第二章7『探索開始』
一行の意識が取り戻されたのは、あの禍々しい大樹の元へと着いた瞬間のことだった。
意識が解放されたと同時に、身体的にも、精神的にも溜まってしまった疲労が全員を襲った。
さっきよりも暑さが増している日光のせいで顎まで垂れた汗を手の甲で拭い、ヒロトは切れた息で喋り出す。
「なんで……僕達は大樹に来ちゃったの……?」
「わかんないよ……身体が勝手に動いたもん」
無意識に、という話ではない。 意識が勝手に大樹を目指すよう、身体に命令したのだ。
大樹を囲むように生えた木々は、全て崩れ落ちて大量の倒木となった。 帰り道を塞ぎ、彼らをダンジョンに監禁してしまう壁と成り果てたのだ。
「戻れないよね……これじゃ」
「木もまた勝手に倒れやがったからな、俺達はもう帰れない」
「どうするんですか……これ……」
「すごいッスねぇ! こんな体験初めてッスよ!」
まるで誰かが倒木をクレーンでも使って運び、綺麗に並べたかのように見える丸太の壁だ。
大樹の一部、とても小さな空間にヒロト達を入れて、逃げられないように囲っている。
「この馬鹿でかい穴、俺達に入れって言ってんのか?」
ヒロトたちのすぐ側にある、大樹の幹に出来ている巨大な穴のことをマレッカは指した。
「その穴じゃなくて、神的な誰かが言ってるのかもね」
その穴と、ヒロト達が立つスペース。 最小限の広さしか確保されていない倒木の壁。
もしかしたら、誰かが彼らを誘導したのではないか、なんて疑いも浮上した。
「ダンジョン……ですよね?」
「ダンジョンでしょ?」
場の雰囲気からして、その穴がダンジョンの入口である可能性はかなりと言ってもいいほどに高い。
もし、仮に意識が何かに支配されたままだったら、きっと五人はダンジョンへと足を踏み入れていただろう。
しかし、意識が解放された今はそのことについてじっくりと考える余裕ができる。
「入るんスか?」
「元々そのつもりで来たし……まあ、一回諦めたけど」
「諦めたままでいいよ! こんな木の壁、壊せばいいじゃん!」
「壊したら俺達が崩れ落ちる木の下敷きになるぜ?」
何者かによって綺麗に積み上げられた倒木の壁は、ヒロト達の身長を軽く超えた高さを誇っている。 こんな大きい壁の一部を壊せばどうなるか、容易に想像がつくだろう。
「端っこからちょっとずつ削ればいいでしょ? だいたいさ、ここから出られないって状況がダンジョンに潜る理由にはならないよ。 ほら、こうやって剥ぎ取り用のナイフで大樹の幹に面した所を優しくやさーしく削っていけば……ね、いけそうでしょ? 後はここから下へと削っていけば人っ子一人が通れそうな穴が開けられるはず……」
「ベルカさーん、早くしないと置いていくッスよー」
この場から脱出する現実的な方法を一人で長々と語り、それを実践していたベルカを四人は見事に無視し、さっさとダンジョン探索へと向かってしまった。
「置いてくなぁぁぁ!!」
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「空気最悪、雰囲気最悪」
大樹の幹に入り込み、地下へと続く坂道を下った先には薄暗い洞窟が存在していた。
シトシト、そんな音が狭い道に反響し、落ちてくる水のせいでジメジメした空気が辺りを漂う。
「虫でもいないといいんだけど……」
「わかります、虫は無理です」
無意識に腰を低くし、周りを警戒しながら一行は洞窟を進んでいく。
虫の存在はともかく、モンスターがダンジョンに存在しないとは限らない。 常に緊張感が五人を襲う中、ヒロトがあることに気がついた。
「皆、なんかあそこの地面おかしくない?」
ヒロトは目の前の地面が何やらもこもこと動いてるような気がして、仲間にそのことを知らせてみる。
全員がヒロトの指さす場所を見つめ、深く注意を向けた。
「気持ちわりぃ……揺れてる水面みたいな動きだな」
「あっ、地面が割れたよ」
もこもこと蠢く地面にヒビが入り、それを中心にヒビはだんだんと大きくなっていった。
遂には地面が割れ始め、その原因が姿を現す。
「なんスかあれ、モグラの頭?」
「なんだか私達のことをすっごく睨んでるような……」
ヒロト達がじっと見つめる中、目の周りが黒いモグラのような生き物が地面の中から姿を現した。
これにどう対応すれば良いのか悩む五人だが、その迷いを断ち切るかのように、その生き物は隠し持っていた鋭い爪で五人に飛び込んだ。
「あぶなっ!」
直撃は免れたものの、ヒロトが装着していた防具の首元にかすり傷が付けられた。
ヒロトは鞘から剣を抜きつつ、左手でその傷を擦り、ヤツが単なる生き物ではないことを確信した。
「モンスター……だよね。 それも結構賢いやつかな」
「一匹だけだろう? 袋叩きで終いにしてやろうぜ」
「ヒロトさんに買ってもらった剣が役に立つときっす! あ、ベルカさんはこの荷物をお願いしますね!」
「なんでよ!」
既に戦闘を始めていた二人に続くため、背負っていた大きな荷物を即座に下ろし、アリシアは嬉しげに剣を抜いて応戦を開始する。
「クッソ……いちいち爪で防ぐんじゃねぇぞ!」
「ちっちゃくてそもそも当たんないし……!」
攻撃できる隙を見つけてはモンスターに剣を振るが、その都度マレッカやヒロトの攻撃は硬い爪で防がれてしまっている。
「三人目の狩人様が参戦ッスよ!」
二人がモンスターを睨みつけている間、そのモンスターの背後からアリシアが飛び出し、背中を勢いよく斬り付けた。
毛と肉を掻き分ける鈍い音が鳴り響くと同時に、どす黒い血がダラダラとモンスタンの背中から流れ始める。
「ありがと、助かったよ」
「よく躊躇いもなく斬れるな……本当に料理人なのか?」
息絶えるまでの数秒間、床に倒れたモンスターがピクピクと体を痙攣させているのを見つめながら、マレッカはそう言った。
「料理人だからッスよ! 生きたカエルの足を掴んで岩に頭を叩きつけたりもしますし!」
「アンタ、それだけはベルカの前でしないでよね」
不気味さすら感じるような声でアリシアは笑い、床に下ろしていた荷物をまた背負う。
ヒロトとマレッカを剣を鞘に収め、ダンジョン探索を再開することにした。
「マレッカは休憩とかなくて大丈夫? しんどいならいつでも休めるよ」
「この俺がちょっと戦ったくらいでバテるような軟弱者に見えるか?」
「まあ、そう見えなくもないかな」
「……それは貴様も同じだろう」
信頼関係が深まりつつあるのか、見た目のことで少し揶揄われてもマレッカはそこまで怒ったような素振りを見せなくなった。
一ヶ月の間、毎日のようにモンスターと戦ったからたのか、それとも男同士だからなのかはわからないが、どちらにせよ悪いことではないだろう。
それに嫉妬する者も一人だけいたりしないこともないが。




