第一章27『作戦』
施設とは言ったものの、ヒロトにはその建物が何のために存在するのか分からなかった。 ただなんとなく建物の雰囲気的に何かの施設なのかという想像でそう読んでいただけなのだ。
何をする場所なのかを考える暇はないが、とても人が入れそうにない場所に建てれているのは謎と言われれば確かに謎だ。
「着いたっ……」
建物の周りには崩れて背の低くなった朱色の壁と黒鉄の大扉が待ち構えている。
背の低い壁と言ったが、それは他の崩れていない壁と比べた時のことであり、絶対的な評価をするのであれば崩れた壁もそれなりの高さはまだ残っている。
「グッ、よっと!」
ガルディノスが追ってきているかは分からないが、それでもやはり怖いものは怖い。 ベルカを呼んで扉を開けてもらうのを待つよりも、このまま自分で壁を登って侵入した方が早いと判断したヒロトは持てる力を振り絞って崩れかかったデコボコの壁を登りきった。
降り立った床は灰色の石造りだ。 疲れきった手と脚を休めるべくブラブラと揺らし、そしベルカを探しに行く。
(前は焦って名前を叫んじゃったけど……近くにガルディノスがいるしなぁ)
ここでベルカの名前を叫ぶと恐らくガルディノスを引き寄せてしまうだろう。 少しだけ名前を呼びつつ、ヒロトは石造りの通路を歩き回る。
未だに整うことのない息切れで擦り切れそうな喉と口の奥に生じる痛みや不快感は自身の体力の無さを教えてくれる。
この世界に来る前はろくに運動もしていなかったし、そもそも運動神経があまり良くはないので当然といえば当然なのだが。
(それを考えればさ、僕ってこの世界で良くやってるよね……?)
ベルカ達に幾度か迷惑をかけているとはいえ、たかが引きこもり学生が今日まで生き延びているのはすごい事なのではないかと、ヒロトは自分をちょびっとだけ賞賛した。
誰に問いかけるでもなく、自問自答で終わらせた自分による異世界での生活。 これを誰かと共有するなら、早くベルカと会わなければならない。
心の中でそうやって自分を急かし、本格的に建物の内部へ入っていこうとしてヒロトは扉を開ける。
「うおっ、ヒロト生きてた!」
「ひゃあっ……ベルカ、ここにいたんだ?」
扉を開けた瞬間、暗い通路の隅から特徴的なピンク色の髪をした少女がひょっこりと姿を現した。
「行けって言っておいてなんだけどさ……どうやってここに入れたの?」
「壁を登ったんだよ! ベルカの身体能力を舐めないでよね?」
胸を張り、両手を腰に当てて鼻を鳴らしながらベルカはそう言って自慢げにしている。
確かに、ベルカにそれ程の身体能力が無ければヒロトの命は今頃とっくに失われていただろう。
「それよりヒロト、この施設すごいよ! こっち来て!」
興奮気味のベルカはすぐにヒロトの手を取り、急いで扉の先に広がる通路に入った。
急なことにヒロトは戸惑うが、なにか珍しいものでもあるなら見ておきたいという好奇心がヒロトの口を塞いだ。
「この先にすっごいのがあるんだから、早く行こ!」
「待って、もう体力が……」
今日はとにかく走り続けた一日だったが故にヒロトの脚は限界に近づいてきていた。 しかしその言葉にベルカは耳も貸さずヒロトの手を引きながら全速力で通路を駆け抜ける。
とにかく暗い通路を延々と走っていると、小さな光が薄く見えてきた。
ベルカは走る速度を落とし、ゆっくりと立ち止まる。 光は扉の隙間から漏れており、ベルカはそれを頼りに取っ手を掴んで扉を開けた。
薄気味悪い通路の先に広がっていたのは、果てしなく大きなドームの内部だった。
いくつかの控えめな炎が淡い光を放って暗闇を照らしている光景はとにかく幻想的で、ヒロトを何故だか穏やかな気持ちにさせてくれる。
「ねっ、すごいでしょ?」
「うん、これは確かにすごいよ……!」
外の景色からでは確認出来なかった建物にヒロトは感激とも取れる感情で心を震わせた。
しかし、それよりも気になるものがあった。 ヒロトとベルカは互いの目を見つめ合い、その気になるものについて話を始めようとする。
「ベルカ、ここってさ……処刑場だったりするの……?」
「わかんない……でも、なんとなくだけどそんな気がするよ」
──処刑場。 そんな単語が口から出てきてしまうのは、四方八方の壁に血のこびり付いた巨大な槍が幾つも配備されていたからだ。
壁というのはドーナツ状で、その内側の壁に槍が埋め込まれている。 恐らく、その中央に罪人を固定し、全ての槍を突き出して刺し殺す設計なのだろう。 リフトなどの技術を見れば、この世界でそんな装置を設計することも不可能ではないと思える。
「どうしてこれを見せたかったの?」
「なんかさ、大事な気がしたから」
処刑用の装置をまっすぐ見つめ、ベルカはそう言う。
「大事って……それよりさ、考えなくちゃいけないことなんだけど」
「どうしたの?」
「僕達は街からかなり離れたでしょ? マップを見ても平原や森の範囲外にいる。 近くではガルディノスがうろついていて、おまけに大嵐が発生してる」
「だね」
自分たちが置かれた状況を確認してみると、最早笑えてくる程に希望がなかった。 絶望的という言葉が良く似合うだろう。
これがギルドを通した普通の依頼だった場合は、数日間耐えることが出来ればギルドから救助隊が助けに来たりするのだが、今回は弱小ハンターたちが勝手に森に赴き、勝手に死にかけているだけのこと。 きっと、この状況がギルドに伝えられたとしても助けが来ることはないだろう。
「僕達……どうやって街に帰ろうか?」
「…………」
長い長い沈黙が処刑場を包み込む。 現在地の不確かや大嵐のことはこの際どうだっていい、外をうろつくガルディノスが本当に厄介なのだ。
「ヒロト」
「……本当に?」
「まだ何も言ってないよ」
「あの装置を眺めながら名前を呼ばれると……ね」
ベルカが何を言いたいのか、ヒロトは察することが出来た。
ベルカはヒロトの目を見つめ、ニコニコしながらこう言った。
「ここをモンスターの処刑場にしちゃおうよ。 今日だけね」
「またガルディノスに追いかけられなくちゃいけないんだね……」
予想通りの言葉にヒロトは肩を落とす。
ガルディノスから逃げる為に来た場所におびき寄せるなど本末転倒も良いところなのだが、建物の外をうろつかれてはそれはそれで街に戻ることが出来ずにいずれ死んでしまう。
だったら、目の前に見えている『人間を殺す装置』でガルディノスをここでなんとか殺した方がまだ生き延びるチャンスはあるだろうとベルカは判断したのだ。
「やるよね?」
「ええっと……やっぱり怖いなぁ」
やる気満々のベルカを前に、ヒロトは苦い顔をして手をモジモジとさせている。
「ここでやらなきゃ、ベルカ達は一生街に帰らんなくなるんだよ! ていうか、これ以上に危険な体験をベルカ達はもうしてるし!」
「わ、わかった! そこまで言うならちゃんとやる!」
腰に手を付き、指をヒロトの顔めがけて指しながらベルカは高らかにそう叫んだ。 その迫力にヒロトは負け、嫌々ではあるものの頷いて見せた。
「でもさ、どうやってここまでおびき寄せるの?」
「それは今から考える!」
「えぇ……」
二人はその場に座り込み、一世一代の作戦会議を始めた。




