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早乙女波瑠と日曜日①

 

 今日は、どうやら春が調節をミスってしまったらしい。雲一つない快晴の空に、照りつける日差し。アスファルトの道路からは熱気が立ち昇っていて、半袖で歩いているのに額から汗が吹き出てくる。


 それでも、普段はインドアな俺が外に出ているのは、敬愛する作家の新刊発売日のためだ。駅前の本屋で無事に予約済みだったブツを受け取り、お預けを食らっている犬のように今か今かと心を躍らせながら帰路を辿っている。


 家に着いたら、俺の極楽タイムだ。

 最近何かと忙しかったから、より特別に感じる。最高の日曜日にしてやろう。


「ただいまー」


 それにしても、本当に暑かった。

 まずは水分補給だ。冷蔵庫の麦茶を目当てに俺は勢いよくリビングのドアを開いた。


「あ、ツバメ! おかえりっ!」


 そして、閉じた。

 今いるはずのないヤツが、普通にリビングのソファに座っていた気がする。幻覚か?

 この暑さに、俺の頭がやられてしまったのかもしれない。


 俺は、自分が正気かを確認する為に恐る恐るもう一度ドアを開いてみる。


「ツバメ、おかえりっ!」


 笑顔で、波瑠がなんか言ってんな。

 おかえりか……まあ間違ってない。

 俺は帰ってきたんだから、おかえりと言われておかしいことはない。


 よし、納得した。

 とりあえず麦茶は諦めて、このまま自分の部屋へ直行しよう。嫌な予感がする。


"ガチャッ"


「お兄ちゃん、何してんの? 波瑠さん、来てるよ?」


 俺は二階への階段を昇ろうとするも、リビングのドアが開きヒバリが顔を出した。


「……ああ。あれやっぱり本物の波瑠か。幻覚じゃなかったんだな」


「何言ってんの?」


「まあ、ゆっくりしてけと伝えてくれ。俺は本読むからちょっと部屋こもるわ」


「いやいや、おかしいでしょ。波瑠さん、お兄ちゃんの友達でしょ?」


 友達なのかもしれないが、別に呼んでない。

 そもそも勝手に家に来るやつを、俺は友達とは認識しない。せめてメッセージでも入れろ。


 俺はヒバリに袖をつかまれ、ため息をつきながら観念する。そして、三度目となるリビングのドアを開いた。


「ツバメっ! おかえ——」


「それは、もういい。なんでいるんだよ」


「さぷらーいず!」


「俺は、日常に驚きなんか求めてねえ」


 俺はマジで今すぐ帰れオーラを全力で放つが、波瑠は全く気にせずヘラヘラしている。

 

 俺の家の場所を知っていることに、驚きはない。未来で何度も来ているのだろう。でも、この世界線では初訪問だ。ナチュラルに来てんじゃねえよ。


「いやー、暇だったからさ! ツバメん家遊び行こうと思って!」


「百歩譲って来るのはいいとしても、連絡くらいしろよ。携帯あんだろ」


「さぷらーいず!」


「お前、それやめろ」


 俺が波瑠を雑に扱っていると、ヒバリが怪訝な顔を俺に向けてきた。


「こらっ、お兄ちゃん。せっかく波瑠さん遊びに来てくれたのに、その態度良くないよ!」


「……ヒバリもどうした? ちょっと来い」


 俺はヒバリの手をひき、リビングの隅に移動する。波瑠に聞こえないように、小声でコソコソと問いただす。


「メスがどーたら騒いで、包丁持ち出してくるのがお前の役目だろ。何、普通の妹になってんだ」


「そんなことしないよー。波瑠さん、いい人だもん」


「いや、何でもう受け入れてんだよ」


「だって、私が大好きなお店のシュークリーム買ってきてくれたし。私の一番お気に入りのブランドのお洋服、お下がりだけどっていっぱいくれたし。私のかわりに、洗濯物やってくれたもん! めちゃくちゃいい人!!」


 ダメだ、コイツ。買収されてやがる。

 波瑠も波瑠で、ヒバリが家事の中で洗濯が一番嫌いなの知ってて手伝いやがったな。


「初めて会った人間に、洗濯やらすな」


「でも、なんか初めて会った気がしないんだよね。凄い綺麗なお姉ちゃんが出来たって感じ! それに、お兄ちゃんには恋愛感情ないって言ってたから、私的にはセーフかな」


 そこは確認済みなんだな。

 ぬかりねえな。


 多分、今日のヒバリは使い物にならない。

 むしろ波瑠が来たことによってテンションあがってる。


「ツバメ、外暑かったでしょー。麦茶入れたげる」


 波瑠が当たり前のようにキッチンの棚からコップを取り出し、冷蔵庫を開けて麦茶を注ぎ出す。

 この空気は、もうダメだな。俺がどう騒いでもひっくり返ることはなさそうだ。早く本読みたいのに。


 ……まあ、いいか。

 丁度、波瑠と話したいことがあった。


 俺がソファに座ると、目の前のテーブルに波瑠が麦茶を置く。


「はい、どーぞっ!」


「どうも。いつもんとこに煎餅入ってるから、ついでに取ってくれ」


「あいよーっ!」


 波瑠は再度キッチンに戻り、菓子をストックしている棚を漁り出す。

 ……本当に、これで伝わるんだな。こっちからしたら不思議でしかないのだが、波瑠にとっては当たり前なのだろう。まるで、昔から一緒に住んでいる家族が急に一人増えた感覚だ。


「えー、お煎餅じゃなくてシュークリーム食べようよっ!」


「ヒバリ、洗濯は済んだとしても風呂掃除はやったのか? 今日の家事当番お前だろ?」


「うっ……お掃除も嫌い。ねえ、波瑠さん手伝っ——」


「母さんに、チクるぞ」


 ヒバリは顔をしかめる。


「わ、わかったよ! じゃあ、それ終わったらみんなでティータイムね!」


 ヒバリは観念したのか、焦ってリビングを飛び出していく。

 とりあえず、邪魔者は消えた。ヒバリがいると話しにくいことが沢山ある。これで、二十分くらいは稼げるだろう。


 波瑠が煎餅の袋をテーブルに置き、俺の隣にちょこんと座る。そして袋から一枚煎餅を取り出し、ポリポリ齧りながら話しだす。


「あー、やっぱりこの家落ち着く。ヒバリちゃんもまだ初々しくて可愛いし、最高だね」


「そりゃよかったな」


 俺はカラカラになった喉を潤すように、麦茶を一気に飲み干す。波瑠が、「おかわりは?」と視線だけで聞いてくるが、俺は首を横に振る。


 ……全く違和感がない。

 完璧に、我が家に溶け込んでいる。


 波瑠は自分の分の麦茶を一口飲むと、世間話をするように口を開いた。


「そういえば、ツバメ。昨日の満開ちゃんとのお出かけ、楽しかった?」


「……いや、なんで知ってんだよ」


「ヒバリちゃんに聞かれたんだよね。昨日お兄ちゃんとお出かけしてたメスって、波瑠さんですか?って」


 ヒバリ、本当にメスやめろ。

 せめて初対面の人間にはその言葉を使うな。


「多分、桜ちゃんではないかなって。そうすると、もう満開ちゃんしかいないじゃん?」


「まあ、消去法だとそうなるな」


「二人は仲良しなんだねー」


 随分、淡々と反応をする。

 そんな波瑠の様子に違和感を覚えた。


 波瑠は、俺に彼女が出来るのを望んでいたはずだ。初めに橋良の話しをした時、もう彼女候補が出来たのかと喜んでいた。俺と橋良が休日に出かけたことなんて知ったら、もっとテンションが上がってもおかしくない。


 ただ、今の波瑠は何かの感情を抑えこんでいる。仲間外れにされた嫉妬……いや、そんな単純なものではない。

 恐らく、もっとややこしい何かだ。


「なあ、波瑠。ちょっといいか?」


「ん?」


「昨日さ、橋良に俺と波瑠の関係について聞かれた。何か隠してることがあるんじゃないかって。でも、タイムリープのことなんて話せねえし……そん時は咄嗟に何もないって嘘ついた」


「私は、別に満開ちゃんになら話してもいいよ? 変な風に思う娘じゃないし」


「いや、そうなんだけどさ……」


 口ごもる俺に、波瑠は見透かしたような目を向ける。


「ツバメが話したくないのって、私がタイムリープしてきた事実じゃないでしょ。私が、ツバメのことをフッたって部分なんじゃない?」


「……まあ、そうかもな」


「その辺は、適当にはぐらかせばいいじゃん。……ねえ。ツバメは、満開ちゃんのことが好きなの?」


 波瑠に核心をつかれる。

 そこに関しては、自分でも答えは出ていない。だが——


「わかんねえ。わかんねえけど……好きなのかもしれない」


 僅か、本当に僅かだ。

 だが、隣にいた俺は気づいた。


 波瑠の目の奥に宿っていた何かが、揺れ動くのが見えた。


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