第二章16『似たもの同士』
東から昇る太陽がそれまで暗かった夜をかき消し、メルタリアの街を起こしに来た。
ちょうどその頃に目を覚ましたヒロトは、雑魚寝している仲間達を起こさないように教会の外へ出て、軽い筋トレを始める。
「この真っ平らな岩、腕立てしても痛くなくていいんだよねぇ」
ダンジョンを攻略するぞ、と息巻いて狩りをしていた期間に、ヒロトは早朝の筋トレを日課にしていたのだ。
「開始っと!」
腕立てと腹筋、スクワットといった当たり障りのないメニューだが、それらを三十回ずつこなした後には、言い表しがたい達成感というものがあった。
きっとそれがヒロトのモチベーションに繋がり、異世界で生きていく励ましにもなっているのだろう。
短いトレーニングを終え、力を入れた二の腕を誇らしげにヒロトは触った。
ほんの少しの汗で額を濡らし、それを袖で拭う頃には日の出も完了したと見えた。
朝に相応しい冷たい風が火照った身体にぶつかるその感覚は、爽快感と表してもいいだろう。
「異世界に来て一ヶ月と……どれくらいいたかな」
稀に転移した自分のことを考え、ナーバスになるのは彼の癖だろうか。
地球にいた頃はよく異世界に転生した主人公がハーレムを築くという内容のアニメを観ていた彼なので、今の自分になんの不幸も感じていないのだろう。
「ほんと、異世界モノの主人公だなぁ。 転移して、モンスターを倒して、女の子に囲まれて」
「異世界ってなんだよ?」
「うわっ! い、いたの……マレッカ」
左耳のそばから聞こえてきた可愛らしい声が、ヒロトの体を震わせた。
「まあな。 それで、異世界ってのは?」
「え、えーと……異世界ってどんなところなんだろうなぁってさ!」
「ほう……ガキみてぇだな」
「ガキ?」
「どうせ吟遊詩人の詩や英雄譚にでも影響されたんだろう? 異世界から来た英雄が魔王を殺す、よくある話だ」
それはヒロトがイメージしていた異世界系主人公と見事に合っており、なんだか妙な気持ちを覚える。
数々のアニメを見てきたが、異世界アニメの主軸は決まって魔王討伐を目的としたものだった。 短い話数なので、肝心の魔王なんて一度もお目にかかったことはないのだが。
「この世界に魔王はいないのかなー。 大きな魔王城でずっしりと構えてるみたいな」
「いるわけないだろう。 いるとすればベルカくらいのもんだ」
「おかしいでしょ」
魔王不在の事実を聞き、ヒロトは安心する。 仮にこの世界が魔王の手によって支配されつつあったのならば、異世界から来た自分が倒すハメになっていたかもしれないからだ。
(もし神様に出会ってチートスキルなんてもらってたら……きっと、そんなのがいる世界に送られてたのかも)
「お前はどう思ってるのかは知らんが、怒らせると本当に怖いんだぜ」
「ベルカを?」
「ああ、あれはやべーよ」
ヒロトはベルカから好かれている唯一の人間なのでその認識は薄いが、本来のベルカは人をあまり信じず、与えるものといえば敵意や嫌悪、怒りといったマイナスのものばかりという問題児なのである。
やたらヒロトに距離感を詰めようとするアリシアと常に敵対している様子を思い出せば、少しはわかりやすいだろう。
「そういえばさ、お前はあいつらとどうやって出会ったんだ?」
「聞くの?」
「聞きてぇ」
ベルカとアリシアとルーン、その三人の内の二人とは普通じゃない出会い方をしているので、それを誰かに話すというのはなかなか気恥しいものがある。
「あんましペラペラ喋ることじゃないと思うんだ、こういうの。 ベルカ達がいいって言うなら話すんだけどさ……」
「まぁ、そりゃそうだよな……すまん」
人のことは無闇に話さない、ヒロトがそんな最低限の常識も守れない男だったならば、こうやっていろんな人間に囲まれながら生活することは無かっただろう。
「ならさ、お前のことを教えてくれねぇか? 仲間のことだから……その、よく知りたい」
そんな言葉を発したマレッカの顔はやや眉に力が入っており、それでいて頬が火照っている。
彼の男勝りな──ではなく、乱暴な性格からして、今のような情のこもった言葉を他人にかけるのは、とにかく気恥しいのだろう。
「うん! じゃあ、何から話そっか?」
「話してくれるのか……! そうだな、お前ってなんでハンターになったんだ!」
自身の願いに応えてくれたことがよほど嬉しかったのか、マレッカは普段の彼からは想像もつかないような笑顔を一瞬だけ見せた。
慌ててその表情を隠して、マレッカは当たり障りのない質問をヒロトに投げかけた。
「生きる為、かな」
「…………親にでも捨てられたのか?」
その理由を聞いたマレッカは、地雷を踏んだかと思い、神妙な顔で話を掘り下げようとした。
「マレッカは────僕が別の世界から来たって言ったら、信じる?」
「──」
あまりにも冗談味のない表情で言われたので、マレッカは言葉を失った。
占いなどを簡単に信じてしまうような性格だからというのもあるだろうが、マレッカはヒロトの発言に対して、決して冗談だとは思わなかった。
「信じてやるよ」
「……本当に?」
笑い飛ばされるのではないか、あるいは真面目に話せと怒られるのではないか、そんなことを考えていたヒロトからすれば、マレッカの言葉はそれこそ信じ難いものだった。
「信じるっつーか、信じてやるって感じ。 お前はなんか、変な嘘とか言いそうにないタイプだと思ってるからな」
「そっか──ありがとうね、マレッカ」
「ああ。 というよりお前、別世界から来た割にはよく順応できてるな」
「その辺はそうだなぁ……正直言って、僕も驚いてるんだ。 全く知らない世界でたった一人だったのに、よく生きてるなぁって」
"環境適応能力"、異世界に転移してからのヒロトはこれがとにかく輝いていたように見える。
はっきり言うが、ヒロトは元の世界でいう"社会不適合者"に属しているのだ。 才能もなく、努力を怠り、人を嫌い、自分を愛する。 そんな性格で十六年間生きてきた彼は当然のように学校を休みがちになり、やがてはひきこもりと成り下がった。
ならば何故、彼はこの世界でここまで逞しく生きていけてるのか、そこが最大の謎だろう。
「でも……なんか、この世界に来た瞬間に『あ、頑張って生きなきゃ』って思ったんだよね。 本当に、よくわかんないけど」
「神にでも命令されたんじゃねぇか? それか、守護霊的な奴に護られてんのか」
「なんか操られてるみたいでやだね、それ」
あの時に自分が誰かに指示されたとか、ヒロトはそんな気が全くしなかった。 ただ、心が衝動的に動いたという事実はあったのかもしれない。
「まあ、頑張んなきゃだよな。 俺のせいでお前らを振り回しちまったし」
「そうだね……僕もマレッカも、これから先のことを考えないと」
ヒロトはガルディノス討伐を勝手に取り決め、マレッカは真偽の怪しい情報をあたかも真実かのように教えた。
タチの悪さではヒロトに軍杯が上がるものの、迷惑をかけたという点では、共通している二人だ。
互いに負い目を感じ、そこから来る責任感が将来のことを考えようとさせているのだろう。




