第一章28『後悔などしない』
控えめな灯火の光だけが便りの暗いドームの中、ヒロトとベルカは作戦会議の真っ只中だ。
比較的安全にガルディノスをこのドームへ招き入れる方法ないかと二人で話し合うが、そんな都合の良い方法はなかなか思い浮かばない。
「さーて、どうしましょヒロトくん」
「凄い絶望感……なんだかドームのてっぺんがミシミシ鳴ってるよ」
限界を迎えたのだろうか、大嵐に見舞われた古い施設は二人の不安を煽る音を静寂へと響かせる。
装置の上段で二人は仰向けで寝ている。 作戦会議の進まなさがこの光景からよく分かるだろう。
「餌をこのドームまで撒いて道を作るとかは?」
「食糧なんて持ってないよ、ベルカ達」
こうやって、思いついた案は即却下されるという流れが続いている。
「じゃあ、僕が囮になろうか!」
「死ぬと思うんだけど……」
ヒロトの提案はそれこそ危険なものであり、仮にドームにおびき寄せるまでに喰われでもしたら本末転倒なのである。
「それに! あんな殺意に満ち溢れた殺人装置のど真ん中にヒロトがいたら発動させらんないでしょ! ガルディノスだけを真ん中に立たせなきゃならないの!」
「でもさ、あの装置に付いてる槍の先端って結構鋭いでしょ? だから発動するまでにしゃがんでおけば無事なんじゃないかな……」
「バカなんじゃないの?」
恐怖を感じないからこんなことを言っているのではない。 勇気があるから、というのも少し違う。
誰かが囮にならないとガルディノスは殺せないということをヒロトは理解している。 その囮をベルカにやらせたくないから、消去法で自分が囮になろうとしているのだ。
「うっ……とりあえずさっ、その装置が動くかどうかだけは試してみようよ!」
「ふんっ、絶対囮になんてしないんだから!」
いつものようにベルカは腰に両手を当て、ヒロトにぷいっとそっぽを向いた。
「で、どこでどうやって動かすの?」
「うーん……あの二階とかそれっぽくない? なんかレバーあるし」
そう言ってヒロトが上の方を指さすと、そこにはヒロト達が立っている場所と階段で繋がったフロアがあった。 そしてそこには大きなレバーがわかりやすく設置されている。
「じゃあアレを動かしてみる!」
ベルカがタンタンと階段を駆け上がり、大きなレバーを力強く引いた。
「うわっちゃ!」
ベルカがレバーを引いた直後、ドームの床が大きな音を処刑場全体に響かせながら揺れだした。 その衝撃にヒロトは足元のバランスを崩し、驚いた声を上げながら尻餅をついた。
「ヒロトー! 動いてる、動いてるよ!」
そう言われヒロトは装置の方に目を向ける。
処刑装置の槍が四方八方からゆっくりと動かだし始めた。
「あれ、結構飛び出すのが遅い気がっ……!!」
あまりに動きが遅いので、もしやこの装置は使えないのではないかと落胆しそうになったその時、全ての槍が爆音を放ちながらとてつもない勢いで中央へ飛び出した。
「すごっ……」
その光景を見たベルカは思わず声を漏らす。
槍は火花を散らしながら中央でギュルギュルと回転を続け、しばらく時間が経つと勝手に元の場所へと戻っていった。
「ベルカ、ちゃんと見た? 槍自体が大きいから中央で伏せればギリギリ回避できそうだったよ」
階段を上ってきたヒロトが最初に言ったのは囮のことだった。 ベルカはゆっくりとヒロトの方へ振り向き、震えた声でこう返す。
「ダメだよ……あんなの絶対死ぬから」
当然だ。 回避に失敗すれば全身、もしくは頭だけが八本の巨大な槍で串刺しになるのだ。 きっと綺麗に全ての槍が刺さるのではなく、衝撃で肉が散り散りになるのだろう。 こんな死に方は日本中の自殺志願者を集めても全員が嫌な顔をするだろう。
「なんでそんなに囮になりたがるの? きっと他の方法があるよ!」
ベルカにはここまでヒロトが自分の身を危険に晒す意味が理解できない。 これはベルカだけでなく、アリシアやルーンにもわからないだろう。
「無茶な方法なのは分かってるけどさ、これが一番わかりやすい気がするんだ。」
「バカなんじゃないのっ!」
同じようなやりとりがまた繰り返される。 今度の『バカ』は本気でヒロトを止めようとしてるベルカの思いが込められた『バカ』だ。
しかし、いくら罵倒されようが、いくら心配されようが、妙なところで頑固なヒロトはこのまま自らが囮になってガルディノスをこの処刑場へと連れてくるだろう。
「絶対死なないようにするから」
「ダメ」
「ベルカがガルディノスだけを殺してくれること、信じてるから」
「ダメ」
表情がだんだんと険しくなってくるベルカとは反対に、ヒロトは一拍の呼吸を入れて笑顔を作る。
「じゃあ、行ってくるよ」
「ダメッ!!」
それだけを言うとヒロトはベルカに背を向け、階段を降りる。
今のヒロトは誰のいうことも聞かない。 ベルカはそれを早々に理解して諦めたのか、床に膝をついて震えだした。 元来た廊下の扉を開ける頃になっても、ベルカはその場から動き出すことは無かった。
───────────────────────
廊下の扉を閉め、握っていた取ってから手を離す。 感じていた扉の重さは、さながらこれから起こす行動に伴う責任のようだった。
「…………」
ヒロトは後ろを振り返らない覚悟で薄暗い廊下を歩み続ける。 聞き慣れた足音が狭い空間に響く度に心臓が揺れる、それほどまでに怖いのだ。
ベルカは囮を使わなくてもガルディノスを処刑場に連れくる方法が何かあるはずだと言っていたが、そんな方法を思いついた時には既に二人の体力が減り始めている頃だろう。 そうなれば、作戦中にどこかで失敗する危険性が高くなるというわけだ。
まだ体力に余裕がある状態で、尚且つ成功率も高そうな作戦が囮作戦だけだったということなのだ。
「…………」
自分が囮になったことを後悔していないと言えば、それは嘘になるだろう。 ヒロトは誰かの為に何の躊躇や後悔もなく自己犠牲を働けるような底抜けに優しい性格をしているわけでもなく、どこまで行っても一人の人間なのだ。
自分の為に引き止め続けた女の子の気持ちをほとんど無視してまで囮になったヒロトに、後悔する権利など無いというのに。
「…………だから僕は、ここでは死ねないんだ」




