第一章終幕『最強の相棒』
止まることを知らない激雷と自然という自然をかき乱す暴風がヒロトの心を攻撃してくる。 これから賭けたくもない命を賭けに行くのに、その決意の門出が大嵐なのは何も嬉しくはない。
視界も悪く、雨粒が風に乗って目の辺りにぶつかる度に手で目を擦らなければならない。
「だけど……ガルディノス、君の姿を僕は既に捉えているよ」
処刑場から出てものの数分の位置にガルディノスは立っていた。 もしヒロト達のことを追ってきているのなら、相当な執念を彼らに抱いているのだろう。
(さっさとこいつを殺して僕達も帰らなきゃな……)
スウっと息を吸い、ゆっくりと吐き出す。
さあ、心の準備は完了した。 すぐに走り出せる体勢になり、大きく口を開いてその名を叫ぶ。
「ガルディノスー! 僕達を殺せなかったことが悔しかったら追いついてみろっ!!」
辺りを見回していたガルディノスはヒロトが叫んだ瞬間にその方向へと首を曲げ、瞳をヒロトめがけてぎょろりと開いた。
ヒロトは叫び終わった瞬間に走り出し、それがスタートの合図かのようにガルディノスが全力疾走でヒロトを追いかけ始めた。
(ひぃ……やっちゃった、やっちゃった! もう後には引けないぞこれ!)
あまりの緊張感と恐怖にヒロトの顔が引きつる。 なんならもう一度雷が発生し、それがガルディノスに命中すればいいのに、なんて叶いもしない絵空事を余裕のない頭で考える。
今の状況における最大の希望がヒロトなのだから、ヒロトは追いかけてくるガルディノスを処刑場に連れてくることに専念しなければならない。
「ハアッ、ハアッ……! すぐそこの……処刑場まで!」
処刑場は逃げてる場所からかなり近い位置にある。 しかし短い道のりとはいえ、体力を消耗している状態のヒロトがあそこまで無事に辿り着けるかを考えると少し悩ましい。
(ちょっと休憩してからの方が良かったかな……)
あまりにも今更すぎる後悔をしている自分が少し愚かしいと感じつつ、ここで必ず勝負を決めるという覚悟もしっかりと頭に焼き付ける。
ドスドスと荒い音を立てながら追いかけてくるガルディノスは心做しか徐々にスピードが上がってきているようにヒロトは感じた。 顎をガチガチと動かしながら疾走する姿を見れば当然心の中で焦りが生まれる。 ヒロトは焦りと恐怖、そして緊張感のせいで涙を流し始めた。
こんなことしなくても他に方法があったのではないか、走ることに夢中になり切れていない頭がヒロトにとって今の状況で一番余計だと思っていることを考えだす。
後悔しないとついさっき決めた。 だから後悔とは違うと思っているつもりなのだろうが、自分が囮になる方法が最善だったのかが分からなくなってきている。
(いや、そんなこと考えてももう遅いぞ! 逃げなきゃ喰われる!!)
過去を変えることは出来ない、当然だ。 あの時選んだ選択肢の最善を尽くすことが重要なのだ。
鈍く重たく、美しさの欠片も持ち合わせていない鳴き声がうなじのすぐ近くから聞こえてくる。
恐怖心と嫌悪感。 その二つの感情が入り混じってまた走ることだけに集中ができない。
(来たぞ、処刑場! 近くまで来てたガルディノスに感謝しなきゃな……!)
余計なことでグチャグチャな頭を抱えつつ走っているうちに処刑場が目の前まで近づいてきた。 この中に飛び入りさえすればもうこちらのものだと確信しているヒロトはやっとあの処刑装置がある場所を目指して集中的に走ることが出来ると思った。
「出たなこの朱壁ぇ!!」
最初にガルディノスを振り切った時に登った朱い壁。 さっきのヒロトには大きく見えたが、アドレナリン溢れる状態で疾走してる状態だと何故か簡単に超えられそうな感じがしてならない。
「大ジャンプ……ッ!」
全ての意識を両脚に集め、今までにない最高の力で地面を蹴りあげた。
壁に手をかけて登りきる余裕はない。 浮いた脚で壁を蹴りあげ、美しい壁キックを最高の達成感とともにガルディノスに見せつけ、壁の裏側へと着地を決めた。
「どうした、早く来いよ! 僕を殺したいならその壁をすぐに超えろっ!!」
走りながらその一言だけ言い終わると、ヒロトは咄嗟に廊下へと繋がる扉を開けた。 ちゃんとガルディノスが来れるように扉は開けたままにしてある。
ガルディノスの悔しそうな鳴き声がだんだんと遠くなって来る途中、なにやらドーン、ドーンと重たい音が聞こえ始める。
「えっ……?」
ヒロトはその場に立ち止まり、急いで後ろを振り返る。 朱い壁以外に何も見えず、ガルディノスが追ってくる気配がなかった。
その状況にヒロトは嫌な予感しか覚えない。 音が激しさを増す中、ヒロトの口内で唾液が過剰に分泌される。
また恐怖する。 また焦る。 また緊張する。
轟音とも取れるその音の激しさがヒロトの激しい心拍数と重なった時、それが爆音へと変わった。
「うわっ!?」
扉から見える曲がり角、さっきヒロトが走ってきた箇所から朱い岩がゴロゴロと転がってきた。
ああ、そういう事なのかと理解したヒロトはまたそれに背を向けて処刑場へと駆け出した。
(壁を壊したんだね、ガルディノス……)
処刑場へ繋がる廊下へと連れて来れた時点で結果的にはオーケーなのかもしれないが、石造りの壁をも余裕で壊すその底知れぬ力にヒロトは恐れ慄いた。
最早聞き慣れた荒い足音が狭い廊下に響き、ヒロトの耳へとこだまする。
とてつもなく、うざったい。
「ちゃんと開けとくべきだった!」
処刑場へと繋がる閉まりきった扉を蹴り破り、薄暗くもほのかに明るい殺意の部屋へとヒロトは入り込んだ。
そしてここにいるのは自分だけではない、ベルカがいるのだ。 処刑場へと入った瞬間にヒロトはレバーの場所を確認し、そこにベルカが立ち竦んでいるのが見えた。
「ベルカー!! ガルディノスを連れてきた! 僕が合図したらレバーを……!」
レバーを引けといい切ろうとした瞬間、ガルディノスが大口を開いてヒロトの腹を喰らおうとした。
(嘘でしょ!? なんでもう追いついたのさ……!?)
咄嗟に身体をくねらせて奇跡的に避けることが出来たが、あまりにもガルディノスの動きが早かったこともあり、その場でヒロトは転んでしまう。
そして、もうベルカに何かを伝える余裕がなくなってしまった。
──さぁ、どうするべきか。 いいや、悩むべきではないのかもしれない。
ガルディノスは依然としてこちらを見つめたままだ。 ベルカの存在に気づいてないのか、それならこっちとしては嬉しい限りだ。
絶対にベルカを救うなら。
絶対に二人で生きるなら。
絶対に二人で最強を目指すなら。
あの日誓った約束を守る為には、例えどんな困難にぶち当たろうと、どんな絶体絶命な状況に襲われようと。
最高の相棒を信じることが、絶対なんだ。
それこそが打開策だ!
それこそが必殺技だ!
それこそが──
「最強の相棒だぁぁぁぁっ!!!」
一片の迷いすらも捨て、ヒロトは処刑装置の中央へと飛び出した。
華奢なヒロトの身体が全て宙に浮き、殺意の溢れる円陣へと入ってゆく。
『ギャアアアアッル!!』
間髪入れずにガルディノスがヒロトの後を追ってその巨体を宙に舞わせた。
──ガルディノスは知らない。
ヒロトはお前の蓄えになる為に追いかけられていたのではないということを。
ヒロトは簡単に死ぬような男ではないということを。
ヒロトは最高の相棒と共にいることを。
そして──
「その相棒がっ! 最強だってことを!!」
一時の迷いなど絶対に許さず、ベルカは装置のレバーを渾身の力で引いた。
二人だけが知っていたのだ。
自分には信頼できる相棒がいるということを。
そして、お互いがまた信頼し合っていることを。
「「これで最後だぁぁぁぁぁぁっ!!!」」
鬼の如く発射された幾つもの大槍が火花を散らしてガルディノスの身体を串刺しにした。
宙ぶらりんとなったガルディノスの巨体はピクリとも動くことがなく、完全に息の根が止まっていたのだ。
「ぐえっ……」
キュルキュルと元の位置へ槍が戻るとガルディノスの死体が下で伏せていたヒロトの上に重くのしかかり、思わずブサイクな声を出してしまった。
重い死体を背中からどかし、ヒロトは梯子を使って元の高台へと戻る。
「ヒロトっ!! 無事だった!? 怪我はない!?」
すぐにベルカが慌てて駆け寄り、ヒロトの身体に傷がないかボディタッチで確かめる。
「ハハハ……大丈夫だよ。 それよりもベルカ」
「なに?」
「信じてくれて、ありがとうね」
ヒロトはベルカの目をじっと見つめ、優しい表情でそう言った。
「もうっ! 本当に怖かったんだから!……でも、ヒロトもベルカを信じてくれたでしょ? もうそれで許してあげるから」
「うんっ! ありがとう、ベルカ!」
二人して笑顔を作り、明るい笑い声が血なまぐさいドームに反響し続けた。
「ベルカ……帰ろうか、僕達の家に」
「うんっ! さっさと帰って二人だけの夜ご飯にしようね!」
──きっと、ここからが二人の勇ましい冒険が始まるのだろう。
勇ましく、雄大で、誰もが憧れ、途切れることなく後世へと伝わり続ける冒険物語が今ここから。
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「っ!? なに!?」
「うにゃあっ!?」
突然、ヒロト達のいるドームを大きな衝撃が襲った。
轟音とともにドームの頭が崩れ、外から侵入した風と雨が灯火を消して辺り一面を真っ暗にしてしまった。
あまりにも突拍子のないことで、二人は動揺を隠せない。 一体何が起こったか、暗さに慣れない目で月明かりを頼りになんとかドームの壊れた箇所を眺めると、なにやら月明かりを背に浮かぶ影が映り込んでいた。
「なんっ……なの? 一体あれは……」
得体の知れない恐怖。 ヒロトの心は完全に支配されてしまった。
「ベルカ……逃げよう、はやっ、早くっ!!」
ヒロトの心から逃げ切ろうとした勇気の欠片をなんとか掴みとり、ベルカの名を呼んでこの場から逃げようとするが、ヒロトは異変に気づいた。
「ガッ、カッ……!!」
「何……? 何!? ベルカ、どうしたの!?」
ベルカの髪がフワフワと浮き始め、白いオーラのようなものを纏いだしたのだ。
ヒロトの言葉も耳に入らず、金色に染まった瞳は完全にあの影に向けられていた。
「ねぇっ!! ベルカ、どうしちゃったの!?」
桃色の髪が浮いたことによって顕になった『尖った耳』がビクビクと揺れ始める。
そしてその数秒後、ベルカは影を睨みつけながらレバーの方へと歩き出した。
「……!」
階段を登り終えるとすぐにレバーを握り、引いた。
「あれ……? 何も起こらない……」
ヒロトは確かにベルカがレバーを引いた瞬間を見た。 それでもレバーが動かないということは、きっと今の衝撃で処刑装置が壊れたということだろうか。
「…………! …………っ!」
もう一度、またもう一度とベルカはレバーを引き続けた。 ガコガコと壊れそうな音を出しながら動かし続け、ベルカはその影を睨みつける。
しかし、影は二人を襲わないばかりか、遂にはその場から遠ざかり始めた。
月の方角へと飛びさり、二人の視界がちょうど悪くなった瞬間、完全にその場から姿を消していたのだ。
そうすると、ベルカの浮いていた髪が元に戻り、纏っていた白のオーラがベルカの体の中へと戻っていくように消えた。
「ベルカ、ベルカっ! 大丈夫!?」
ベルカは力を失ったかのように目を閉じてその場へ倒れ込んでしまった。 すぐにヒロトが息と心臓を確認するが、どうやら寝ているだけのようだ。
(ちゃんと生きてる……よかった。 でもさっきのは一体……?)
あの影が姿を消してからは嵐もピタっと止んでしまうし、ベルカには異変が起きるしでヒロトの頭はパンク寸前だ。
「とにかく……帰ろう、ベルカ」
寝ているベルカを抱き抱え、荒れ果てた処刑場から立ち去ったのだった。




