第二章19『殻の戦闘』
「来たね……ダンジョン」
大滝から裏へと回り、二人は死地とも呼べる場へと舞い戻った。
舌の先に溜まる唾液を飲み込み、一度そこから逃げた時に開けた壁の穴をくぐり抜ける。
「俺達が帰った時より広がってんなぁ……あいつらこの穴のこと見つけやがったんだな」
「きっとまだ中にいるんだろうなぁ……大丈夫かな?」
特に隠していたというわけでもないのだが、周りの草木で見つけにくいことに変わりはなかった穴を触りながらマレッカはそう呟く。
微妙に広がっている穴がお人好しな焦燥感をこちょこちょと煽り、ヒロトの表情を曇らせる。
「それを確認しに行くんだろ──それに、あの怪物と出くわすには相当道に迷わなきゃなんねぇんだ、まだ大丈夫だと思うぜ」
彼らしくもない励ましだが、その不器用な様はヒロトにとってどこか愛らしく、嬉しかった。
「そう、だよね! ダンジョン探索の人数……なんか少なかったし、ハンター達が出くわす前に早く見つけないと!」
「んじゃ、さっさと薄暗い洞窟進んでワープしまくるぞ!」
「おおー!」
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ダンジョンに潜ってからたったの七分、その短時間で彼らはある危機に瀕していた。
暗く狭い空間で剣を構え、仲間と背中合わせになるその状況はつまり、モンスターとの戦闘だ。
「マレッカ、どうする? モンスターに囲まれちゃったよ……!」
「あん時のモグラとは別物だな。 どっから湧いてきたんだよこいつら」
鋭い爪の小さなモグラがただ一匹──二人が直面しているのはそんなお手の柔らかい状況ではない。
"目を青く光らせた猛獣"が群れを成し、武器を構える華奢な二人を取り囲んでいるのだ。
「そんな冷静になってる場合じゃないよ! こいつらなんかヤバそうな声出してるよ!?」
「冷静にならねぇと戦えねぇだろうが、ほらさっさと仕掛けるぞ!!」
マレッカは文末で声量を上げると、素早く目の前の猛獣に剣を振りかざし、容赦なく顔面を斬りつけた。
周りの猛獣は警戒態勢から戦闘態勢へと移り、斬られた仲間の仇討ちと言わんばかりにマレッカに襲いかかる。
「危ないッ!」
仲間の背後に飛びかかる一匹の猛獣の腹をヒロトは空中で刺し、地面へと堕とした。
マレッカはその隙に後方へとステップし、次の標的を定めた。
「サンキュー、次はテメェだッ!」
地に伏せた二匹の死体を蹴り上げて残った猛獣の視界を撹乱し、瞬時に側面へと回り込んで鋭い片手剣を猛獣の脇腹に刺し込む。
ブチブチッ、と硬い肉を断つ音とともに悲鳴を上げ、やがてその命は消え去った。
三匹を始末したところで数的不利だった状況を覆し、残った二匹はマレッカから距離を取ってうなり始める。
「俺様が怖いんだろうな──ヘヘッ、自分達が不利かどうかを考える知能はあるってことかよ」
「呑気なこと言うけどさ……モンスターって頭いいやつ多いよね」
前回のモグラの戦い方や今回の猛獣の判断力といい、適当な動物よりはほんの少しだけ賢いことにヒロトはその状況に相応しくもない"感心"を覚えた。
「なんてこと言ってる間にあいつら逃げちまったぞ。 やっぱ俺って強ぇわ」
「ほんとにね、僕は全然活躍できなかったし……」
「ま、強くなれ!」
にこやかにそう言い、高笑いしながら堂々と歩き出すマレッカに対して、ヒロトは頼もしさと同時に劣等感を感じた。
だがそんなマイナス思考は探索の邪魔になるとすぐに頭の中からかき消し、その残りカスを隅っこへと追いやってマレッカの後を付いて行った。
ある程度の距離を進むと、一つの崖に二人はぶち当たった。 無論、その崖とは──
「ヒロト、またここを進むのか?」
「どうだろ……他のハンター達がここから進んだかどうかわかんないし」
「めっちゃ頑張りゃギリギリ乗り越えられるかどうか、そんな高さの段差がどっかになかったか?」
ベルカ達に待機させていた場所のことを思い出し、マレッカはそれを口に出す。
ギリギリ乗り越えられるとは言ったが、実際には跳ねても指先すら届かないような高さの壁であり、手触りもツルツルしているので工夫しなければ登り切れそうにない。
「んん……あった、これだよね?」
「そうだ、見にくいけどその上が道になってそうなんだよな」
隠し道とも言えるような造形の景色に目をやり、そこをどうすれば進めるかを二人は考える。
(登りきれない場所を登る方法……そんなことをしてるゲームをプレイしたことがあったような?)
「ヒロト、やっぱ狭い足場の方を進むか?」
(そういう時って主人公が相棒キャラの足を両手で受けて、持ち上げて飛ばすようにしてたなぁ……)
「なぁ、聞いてんのか?」
ヒロトはひきこもり時代に何度もプレイしたトレジャーハントゲームの内容を思い出し、主人公と相棒を自分とマレッカに置き換えてその動作をイメージし始めた。
「よし、マレッカ」
「──? なんだよ」
背中を目標の段差に向けて腕を前に伸ばして両手の指を絡め、ほんの少しだけしゃがむとヒロトはこう言った。
「──マレッカ、ちょっと踏んでくれない?」
「キモ、マジ無理」
「あ、いや! そういう意味じゃなくてさ、僕をバネにしてこの段差を登ってってこと!」
ゴミを見る目と影のかかった顔でマレッカに罵倒され、言葉選びを間違えたことに気がついたヒロトはすぐさま弁明をした。
「お前が構えてる手に足を乗せるってことか……それで、そっから飛べと?」
「そう!」
「ちゃんとやれんのか、それ?」
「多分、いける!」
根拠の無い自信や、突発的な思いつきを原動力にアクションを起こすのはヒロトの悪い癖でもあるのだが、今回に限って言えば良い提案と取れるだろう。
「んじゃ、足乗せるぜ」
マレッカは両手を壁に張り付かせ、片足をヒロトの両手に乗せる。
そしてマレッカは自身の重さ全てをヒロトの両手に委ねた。
「来いっ……お、重たっ!」
「はぁ!? 俺の体重がってことか!?」
「武器とか……荷物とか体重とかぁぁっ!!」
マレッカの重みを両手で受け止めたヒロトは、それを感じた数秒後に全力で腕を振り上げた。
「うおおお!」
華奢な体が舞い上がり、マレッカは柔らかな銀髪とともに揺れた腕を伸ばして段差に手をかけようとした──が。
「痛っ!!」
「あっ……ご、ごめん!」
宙を浮いたはずのマレッカだったが、ヒロトの腕力が足りずにあと少しのところで体が地面へと落ちてしまった。
硬い地面に打ち付けた尻をさすり、半目で拳を震わせた。
「お前なぁ……しっかりしやがれ!」
「本当にごめん! もうこの方法は使わないから勘弁して!」
「ふんっ、気をつけろ!」
短い付き合いの仲間と言えども、全力で許しを乞われてはそれを意固地になって許さないわけにもいかず、マレッカは渋々それを受け取った。
(別の方法、何かないかな──そうだ!)
"何か"を考え、それにピンときたヒロトは目の前で立ち上がるマレッカの目を見つめてこう言った。
「──マレッカ」
自信に満ちた表情を見せるヒロトに、険しい表情のマレッカは心の中で嫌な予感を走らせていた。
だがそれに反応しなければ話すら始まらないと感じ、嫌々ながらもマレッカは口を開いた。
「……なんだよ?」
「──マレッカちょっと首に座ってくれない?」
「キモいッ!!」
「ふにゃっ!?」
一瞬だけ全身を悪寒に支配されたマレッカは汚れたグローブでヒロトの両頬を掴み、揉み始めた。
「ちっ、ちはうお! おくあかたぐうあをいおうおいえ」
「何言ってっかわかんねぇよ!」
「だっちゃあやえてお!」
二人の乳繰り合いが数分も続き、互いに疲れてきたところでヒロトが詳しい説明をした。
「なるほど、肩車ってわけか」
「そういうこと! 僕たち背は低いけど、そうすれば多分届くんじゃないかなって思って」
言い方に難があったせいでゆるゆになった頬を両手で叩きながらそう説明すると、ヒロトはその場で屈んで肩車の準備を始めた。
マレッカは恥ずかしげな顔をして渋々ヒロトの肩に両足を通し、股からヒロトの頭が出てくる体勢になった。
「じゃあ、立つよ。 よいしょっと!」
「うわっ!? もっとゆっくり立ち上がれよ!」
不慣れさが互いを傷つけ合うが、それでも壁に手が届きそうな位置までにはなった。
ゆっくりと壁に近づき、マレッカは腕をめいっぱい伸ばして遂に壁の縁を華奢な手で掴んだ。
「よしっ、いけるぞ……!」
指先、手のひら、手首、全ての腕の筋肉と大胸筋の力をフルに使い、マレッカはその壁を登りきることに成功した。
「マレッカ、行けたね!」
「ああ、成功したぜ。 ほら、お前も早く来い」
そう言うとマレッカは壁の下に上半身だけ身を出して、ヒロトに手を差し伸べた。
マレッカの腕力を信じたヒロトは助走をつけ、大きく跳ねる。 差し出された腕をなんとか両手で掴み、それにぶら下がるような状態へとヒロトは持ち込んだ。
「引き上げるぞ……お前もちゃんと足使えよっと!」
「了解、了解!」
互いが互いの為に力を出し合い、最高効率でその壁を登る姿はまるで百戦錬磨の戦友のようだった。
まだまだ薄っぺらい関係であることに変わりはないのだろうが、その厚さはこれから増していくのだろうと二人は思うばかりであった。




