第二章24『陽炎の残した亡骸』
「そういえば、グリンさんはさっき"意味のよくわからないダンジョン探索"って言ってましたよね」
「ああ、それがどうかしたか?」
ダンジョンの深層へと移動している途中で、ヒロトは気になっていたことをグリンに尋ねた。
「あれってどういう意味なんですか?」
この探検に対する嫌悪感をわかりやすいほどに含んだ物言いが、ヒロトにとっては少しだけ気がかりだったのだ。
「こんな場所の詳細を記したところで、世界にはなんの影響もないからだよ」
「話の規模が大きくないですか……?」
ため息混じりに語られた理由があまりにも極端だったので、ヒロトの中にあった懸念はどこか遠くへと姿を消してしまった。
「考えてもみてくれ。 世界に存在するダンジョンの全ては"絶対的な神"によって作られただけのものであり、それ以上の意味がないのさ」
"絶対的な神"──それが指すのは、恐らくヒロトが前に仲間から聞いた"神よりも偉い神"という存在のことだろう。
「それなのにこんなダンジョンの情報に金を出す物好き集団がいるなんて、私には考えられないね」
「その"物好き集団"を批判する割には、お前もヴェルメア教を信じてるんだな」
「さっき言ったことかい? そんなの、信じているわけないじゃないか。 彼らにとってはその程度の意味しかないのに、何故ダンジョンにご執心なんだろうと思っただけさ」
整った切れ目を閉じてそう言ったグリンは、マレッカとの些細な言い合いに勝ち誇った態度を見せた。
それに付け加えた鼻で笑う仕草が、マレッカに舌打ちを誘発させる。
「まあでも、絶対に裏はあるよな」
「彼らの行動に理由があるなら、ね」
わかったような物言いで進められる会話についていけなくなっているヒロトは、二人の顔を交互に見ては唇を少しだけ動かす程度しかやることがなかった。
「おい、誰だアイツ?」
ヒロトが暇そうに眺めていたマレッカの視線が遠くを見つめるものに変わったかと思えば、そこから飛び出したのは誰かを見つけたというサインの言葉。
「遠くのでけぇ岩の上、誰か座ってるぜ」
「あれって──もしかして、メフィレストさん?」
岩を椅子にして座っていた人物が誰なのかがわかると、ヒロトはすぐにその方向へと走り出した。
「メフィレストさん!」
「──ヒロトくんじゃないか、どうしてここにいるんだい?」
急いでヒロトが声をかけると、メフィレストはゆっくりと首を動かして彼らを見つめた。
ヒロト達がここにいる理由を聞く割には、一つも驚いた素振りなど見せないメフィレストがどこか気持ち悪い。
「メフィレストさん達の援護に来たんです」
「援護ねぇ……なるほど」
「?」
疑問に満ちたヒロトの顔から目を逸らし、「ふうん」とだけ声を零したメフィレストは座っていた岩から勢いよく飛び降りた。
「俺はもう帰るよ、やることはやったしね」
「そう……なんですか?」
「他のハンター達は依然としてダンジョンの奥にいる。 早く助けてあげてね」
少し冷たさも感じる言葉が耳元で囁かれ、通り過ぎていったメフィレストは三人が通ってきた道のりを辿って去った。
「さっきの奴は……ハンター、なのか?」
「え?」
「とても戦いに向いた装備ではなかったのでね、疑ってしまったよ」
メフィレストの姿はヒロトが初めて出会った時のような鎧姿ではなく、一般人のようなごくありふれた服装であった。
モンスターが湧く場所でそんな格好をしていたとなれば、当然いろんな疑問も出てくる。
彼はどうやってここまで来たのか、あんな姿で"やるべきこと"とはなんなのか──答えの出ない疑問が尽きることはない。
「まあ、あんまり詮索するのもよくないね。 私達はまだやるべきことがある、行こう」
「置いてくぞ、ヒロト」
「待ってよ!」
メフィレストが去った方向とは真逆に進んでいく二人を、ヒロトは小走りで追いかけた。
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「これは──?」
ダンジョンをいくらか進んだ先で、グリンは足元に転がる銀色の物体に"睨むかのような目"を向けた。
「どうしたんですか? 何か変なものでもあったんですか?」
「君は……これが何に見える?」
細い人差し指でヒロトの視線を自身の足元まで誘導し、グリンはそこに落ちている物の正体を問う。
ただごとではない真剣味が含まれた声でそう言われ、関係なさそうな顔をしていたマレッカも思わず目を向けた。
「これって、もしかして腕甲ですか? なんだかやけに歪な形ですね」
「……溶けているのさ、それは」
「は──」
溶けているとは、どういうことだろうか。
ハンターが扱う鎧の一部のように見受けられたそれは強靭な鉄、あるいは鋼で作られているはずであり、それが鍛冶場でもないのに溶けているだなんて異常事態以外の何者でもないだろう。
故に彼女にとっては"歪な腕甲"を恐怖や異常といった感覚でしか見ることができなかった。
「……こいつは鋼だな、このタイプの腕甲にしては硬さが強すぎる」
「わかるの?」
「なんとなくだけどな」
「それでもいい。 これがどういうことかわかるのなら、教えてくれないか」
謎という存在から来る恐怖に少しずつ追い詰められ、グリンは安心したいがためにマレッカからの話を求める。
「体を鎧ごとドロドロに溶かされる寸前にあそこにある泉に入ったけど助からなかった──って感じだろうな。 腕は誰かが持ってきたんじゃねぇか? わかんねぇけど」
「もしそれがモンスターの仕業ならさ……腕の部分だけを持ってきたのもそのモンスターってことかな?」
「仮に人間の仕業だとしたら、ここに来たハンターの誰かがやったってことだぜ。 考えたくもねぇけどよ」
人の亡骸を漁り、それを破壊するなど人の道理に反しているといえる。 よっぽどの理由でもない限り、それは糾弾されるべきことなのだ。
そんな人間がいてほしくないと思う辺り、マレッカの心は存外ピュアなのかもしれない。
「モンスターの所業……そう考えるのが妥当だと私は思うよ」
「鋼を溶かして体を貪る──ちょっと恐ろし過ぎない?」
元からモンスターというのは常識では考えられない程の力を持った存在と認識していたが、今回のはその想像を優に超えている。
「そんなことが出来るモンスターがいるとすれば、流石に放っておけないよな」
「戦う、ということか? あまり考えたくはないのだが……」
「そいつと出くわす前に他のハンター達を見つけられれば、その必要はねぇと思うぜ。 要は急げってことだ」
ちぎれた腕に向けていた目線を自分達が進むべき方向へと振り向かせ、マレッカは足を進めた。
無残な死骸の一部に名残惜しさを感じつつ、ヒロトとグリンの二人は彼に置いてかれまいとまた歩き出した。




