第二章2『可憐なオレサマ』
ヒロトは一人で昼の街を歩いていた。 なんとなく、一人で歩きたい気分になったからだ。
(まともな理由で一人になるのは久しぶりだなぁ)
度々思うことだ。 この世界に来てからのヒロトは一人ぼっちになったことが極端に少ない。 ひきこもり時代は体感的に常に孤独だったし、実際人との関わりもなかった。
しかし、今では一人でいることが新鮮に感じてしまう。 これは一つの成長なのだろうかと頭の片隅で考えていた。
街はいつも通りの景色で、行き交う人々は変わらぬ営みで街は賑わう。
昼間から酒に酔っている男や、広場で球技に励む子供や、レストランで女子会を開いている女たち。 様々な人間がいる中、ヒロトはお金の無い人間に属する。
金が無けりゃ何も出来ないのはこの世界でも同じで、ヒロトはどこか行く宛もなくブラブラしていた。
街を歩いているだけではどうも楽しくない。 まだこの街並みに慣れていない頃ならば観光気分で愉快だっただろうが、新鮮な街並みも数日経たてば飽きてしまうのが人間だ。
(暇だし小遣いでも稼ぎたいけど……っと)
そう思って歩いていると、ちょうど目の前にギルドがあった。 この世界で最も見慣れた場所で、廃教会と同じくらいの安心感を感じることが出来る場所でもある。
ヒロトは何か手軽に稼げそうな依頼があればと思い、扉を開けた。
沢山の通路やカウンターの奥で書類を整理する受付嬢。 いつも通りの光景が広がる中、何かいつもと違うものをヒロトは見つけた。
「ボードが増えてる……」
二回の酒場に置かれているはずの依頼書を貼り付けるボードが受付スペースの近くに設置されていたのだ。
結構ありがたい改善にヒロトは心の中で少し喜んだ。
チョロチョロとハンターがそのボードの前に集まっていて、ヒロトはその後からどんな依頼が来ているのかを確認する。
「えっと、ちょっと見えない……」
ピョンピョンと跳ねてみるが、前のハンター達の背が高すぎてどうも確認しづらい。
自分の身長が160cmちょいしかないことがここで響いてくるとは思わず、どこからかヒロトに対する笑い声も聞こえてきた。
惨めになり、ヒロトは跳ねることをやめてボードから離れると、後ろの扉が勢いよく開いた。
「おい貴様ら! 俺様は今最高に気分が悪いんだ、さっさとそこをどけ!!」
扉を乱暴に蹴り開けたのはヒロトと同じ背丈で、うさ耳を生やした銀髪の少女だった。 突然のことでヒロトを含めた周りのハンターは全員がその少女に目線を向ける。
銀髪の少女はその視線に気が付き、何やらニヤニヤとし始めた。
「おい、そこの貴様……そこのチビだ!!」
「えっと……僕?」
「ああ、そうだ。 貴様、このボードに近づけなかったんだろう?」
素性の知らぬ少女に自身か置かれている状況を見抜かれ、ヒロトは若干の気味悪さを覚える。
「そこのデカブツ、道を開けやがれ」
すると、その少女は人が立ち込めるボードに近づき、その中でも一際図体のでかいハンターの目前でそう強く言い放った。
「なんだぁ、その頼み方は? 流石におかしいだろうが」
「この俺様が開けろと言ってるんだっ! 死にたくなければさっさと開けやがれ!!」
空気を切り裂くような大声で少女は叫んだ。 作業をしていた受付嬢もその気迫に意識を奪われ、動かしていた手を止めてしまっている。
「おまっ、ふざっけんなよ! クソがっ……頭が温まってきちまったなぁ!」
言葉を言い終わらぬうちに、男は己の拳を怒りに任せて少女の顔面へ向けて振りかざした。 だが────
「──なにっ!?」
瞬間を読み取った動き、刹那とでも言うべきだろうか。 少女は小さな手のひらで真正面から向かってくる拳の勢いを完全に殺し、止めて見せた。
男は驚き、無意識に声を漏らす。 驚愕を隠しきれないその表情を見た少女は一段と顔をニヤつかせる。
「どうやら死にたいらしいな」
そう小さく呟いた瞬間、少女は一瞬でハンターの腹に拳を叩き入れた。
「カハッ……」
よほど重たいパンチだったのか、ハンターは腹を抱えてその場でうずくまり、少女はそれを見て気分が晴れたのか、満足げにしている。
ハンターを頭を足で払い除け、ボードに貼られた依頼書を破るかの勢いで少女は剥がした。
「おい、チビ! ついてこい!」
「えっ、えっ、えっ?」
ヒロトは少女に胸ぐらを鷲掴みされ、受付嬢の元へズリズリと引きずられていく。 周りのハンター達は二人へ道を開け、少女はその光景にまた満足そうな顔を見せた。
「依頼を受けてやる、さっさと受理しやがれ。 二人だ」
「チッ、めんどくさいハンター達……」
今日の担当はあの口の悪い受付嬢らしい。 二人の耳へと聞こえない程度に悪態をつき、少女とヒロトからハンターカードを受け取った。
「ええっと……ハンターを舐めてるクソガキと、あとはマレッカ……えっ、男?」
「男?」
唐突に飛び出してきた男という単語にヒロトは疑問を隠せない。
「フンッ……男だからどうした?」
「えええっ! 君、男なの!?」
予想外、とてつもなく予想外だった。 少女の外見は紛れもなく女のはずだった。
ヒロトは舐め回すようにその外見を見る。 サラサラした美しい銀髪がショートボブに整えられ、そのツヤのある毛で覆われた可愛らしい耳がピョコピョコと動いている。
この見た目をした生き物が男であると言う者はきっとこの世にはいないだろう。 それほどまでに可愛らしい見た目をしているのだ。
「うるせぇアマだ……受理したなら俺達は行くぞ」
透き通ったハスキーボイスでそう言うと、『少年』はまたヒロトの胸ぐらをつかみ、ギルドの裏口から街の外へと出ていった。




