよ? 誰かに見られてたら、あんま印象良くないからね?」
「……どうした?」
「何が?」
「いや、いつもならナイフで脅すやら、脅迫状がどーたら騒ぎ出すだろ」
「あはは、そんなことしないよー! 私、理解ある妹だよ?」
そんなことしてたんだよ、お前は。
過去を捻じ曲げてくるんじゃねえよ。
そもそも、理解ある妹は消滅したと思っていたが、まだ自我は残っていたのか。
「ほら。私達って、血の繋がってる兄妹じゃん?」
「……だから、なんだよ?」
「血縁に勝るものなんてないんだよね。どこまでいっても、家族かそれ以外かなんだよ。だから、お兄ちゃんの周りに群がるメス共なんてハエとかと一緒。うっとおしいけど、所詮は虫に騒ぐだけ無駄かなって」
ダメだ、何言ってるかわからん。
ただ、一つ言えるのはコイツだいぶヤバい領域まで辿り着いてやがる。
その考え方でいくと、家族以外の全人類は全てハエだぞ。
「ヒバリ……あのな——」
「心配なんだよ」
ヒバリは、表情を変えずに呟く。
その神妙な空気感に、思わず畏ってしまった。
「心配って、何が?」
「……高校入ってから、お兄ちゃんいつも疲れてるし。たまに、なんかワケわかんないこと言うし。おかしいもん」
「いや、まあ。毎日疲れてるのは確かだが」
「何かとメスの匂いもするし。そいつらが、お兄ちゃんに悪さしてるんじゃないかなって。だったら、私絶対に許せない」
メスって言うのやめてくれないかな。
ただ、ヒバリの眉間にはだいぶシワが寄っている。この顔は、本気で怒ってる時の顔だ。
久しぶりに見たな。
小学生のころはしょっちゅうこんな顔して怒っていたが、心からの感情を剥き出しにしているのは珍しい。
「……大丈夫だよ。ありがとうな」
「お兄ちゃん、なんもわかってない。例えば、私がある時を境に毎日疲れ果てて帰るようになって、言動もおかしくて。その周りで男の子の影が見え隠れしてたらどう思う?」
「そいつら、ぶっ殺す」
「ほらっ」
ダメだ、瞬間的に感情が爆発してしまった。ヒバリに悪い影響を与え出すオス共がいたら、確かに俺も手を出してしまうかもしれない。
……ああ、なるほど。
俺達は、やっぱり血の繋がった兄妹だ。
「……ヒバリ、ちょっと散歩でもするか?」
「ほんとっ!? 久しぶりの、夜散歩!!」
「コンビニでアイス買ってこよう」
「私、氷のガリガリするヤツにするっ!」
ヒバリの表情がパッと明るくなる。
俺が高校に入学する前までは、しょっ中二人で夕飯後に家を出て、プラプラと歩きながらアイスを買いに行っていた。
そんなことも、最近していなかったな。
俺の疲れ果てている姿を見て、ヒバリも誘いづらかったのかもしれない。
二人で階段を降りて、母さんに出かけてくることを伝えると、いつも通りに「遅くならないように」と一声かけられる。
懐かしい日常。
本当に久しぶりだ。
「わぁっ!! お兄ちゃん、星が綺麗!!」
「今日、めちゃくちゃ晴れてたもんな」
「いつもの吠えてくる犬、いないねー」
「小学生のころは、あの家の前通るの一苦労だったな」
なんてことのない会話をしながら、ゆっくりと歩みを進める。
夜の独特な匂い。路地の静寂の中で響き渡る二人だけの声。遠くから聞こえてくる車の音。
そんな中、不意にヒバリが俺の肩にポスンっと頭を乗せてきた。
「どうした?」
「甘えてんの」
「中学生にもなって、甘えんなよ」
「いつまで経っても、私はお兄ちゃんの妹だもん」
恥ずかしげもなく、嬉しそうにヒバリは頭を擦り付けてくる。どんだけ俺のこと好きなんだ。
そして、それを可愛いと思ってしまう俺も大概だ。
「……なあ、ヒバリ。俺、本当に大丈夫だから。確かに毎日色々あるけど、すげえ充実してる。お前が心配することなんて何もないから」
「ふーん」
「……なんだよ?」
「お兄ちゃんは、本当にわかってない」
ヒバリは俺に向き直る。
そして、ムッとしながら口を開いた。
「寂しい!!」
「はい?」
「最近、全然構ってくれないじゃん! だから、嫌なの!! 寂しいの!!」
……本当に、こいつはブラコンだ。
思春期の妹なんて段々離れていきそうなものだが、いつまで経ってもヒバリは俺の可愛い妹でいてくれるらしい。
俺はヒバリの頭に手を置き、少し荒々しく撫でてみる。
「俺は、ヒバリの兄ちゃんで良かったよ」
「……今日のアイス、お兄ちゃんの奢りね」
「今日だけだぞ」
例えこの先どうなっても、俺には最強の妹がいる。だからこそ、いくらでも無茶をしてしまうのかもしれない。
いつもより歩幅を狭めながら、俺達は星空を眺めつつ歩いていく。
ゆっくりゆっくり、変わることのない愛情を噛み締めながら。
◇◇◇◇
家に帰ると、携帯にメッセージが入っていることに気づいた。
こんな時間に珍しいと思いながら確認すると、差出人の名前には"橋良満開"の名前が表示されている。
橋良が携帯を使うなんてこれまた珍しいと思いながら、メッセージを開く。
『トッキー、明日空いてる? ちょっと付き合って欲しいんだけど』




