第一章17『狩人の誇り』
依頼外で既に倒しているとはいえ、肉食モンスターを相手にするというのはやはり緊張が残る。
『ディノスの討伐』は三匹のディノスを討伐することが目的の依頼だ。 依頼主はメルタリア付近で活動する行商人らしく、この街に来る途中に三匹ほどのディノスに襲われたことで今回の討伐依頼に繋がったようだ。
討伐指定地はディノスの住処である 「紅森」 で、ヒロトとベルカは紅森の中を歩いている。
「どの辺で戦うのが安全なの?」
「森に入ってすぐのところに川が流れてる広い場所があったでしょ? 森で戦うならそこが一番安全なんだって」
ディノスに襲われ、崖から転げ落ちたあの日の二の舞にはなりたくないので、なるべく開けている場所で安全に戦いたい二人。
「ギルドに来てすぐに強化した武器も貰ったし、きっと前よりは楽に戦えると思う」
ディノスの素材を使って鉄剣をより強力にした武器、『ディノブレイド』の柄に手を置き、誇らしげにヒロトはそう言う。
より強くなった武器を腰に下げて歩いていると、どうしてか自分の実力まで上がったように感じる。
「でも、三匹倒すんでしょ? 一気に相手するのは……」
「いっ、一応別々に倒そうとは……してる、かな」
例えどれだけ良い武器を持っていたとしても、ハンターとしての熟練度が足りない二人にとって、一気に三匹を相手取るのはやはり不利な戦いであるがため、それは当然の懸念だ。
無計画なつもりはなかったのだが、ヒロトの頭の中では 「川の流れる広場で一体から二体を倒し、残りを別に処理する」 という漠然としたものしかなかった。
「仮にあの広場で待ってたとして、三匹で来たらどうするの?」
「うっ……」
前言撤回、彼は無計画だ。 ハンターとしての重要なことは第一に依頼を達成させることであり、それはやはり命あってこそ成し遂げることが出来るものである。
無計画では当然狩りも厳しくなり、ハンターの命も自然の脅威に身を晒すこととなる。
「ディノスの特徴、『他の小型モンスターよりも群れることが少なく、ガルディノスのいる巣に戻って寝る時以外は一匹で自由に生きている』だよ。 知ってた?」
呆れたようにヒロトに対してそう説明する。 ディノスほどの大きさのモンスターは小型モンスターとして扱われ、基本的に小型モンスターというのはどんな時でも群れを形成しているらしいのだが、ディノスに限ってそれはないらしい。
「本当は三匹で来ることなんてあんまりないんだよ、フフッ」
「よ、良かったぁ……」
無計画だったことに変わりはないが、ヒロトが最初に提案した方法で依頼を達成させることが出来ると知って安堵する。
一本取ったと満足気な顔をしているベルカと共に、ヒロトはあの美しい広場へと着いた。
やはり紅と黄の二色だけが支配しているこの森は幻想的だ。 二人はここでディノスが現れるのをじっと待つ。
「本当に来るかな?」
「水を飲みに来たりするらしいよ。 その時は大抵一匹で来るんだって」
流れる透き通った川に目をやり、そう言う。 本当ならここで寝転び、高い葉っぱのドームを見上げながら眠りにつきたいところだが、いつディノスが来るか分からない状況では当然、そうもいかない。
ベルカと喋りながらも周りをキョロキョロと見回し、警戒している。 二人は川沿いから少しだけ離れた岩陰に隠れており、そこから周りを見回している。
「三匹で来たら逃げる、二匹出来たら前みたいに戦う、一匹で来たらタコ殴りってわけだね」
「それでいいと思うよ」
気休め程度の作戦会議を終わらせ、ディノス討伐に向けての気合を入れる。 そして川の向こう側、森の奥へと繋がる獣道から目的の影が現れた。
「来たね……あれは、一匹?」
「楽になりそうだね……」
剣の柄を握りしめ、岩陰から川に近い別の岩陰へと音を立てずにゆっくりと移動する。 その岩からディノスを覗き、前の戦いで拾っていた石を詰め込んでいるポーチからまた石を取り出し、二人はそれを握りしめる。
そして二人は一匹のディノスを目掛けて勢い良く石を投げつけ、二発の投石を顔面に喰らったディノスは仰け反り、叫んだ。
本当であればその隙に二人で攻撃を仕掛けたいが、川がある以上ディノスに近づいた時には既に戦闘態勢を取られていることだろうから、二人はディノスをこちらにおびき寄せる方法を取った。
ディノスは二人に気付いて、川の向こう側に佇んでいる姿を見てひとしきり吠えた後、その川を渡って二人に近づいた。
「来たっ……!」
待ってましたとばかりにヒロトは鞘から剣を抜き、迫りくる敵の素材で作った『ディノスブレイド』を構えた。 ベルカもそれに続いて態勢を整える。
「分かれて!」
ディノスと戦う際、必ずと言っていいほどにジャンプをしてくる。 それをしっかりと理解している二人は、ジャンプで襲いかかってくるディノスを真ん中に左右で分かれるように避けた。
「はぁっ!」
すぐさまディノスの体に剣を振り、その薄いピンクの肌に傷をつける。 ベルカもそれと同じように攻撃を加え、ディノスの両側面には大きな傷ができることとなった。
手を斬り、顔を斬り、そうされるとディノスは反撃することが許されなくなる。 動きが少しだけ鈍くなると、それは攻撃する側にとっての更なるチャンスとなる。
腹付近に剣を刺し、またグリグリと痛めつけるのは二人の十八番だ。 とてつもない苦痛によってディノスは悲鳴をあげてその場に倒れ込む。 二人の勝利は約束されたものとなり、その首元にベルカが勢いよく剣を突き刺した。 ディノスの命は絶たれ、その後はいつものように皮や爪、牙を剥ぎ取って専用のポーチへと入れた。
「仲間の死体に誘われて群れで来なきゃいいけど……」
「大丈夫だよ、次のを待とう」
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総て十七匹のディノスの群れが川付近で二人を包囲した。
初めて見つけた時、二人は全力で逃げようとしたものの、逆方向からもディノス達が現れ、結果として今のように絶体絶命の危機に瀕しているのだ。
「ヤバイヤバイヤバイ……!」
「誰か助けてぇぇぇ!!」
そう叫ぼうと誰も来ない。 メルタリアに沢山ハンターがいるとしても、同じ日に、同じ時間に、同じ目的地の依頼を受けることなどあまりありはしないのだ。
ディノス達は円を描き、その中で身動きの取れなくなっている二人にジリジリと迫る。
一匹は尻尾を地面に叩きつけ、一匹は二人に吠えて威嚇する。 それぞれが攻撃的な動きを見せる度に、二人は体を強張らせる。
「この広場のどこが安全なの! ヒロト!?」
「分からない! ギルドで誰かが話してた!」
「なんでそんなのアテにするの!?」
「ごめんなさぃぃぃぃ!!」
良い意味でも悪い意味でも、ヒロトは簡単に人を信用してしまう。 だからネットで真偽の分からない情報を得てはそれに影響され、それをまた別の場所で得意げに語ったりとすることがよくあった。 しかしその性格がこの異世界でも影響を及ぼし、数日で死の危険に繋がるとは思いもしなかっただろう。
当然そんな状況に陥っては仲間のベルカにも批難はされる。 自身も特に安全な場所を調べていなかった時点でダメではあるが。
(何とかできないかな……)
恐竜を題材にした映画ではよくラプトルやディノニクスに囲まれ、ピンチとなるシーンが挟まれるが、その度に主人公は突飛な発想で切り抜けてきている。 例えば、自分を襲おうとしている恐竜と同じ声を何らかの方法で出し、敵でないこと証明するといったことで難を逃る等がある。
(あれは確か恐竜の一部を笛にしてたよね……そんな物ないしなぁ……)
持っているものは『ディノスブレイド』『沢山の石が詰まったポーチ』『普通のポーチ』『お金』である。 武力で抗う他ないだろう。
しかし十七匹の肉食モンスターを一度に相手にするのは歴戦のハンターであれば容易いだろうが、今のヒロト達にとっては自殺行為だ。 アドラのような強いハンターが助けてけてくれるような奇跡は二度と訪れない。
「ベルカ……」
「……ヒロト」
互いに名前を呼び合った。 死に際の最後の言葉は背を向けあった仲間の名前が良い、ということなのだろうか。
したくない覚悟をして剣を両手で握りしめ、最後のあがきを見せようとしたその時──
「うっ……!」
「キャッ……!」
頭上から果てしなくけたたましい轟音が鳴り響いた。 その音に竦んだのはヒロトとベルカの二人だけではなく、十七匹のディノス全員が震え、立ち竦んでいた。
木々が揺れ、空からパラパラと鮮やかな木の葉が何枚も落ちてくる。 二人はゆっくりと鮮やかな天然の天井を見上げると、その光景に驚愕した。
「蒼の……ワイバーン……!」
自然が創った幻想的なドームを破り、爆風とも取れる風を起こしながらゆっくりと降りてくる。 髪も、服も、ディノスの体毛も、剣の鞘までもが風に揺れる。
見るだけで分かる『絶対的強者』
他の生物より一際頭の良い人類は当然、他の生物やモンスターですらもその強さを理解し、自ずと逃げてゆくその姿。
「はぁ……あっ……!」
声にならない声を漏らし、構えていたはずの腕を下ろして大地にひれ伏すベルカ。 『蒼』は二人とそれを囲うディノスをその紅い眼光でギョロギョロと見渡し、凶悪な口から炎を漏らした。
蒼の見た目に相応しい程の美しさを誇る透き通った青色の炎はディノスの視線を独占した。
ヒロト達も口元に溢れる青い炎に目を向け、視線が吸い込まれそうになったその刹那──
「うわぁぁぁぁっ!!」
「ひぃ……っ!」
青き業火が全てのディノスを焼き払った。 二人は堪らず頭を抱え、地にひれ伏せてその身を守ろうとしたが、ディノスが群れで作った円の中心に炎が行き届くことは無かった。 まるで、『蒼』がそうしているかのように。
恐ろしく強いワイバーンを目の前にすると、ディノスのようなちっぽけなモンスターの死体など到底視界には入らず、次に『蒼』がどんな動きをするのかばかりを二人は気にしていた。
(次は僕達だ…………っ!)
心の中でしかそう焦ることが出来ないほどに追い詰められた状況で、二人の体はやっと震えだした。
ここで怖気付くのはどの人間も同じで、死に様がそうであってもそれを悪くいう人間は誰一人としていないはずだ。 そしてここで逃げて、命を拾おうとも悪く言われることは無い。
そしてここで剣を取り、戦う道を選べばそれは──
「──それは、狩人だ!!」
勝利を手にして得た物は沢山ある。 その中の一つがそう、ヒロトが『蒼』に向けている『ディノスブレイド』だ。
武器を手にし、勝利を手にし、更なる高みへと突き進むのが──
「──ハンター!!」
立ち上がり、剣と闘士の目を向けるベルカ。
「ヒロト……ベルカ達、バカだけど」
「僕達は……ハンターだっ!!」
この出来事は、後世に伝わる英雄譚の一節となる。
弱い少年と弱い少女がこの日、紛れもないハンターの誇りを抱いて、蒼きワイバーンに刃を向けた。 誇り高き狩人の心を宿したその瞳は、どの業物よりも余程切れ味に優れている。
そしてハンターがモンスターに勝負に挑む時が訪れる。
大地を駆け、ハンターの命を燃える刃に変えようかとしたその時、なんと『蒼』は地面から足を離し、美しくも恐ろしい巨大な翼を羽ばたかせ、紅森のドームを舞い、やがては空へと姿を消した。
「いなく、なった……」
「助かったの……?」
命を賭して、最後までハンターであろうとした二人にとっては気力の抜ける結果だった。 今度は恐怖ではなく、力が抜けたことでじめんにへたり込む。
やっと辺りを見回す余裕が出来て、無残に燃やし尽くされたディノス達の姿を見て腹に溜まったものがこみ上げてくる感覚を味わう。
「とにかく、僕達は助かったってことだよね……」
どこか息を切らしているような言い方でヒロトはベルカにそう言う。
「多分……森から抜けてっちゃったし」
二人は座ったまま色鮮やかな天然のドームを見上げ、街に帰るまでに一時の休息を取った。




