第二章23『グリン・ライン』
「クソッ、ダメージ与えられないんですけど!」
駆けつけた先にいたハンターとともに三人で戦闘を開始したはいいが、その敵がなかなかに強かった。
具体的に言えば、三人による同時攻撃をたった一本の剣で全て弾き返してしまう力の持ち主だ。
「君、まだ始まったばかりだと言うのに何故そこまで疲れている!」
「あいつはそんなに体力がある方じゃねぇんだ……危ねっ!」
言葉を交わす余裕などありはしないと、敵の攻撃が物語っている。
三人があまり攻撃を与えられていないのは、実力差のある攻防の中で、時たま垣間見える敵の恐ろしい目つきが三人の戦意を少しずつ削っていっているからなのかもしれない。
(あのハンター……使ってるのは双剣かな)
少しだけ敵から距離を取ったヒロトは、ふと共に戦うハンターの武器に目を向けた。
余裕が無いのでほんの数秒しか見なかったが、そのハンターは二本の小ぶりな剣を両手に握っていたのだ。
『スガァァァ!!』
「グッ……!」
よそ見が見事に隙となり、容赦のない敵の攻撃が自身に降り注ぐ。
避けることが叶わず、ヒロトは咄嗟に持ち上げた直剣でそれを防いではみたが、それは必ずしも幸運とは言い難いものだった。
「おい、ヒロトッ!」
縦方向に斬りつける敵の剣と、それを下から受け止めるヒロトの剣。
腕力的にも、体勢的にも、明らかにヒロトが不利な状況がそこに生まれてしまったのだ。
「あれはマズイね……」
「いいからさっさと助けるぞ!」
華奢な少年と剣を交えて格闘する敵に、二人はその背後へと回り込んで刃を向ける。
「おらよっ!」
漆黒の衣を纏った巨大な背に剣をめいっぱい叩きつけ、ヒロトに向けられる圧力が少しだけ和らいだ。
その際に生まれた一瞬の隙をヒロトは見逃さず、外へと転がり込む形でその場から離れる。
「助かったぁ……」
未だ敵の重さが残る腕で横たわる自身の体を起こし、またすぐに武器を構えて戦闘態勢に入る。
敵は背後からの奇襲が思ったより応えたのか、マレッカ達のことを睨みつけてばかりいた。
『──!』
「すげぇこっちのこと見てんぞ?」
「完全にロックオンされてしまったね……」
垂れ下がった黒髪と重厚なマスクの下から覗く眼には、自身の背中に感じる痛みを想う怒りが込められていた。
「仕方ない──私が敵の視界をなんとかして潰す。 黒髪の君はその隙に脚を斬るんだ!」
「はい、わかりました!」
離れた位置にいる人間に指示を出し、それでいて敵からは一瞬たりとも目を離さないその姿に、ヒロトは微かな安心感を覚えた。
「おいっ! 俺は何すりゃいいんだ!?」
「君は私の援護を頼むよ。 レディに傷を負わせたくないからね」
「"れでぃ"?」
潤いのある唇に人差し指を当て、マレッカにウインクを飛ばしたハンターは足元に転がっていた石を敵に向けて蹴り飛ばし、注意を引いたままその場から駆け出した。
「あっ、ちょっと待てよ!」
一瞬だけ呆けた注意力をすぐに取り戻し、マレッカは敵の注意を引くハンターの援護に向かう。
「お前さ、視界を潰すってどうするつもりだよ!」
「双剣の片方を敵の目に刺すのさ! その隙にあの少年が敵の体勢を崩し、私がもう片方の目をまた潰すってわけ」
敵の振るう剣を上手く避けつつ、ろくに聞かされていなかった作戦をなんとか頭に叩き込む。
「なら俺が攻撃を受けてやる、お前はその間に目ん玉くり抜け!」
「そんなこと出来るはずがないよ。 愛しのレディを危険な目には合わせられない」
「いや、俺は──うおっ!?」
"性別を間違われる"、よくある勘違いだがそれ故に日常感が強く、場にそぐわない感覚がマレッカの油断を誘った。
『ゴアァァァァァ!』
雄叫びを上げる敵の攻撃をマレッカは焦りつつも間一髪で避け、斬られそうになった腹を己の剣で守るような体勢に入る。
「今だッ──!」
刹那──、マレッカに気を取られていた敵の片目を、双剣のハンターが片方の剣を投げ飛ばして刺した。
『グウォォォォォォ!!!』
「ハアッ!」
それを見逃さなかったヒロトは、目を抑えて悶絶する敵の脚に鋭利な刃を水平にスイングさせた。
二つの痛みは体の髄にまで響き渡り、それが的の戦意を削ぐことに絶大な影響をもたらした。
「終わりだ」
双剣のハンターは目の前で苦しむ敵の損傷を、崩された脚と抉られた片方の眼球だけに留めようとはしなかった。
『グ──ッ!』
柔らかい肉がちぎれ、溢れ出す血が地面に滴る音が妙にリアルでマレッカは思わず目を逸らしてしまった。
くり抜かれたもう片方の眼球はやけに不健康そうで、瞳の奥に宿された紫の光がだんだんと曇っていくのがわかる。
「グロいわマジで……」
「君たちも経験しているはずだよ。 この敵は人間の形をしているが、モンスターに変わりはない」
「そりゃあ解体とかはありますけど、目をくり抜いたりってのはちょっと……」
今回に限っては戦い方などなりふり構ってはいられなかったが、生きたまま眼を抉るなんて普段の狩りでは考えられない。
「そういえば、まだ名前を教えていなかったね」
敵の顔面に突き刺さった双剣の片方を抜き、ハンターはそれを鞘に収めて自己紹介を始める。
「私の名前はグリン・ライン。 意味のよくわからないダンジョン探索に駆り出された不幸なハンターの一人だ」
自身の髪を手の甲で滑らせ、グリンは二人に向けて名を名乗った。
「ねぇ、"グリン"って朝にギルドで見た……」
「多分そいつだよな……だから俺を口説きやがったのか」
グリンに聞こえない程度の音量で二人はその存在について確認し合った。
恐らく、彼女は今朝のギルドで緑の制服を着た受付嬢を口説いていた人物である。 だからマレッカに関しても、その容姿から女であると勘違いして『愛しのレディ』なんて甘い言葉を投げかけたのだろう。
「コソコソと何を話しているんだ?」
「なんでもないです! えっと、僕はヒロトです!」
「そうか、よろしく」
グリンに背を向けていた顔を慌てて振り向かせ、ヒロトは簡潔に名前を伝えた。
「俺様はマレッカだ」
「ミス・マレッカ──その美しい肌にたった一つの傷すらも残らなかったことを、私は嬉しく思う」
艶かしい動きの唇でグリンはそう告げ、マレッカの手をグローブ越しに握った。
「マジか……」
今朝のギルドで聞いたテンプレートな甘い言葉をマレッカは内心で馬鹿にしていたが、それが実際に自分へ向けられるとそうもしてられない。
全身に悪寒が走り、腕という腕に鳥肌が現れるほどマレッカにとってはそれが気色悪かった。
──これはもう、告げるしかないだろう
「勘違いしてるようだけどよ、俺様は男だぜ」
「……?」
真実を知った衝撃と、それによって生じた理性の敗北がグリンを支配した。
考えることを放棄し、まるで自分は"話の理解できない馬鹿"なんだと思い込んでるかのような雰囲気で首を傾げてみせる。
(この人、完全に考えることやめちゃったね……)
「嘘……っ! そんな、嘘よ嘘よ!」
「あの、大丈夫ですか?」
頭を抱えて震えるグリンを心配し、ヒロトは落ち着かせようと肩に手を乗せようとする。
「いやっ、私に触らないで!」
「うわっ! ごめんなさい!」
伸ばされた手を乱暴に払い除け、グリンはその際に触れた手の甲を自身の服に擦り付けた。
「おいテメェ、それは失礼すぎんじゃねぇか?」
「うっ……そうだね、悪かったよ。 気が動転していたんだ」
激しく上下させていた腕を止めて、グリンは申し訳なさそうに謝った。
俯いた姿から覗く顔には、落ち込んだ表情が見える。
「気にしてませんよ! それより、他のハンター達は?」
「あのモンスターに遭遇した途端、全員逃げてしまったよ。 だから彼らが今どこにいるのか、私にはさっぱりだ」
グリンは自分が一人で戦っていた理由を交えながら彼等の行方についてを語り、その間に落ち込ませていた顔を元に戻した。
「俺達はここに来る途中で誰も見てないよな? ってことは、そいつら全員ダンジョンの奥に行ったんじゃねぇか?」
「そうかもね。 よし、もっと進もう!」
ここに来るまでの道のりはそう複雑ではないが故に、他のハンターが深部へと入り込んだことは容易に想像ができた。
そうともなれば、二人がとる行動は一つしかない。
「私も一緒に連れて行ってほしい。 私を置いて逃げた腑抜け共に文句が言いたいんだ」
「もちろんです!」




