第二章1『暖かい手』
メルタリアに夜が訪れた頃、ヒロト達はギルドの酒場で夕食を堪能していた。
「……」
「……」
ガルディノスの脅威を振り切った二人は本来それを誇るべき立場にあるのだが、酒場の空気を読むにどうやらそうもいかないらしい。
というのも、ハンター達が大勢でギルドに無断でガルディノスとその群れを討伐しに行ったことが公にバレてしまっていたらしい。 だからヒロトとベルカの二人は酒場の端っこで小さくなっていたのだ。
「どうしたんスかー、二人してそんなに縮こまっちゃって」
「二人が参加したこと……バレてないと思うので、大丈夫だと……思いますけど」
明らかにソワソワしている二人を見て、アリシアとルーンは心配そうに話しかけた。
「だっ、大丈夫……そうそう、バレてないから」
ベルカは片目をピクピクとさせ、冷や汗をかきながらおぼつかない様子でそう言う。
「バレてたら僕達のハンター生活は終わりを告げて……ああっ! どうしよう!」
ギルドの規約違反に加担した罪は重いものであり、それなりのペナルティを与えられることが考えられる。
これも結局は自業自得なのでヒロトを擁護する声は二人からは上がらなかったが、それでも心配してくれているのは過去の行いがあってこそのものなのだろうか。
「まあ、今はそんなこと気にせずに目の前のものを食べてればいいッスよ! そのうちどうでもよくなるッス!」
「っていうかねぇ! ベルカはヒロトと二人でご飯食べるつもりだったのに、なんであんたたちがいんのよ!?」
片手に持ったグリルチキンを頬張りながら呑気なことを言うアリシアに、ベルカは机を叩いてヒロトと二人きりの晩餐を邪魔されたことを責めだした。
「ヒロトさん……あの二人、怖いですね……」
「二人の性格はちょっと羨ましいけどね……」
とことん馬が合わないのか、出会った時からベルカとアリシアはこうやって必ず騒ぎ出すのだ。 マイペースなアリシアの態度にベルカが突っかかる、というケースが基本だ。
ヒロトとルーンは苦笑いで二人の様子を見守る。
「ま、いいじゃないッスか! みんなで食べた方が何倍もご飯が美味しくなるッスよ!」
「うるさいうるさーい! ベルカはヒロトと食べる時の方が何百倍も美味しいのー!」
ベルカはテーブルから乗り出し、笑顔を絶やさないアリシアの目の前でそう叫んだ。 既に何人かのハンターがヒロト達のテーブルをガン見していたが、ベルカもアリシアもそれを気にかけている様子は全くない。
「ヒロトさん……流石に、周りの人の目が……痛い、です」
もう頼んだ料理もほとんど食べ終わり、ギルドの大浴場で体も洗い終わったヒロト達には、この酒場に残る理由が一つとしてなかった。
「だよね……ねぇ、二人とも騒ぐのはやめてさっさと帰ろうよ」
周りの目もあるということで、ヒロトはうるさい二人を強引に引き離して廃教会に帰る準備を始めた。
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「見て、ヒロト! ホタラがいる!」
「ホタラ?」
聞きなれない言葉を耳にし、暗闇を指さすベルカに聞き返す。
「ホタラだよホタラ、ここ!」
「ええっと……ホタラって?」
ベルカが何度も指さして同じ言葉を繰り返すが、それでもやはり何を言っているのかヒロトには分からない。
「えっ、知らないの? この光ってる虫!」
光っている虫と言われ、ヒロトはやっとその意味を理解した。 ホタラとは、元の世界で言うホタルのような虫なのだ。
「ホタラね! うん、綺麗だね!」
急いで相槌を打ち、異世界との違和感をなんとか誤魔化す。
「綺麗ですよね……星空とホタラは、暗い夜を照らしてくれる……」
あまり喋らないルーンのロマンティック溢れる言葉にベルカはジト目で見つめるが、ルーンは気にせず星空を見上げる。
あまり娯楽の発展していない世界だと、こうした自然の織り成すアートが楽しみなんだろうとヒロトは思った。
「見てくださいよ! カブトムシッスよ! ちょっと季節外れー!」
(カブトムシはそのままなんだね……)
こうして四人で賑やかに廃教会へと帰るのは初めてで、ヒロトは少し幸せというものを感じた。 思い返せば、ヒロトは元の世界ではたいして友達もいなく、家族ともそこまで仲が良くなかったので、誰かとこうやって賑やかに歩くのはヒロトにとってはほとんど初めての体験だったのだ。
ちょっとだけ気分が踊り、口元が緩む。
「ルーンも触ってみるッスよ!」
「私は、虫きらい……」
アリシアが満面の笑みでカブトムシを掴み、それをルーンに見せつけ、渡そうとする。 汗を垂らしてそれをルーンは拒否するが、アリシアはお構い無しに押し付けようとしている。
「ちょっとあんたねぇ、嫌がってんだからそれやめなさいよ!」
「そうッスか……かっこいいのに」
少し怒り気味なベルカの注意が流石に効いたのか、アリシアはルーンに向けていた腕を下げ、トボトボとヒロトの方に近づいた。
「じゃあヒロトさん! これ日頃の感謝ってことで、どうぞ!」
そうすると、アリシアはパッとヒロトの顔を見つめてカブトムシを掴んだ手をそう言いながら差し出した。
「えっ、僕?」
「ヒロトに押し付けないで! 自分で処理してよ!」
別にヒロトはカブトムシが苦手というわけではないのだが、いきなり虫を手渡されると驚いてしまう。 幸い、ベルカが助けてきてくれたから良かったが。
「やめてって言ったでしょ、そういうの!」
「男の人なら良いと思ったんスけど……」
「触らせるのと強引にプレゼントするのとは違うでしょ!?」
ヒロトに向けられた腕をベルカは乱暴に振り払い、アリシアをヒロトから引き離した。
その光景を眺めているヒロトは、いつもの調子で怒るベルカに安心していた。
(ベルカ……元気みたいで良かったよ)
メルタリアに帰ってきても、ヒロトは処刑場でのことをずっと気にかけていた。
処刑場の壊れた天井から謎の影が現れた瞬間、ベルカは神々しさすら感じる白いオーラを纏ったのだ。
あまりにも衝撃的で、その姿はヒロトの脳裏にくっきりと焼き付いている。
ヒロトは悩んでいる。 このことをベルカに伝えるべきかどうかを。
言ったところで信じてはもらえないだろうし、仮に信じられてもベルカはショックを受けるに違いないだろう。
だが、今後このようなことが起きた時にどう対処すればわからない恐怖から、この秘密を共有したいという思いもあった。
(いや……やめた方がいいよね、きっと)
今は伝えるべき時ではないと、ヒロトはそう判断した。 ベルカにはいつかその姿を知らなければならない時が来る気がしたが、それは今ではないのだろう。
「アリシア、そのカブトムシは自然に返して僕達も家に帰ろう」
「はーいッス」
「あんたっ……ヒロトの時だけ素直になるんじゃないわよ!」
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メルタリアにはもうすぐ朝が訪れる。 四人は崩れかけの廃教会で雑魚寝状態だった。
全員が爆睡する中、廃教会の窓からなにやら音が鳴り始めた。
──コツン、コツン
「んっ……?」
窓の近くで壁を背に寝ていたヒロトは、頭上から聞こえる軽い音に気が付き、目を覚ました。
まぶたが重いままヒロトは立ち上がり、恐らく窓から音がしたのだろうと考え、その窓を確認する。
「なあに……? なにもない……?」
視界がはっきりしないが、見たところ窓付近や窓の外にはなにか変わったものは見当たらなかった。
早起きな鳥がイタズラでもしたのかと考え、もう一度寝るために座ろうとした時、とある美声がヒロトに話しかけた。
「あるよ、ここに」
「んんっ……なに?」
窓の向こうにはどこかで聞いたことのある声をした青年が立っていた。 彼が何を言っているのか聞き取れず、目を擦りながらそう聞き返す。
「割れかけとはいえ、窓ガラス越しでは聞こえ辛いよね。 外で話したいんだけど、いいかな?」
その青年は窓ガラスに艶めかしく口を近づけ、透き通った美声でヒロトにそう言った。
それを聞くと、ヒロトは皆を起こさないようゆっくりと廃教会の扉へ向かい、音を立てないよう慎重に扉を開け、またゆっくりと気を使いながら閉めた。
「ありがとう、そしてごめんね。 眠れなくて君に会いに来ちゃった」
水色の髪をした青年はそう言いながらヒロトに近づく。
その声はやはりヒロトに聞き覚えのある声で、頭の中でその記憶を辿り続ける。
「俺のことが分からない? ほら、何日か前に君の前に現れた黒騎士さ」
ああ、そんな人もいたな、とヒロトは思い出した。 自分を弱い者扱いした失礼な黒騎士だ。
「騎士さんってことは……偉い人なんですか?」
「うん、まあ……そんなところかもしれないね」
「そんな人がどうして僕に会いに来たんですか?」
もしかすると、ベルカと共に無許可でガルディノスを殺したことがこの国にバレたのかと思い、ヒロトの眠気がすっ飛び、冷や汗をかいた。
「んふふ、言わなかった? 俺は君に会いたかったって」
「ええっと……」
意味がわからなかったが、ガルディノスの件ではないことがわかって、ヒロトはひとまず安心した。
そうこうしてると、空が日の出によって赤色に焼け始めてきた。
「朝焼けは美しいよね。 この世界は俺だけのものだって、そう思わせてくれる」
青年の独特な雰囲気に飲まれた。 彼の綺麗な横顔に見とれてしまっていたのもあって、ヒロトは喋ることが出来なくなっていた。
「ヒロトくん、俺の名前はメフィレスト。 覚えていてくれ」
「えっ?」
突然の自己紹介に戸惑い、思わず声を漏らす。 完全に彼の世界に飲み込まれていたのだ。 あまり喋ってもいないのに、どうしてなのだろうか。
「また会いに来るよ、絶対にね。 その時まではさよなら、かな」
そう言うとメフィレストはヒロトに近づき、その華奢な手をヒロトの両目に被せた。
何故だかヒロトは動くことが出来ず、そのまま意識が遠のいてゆく感覚に陥ってしまった。
だんだんとまぶたが閉じていく。 暖かく、いい匂いのするその手のひらにもはや身体の全てを預けるような感覚になると、その瞬間にヒロトは完全に眠ってしまった。




