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最強の相棒 〜弱い僕と弱い君で異世界最強を目指す〜  作者: グラミヤマ
第二章 剣呑なるダンジョン
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第二章6『瘴気が務める、心の道案内』

 ──あの声を聞いた瞬間、心の底から蛆が湧くようなゾワゾワした感覚に蝕まれた。

 生理的嫌悪感だろうか、感覚が鈍った状態でも激しい吐き気に身体の内側が支配されたのをしっかりと覚えている。

 

 そもそも、今の自分はどんな状態にあるのだろう。 暗い──暗い世界の中で過ごす今の自分は五感も、知恵も、力も、本能も。 その全てが回復しきっている状態だ。

 そんな今だからこそ思い出せるが、自分の身動きが全く取れなくなったあの時、自身の傍らに立っていた樹木が自分を目掛けて倒れてくるのを視界の隅で確認していた。

 きっとあの木に押し潰されて──死んだんだろうな、なんて。 そんな洒落にならないことを口走りそうになってしまった。


 視線を下に向けても、自分の姿は映らない。

 夢、なのだろうか。 稀に見る妙な夢と同じベクトルの夢。


 であれば、この暗い世界は現実ではないということ。 仮にここが夢でも、あの世でも、三途の川だったとしても、自分はここに留まるわけにはいかない。

 早く『現実の異世界』に戻って果たすべきことを果たさなければなるまい。


 自分が自分の力で立っている感覚はまるで無い。 何かの力に身体を任せっきりにしていて、手足をジタバタとさせればきっとこの場から動けるのだろう。



 ──ああ、気持ちが悪い。 本当に、本当に気持ちが悪い。

 足をバタバタ動かしてみると、粘り気のあるドロドロとした『指』が足に絡みついてくる。

 

 今度は手を動かしてみたが、案の定足と同じ感覚に見舞われる。


 血なまぐさい匂いや、全ての歯に響くような不快音が鳴り続ける中で、この身体は闇の海を泳ぎ続ける。

 吐き気がまたやってきた。 息を吸いこみ、またそれを吐き出さす度にその不快感は強さを増していくのだ。


 どこか遠くで負けじともがき続けることが無意味なことだと嗤われているような、そんな気がしてならない。

 もう、戻ることは許されないのだろうか。 だとすればここはやはりあの世──


 見えもしない心臓がバクバクと音を鳴らして動き始め、身体中を血という血が駆け巡る感覚を覚える。

 


 ──そうだ、血だ。 血さえあればそれは自分が生き続けている証明になる。

 それが正解なのかはこの際関係なくて、頭の中で生者の証を連想しまくるんだ。

 そして、あの日誓った約束を思い出す。


 大量の血を流し、大量の汗を拭き、大量の涙を枯らす。

 己がこの世を生きた証をこれでもかと捨て続けてまで得たいモノがあったはずだ。



『ヒロト』



 ──そうだ、この声だ。 あんな耳障りの最悪な声などと違って、求めていたのはこの声なんだ。

 この声を誰よりも大音量で聞ける位置に立ち、誰よりも聞き続けることが出来る立場になるために。

 


『ヒロト』

 


『ヒロト』



『ヒロト』



 ──ごめんね、今すぐ戻るから。









───────────────────────




「ヒロト、ヒロト! 起きてよ!!」


「カフッ……あれ、ベルカ?」


 ベルカが地面に横たわっていたヒロトの胸を小さな手で圧迫していた途中、汚れた口元が微かに動き、ヒロトは小さな声を出した。


「ヒロト……!!」


 重たい唇を動かして喋ったその直後、ヒロトの胸にベルカの頭が擦り付けられる。

 胸元で何度も自分の名前を呼ばれ、なんだかその胸元が湿っていく感覚を確認した。

 気を失っていたヒロトをよっぽど心配していたのか、恐らく何時間も心臓マッサージを施していたのだろう。

 そんなに頑張った彼女にかける初めての言葉が、胸元に垂れたヨダレや鼻水に対する注意だなんて、ありえない。

 ヒロトは何も言うことなく、桃色の柔らかい髪を優しく撫でた。


「あっ! 生き返ったッスよ!」


「本当だ……良かった……!」


 彼の生還に気が付いたのか、他の仲間が遠くからゾロゾロと歩み寄ってきた。

 アリシアとルーンは横たわるヒロトの傍に駆け寄り、二人揃ってヒロトの肩を掴んだ。


「皆……ごめん、心配かけて」


「いっ、いいよそんなの……生きてたらいいの!」


 額にかいた汗を拭い、迷惑をかけたことに対する謝罪をした。

 肩にかかる力や、胸にのしかかる重みは自分が得た信頼を表している。 そう考えると、自分はこの世界ではかなり人間関係に恵まれたな、とヒロトは感じた。


 しばしの沈黙が済み、涙と鼻水を服の袖で拭ったベルカは赤く充血した目でヒロトを見つめた。

 ヒロトの光に満ちた瞳を見て安心したのか、ベルカはゆっくりとヒロトのお腹から尻を上げて降りる。


「お前、気が付いたんだな。 ちょうどいい、そのまま視界を上に向けろ」


 ゆっくりと、言われるがままに視線を上げる。


「ね、ねぇ……あれって?」


 ヒロトやマレッカだけではない、その場にいる全員が見上げるその光景を凝視していた。 当然も当然だろう。 何せ全員の視線の先には、さっき巨大な土煙が巻き起こった場所と一致するからだ。


「どうやら俺とお前の考えが当たったようだな」


「やっぱり、例の大樹……なの?」


 あの時の土煙の代わりに、薄紫の気味が悪い霧が大樹の幹を取り囲む。

 こうなることを期待はしていたが、頭の中で想像しているような大樹とは見た目が全く異なっているのだ。 その不気味さのせいなのか、背筋が冷めていくような、ゾッとする感覚がヒロトを襲った。

 

「どうする……? あの大樹、思ったよりヤバそうだけど」


 ベルカが今一度、ダンジョンへ挑戦するべきかどうかをメンバーに問う。

 彼らがダンジョンの中を探索し、成果を街へ持ち帰る理由など、金儲け以外に何一つないのだ。 マレッカが酒場で言っていたように、ダンジョンのマッピングなどの成果をギルドに報告したところで、今の生活が少しの間だけ楽になる程度の端金しか稼ぐことが出来ない。 はっきり言って、無理してダンジョンに行く理由が彼らには一つも無いのだ。


「ダンジョンに潜ったハンターの全員は行方不明になってるんですよね……? やっぱり行かない方がいいんじゃ……」


「そうだよね……マレッカも、そう思わない?」


「勝手にしろ。 俺もう行っても行かなくてもどっちでもいい。 怖気付いたわけじゃないからな、絶対にな」


 そう言うと、マレッカは灼熱の太陽に照らされた銀髪を揺らしてそっぽを向いた。


 彼らのダンジョン探索が中止になりそうな雰囲気が辺りに漂い始める。 気分は下がりっぱなしだが、決して悪い判断ではないだろう。

 ベルカがため息をついて立ち上がった瞬間、他の面々も立ち上がって帰ろうとし始める。

 

「風強いな……」


 帰れ、とでも言われているのだろうか。 禍々しい大樹の奥から髪が常に揺れる強さの風が吹く。 薄紫の霧も流れてくるので、ヒロト達は遂にリフトのある場所へと戻るために歩き出した。



「リフト、壊れてな──」



 二層から一層へと戻るためには必要不可欠なリフトの安全を心配したアリシアは、そのことを喋っていた途中で口を閉じた。

 まるで充電が切れたロボットのように、アリシアはその場に立ち尽くす。

 


「────」



 次はヒロトが。



「────」



 その次はルーンが。



「────」



「────」



 ベルカかが、マレッカが、その場にいる全員が、その場から動かなくなってしまった。

 目も口も、全てが動かない。 否、『動かさない』。

 唯一動きを見せるのが、あの大樹から流れてくる霧だ。 ただ流されるのではない。 まるでイワシの群れのように、霧の塊の一つ一つが意思を持っているかのような、無機物では絶対にありえない動きで五人を包むのだ。

 不気味な霧はまるで悪辣な瘴気だ。 身体へと侵入を許した五人は手の指を震わせ、首だけを禍々しい大樹へと向けた。


 そして、薄紅色の肉厚な唇を開いて『ベルカ』が呟く。


「さあ、行こうか。 君達の試練を受けに」


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