第一章18『きまりの悪い扇動者』
討伐依頼の達成条件はモンスターを指定された数だけ討伐することであり、それ以上に殺してしまうとギルドから注意を受け、大幅に外れるとペナルティを受ける。
しかし今回の出来事に限ってはそれはなく、あくまでも『蒼』がディノスの群れを蹴散らしただけという『生態系の一つ』であり、人間がが干渉した結果ではないため、ヒロト達に注意や罰があるわけでは無かった。
「ディノスの尻尾、三匹分です」
「はいはーい……ウェッ、なんですかこれ?」
受付に出されたのは三つの黒焦げになった尻尾だった。 討伐の証拠としてモンスターの体の一部を剥ぎ取り、それをギルドに渡すわけだが、どうせ渡すなら綺麗な死体のものよりは黒焦げの死体の方が得だろうと思い、それを出した。
「でかいモンスターが焼いたディノスです!」
「へっ、へぇ……了解です」
若干引きつった顔でそれらを手袋を嵌めた手でつまみ、トレーに乗せて奥へと持っていった受付嬢。 騒がしいほどに元気な受付嬢がそれを見てあからさまに引いていたのは気にしない。
「討伐依頼だったし沢山お金もらえるよねぇ!」
「お金も貯まっていく一方だよねぇ!」
「「くふふふふふ………!」」
息の合った妙なノリにギルドを行き交うハンター達はチラ見するが、その目は確実に冷ややかなものだった。 だが、それも二人は気にしない。
ハンターとしての依頼で凶暴なモンスターを一匹でも倒したのだから、やはり今回で誇るものがあったのだろう。 『蒼』あってこその成功ではあるが。
「お待たせしました、報奨金でーす」
余程あの証拠が嫌だったのか、いつもの元気はどこへやらといった感じで依頼達成の処理を進め、ヒロト達に報奨金を手渡した。
「ありがとうございます、さようなら」
「はいはーい……」
それを受け取り、力の抜けた受付嬢に別れの挨拶を言ってギルドから出た。
廃教会へと帰る道すがら、いつもベルカとくだらない話しをしている。
「朝から依頼だと、夜ご飯を食べに行くのにまたギルドに行かなきゃダメだよね。 めんどくさいし、行く時間変えようかな……」
「お金に余裕が出てきたらあの黒髪ッスに作らせたら? 料理できるって言ってたよ」
「黒髪ッスって……」
気に入らない故のあだ名なのか、それとも喋り方を馬鹿にした蔑称なのか、そうだとしたら二人は相当合わない性格をしているのだろう。 当のアリシアは気にしていない様子だが。
「狩人隊って言ってたよね、アリシアはそれの料理人になるってことかな」
「隊を組むならそうだよね、指南者とか先導者とかよく分かんないけど」
特段興味はなさそうにベルカは話すが、隊を組めばハンターとして大きくなれるという事実にヒロトは目を輝かせていた。 狩人、料理人、指南者、先導者。 その全てが揃っている隊の中に、自分が狩人として戦っている姿を思い浮かべるばかりだ。
「でも仲間なんてそう簡単に集まることは……」
「わ……」
ヒロトがそう言いかけると、その途中で小さく、弱々しい声がどこからか聞こえた。 何かと思い、辺りを見回すとその声の主であろう人物がなんとなく分かる。
「わ、私は……隊のせっ、扇動を……!」
建物の影に体の大部分を隠し、自分たち以外には中々聞こえないような音量の声で自己を主張している少女は、目が見えない程に長い前髪を覗かせ、二人を見つめている。
「ヒロト、面倒くさそうだから行くよ」
「ちょっ、引っ張らないで……」
ヒロトの着ている服の袖を掴み、そそくさとその場から退散するベルカ。 人目をはばからず早歩きで街を移動し、引っ張られるヒロトを気にせずにそれなりの距離を歩いた。
「あの子の話、ちょっとでも聞いてあげたら良かったんじゃないの?」
強く引っ張られながらも、早歩きのベルカにそう言う。 それを聞くとベルカは振り向いて、ヒロトの顔をじっと見つめた後、大きな声で反論する。
「だって絶対面倒事だよ! 色々あって最終的に仲間になっちゃうタイプだよ!」
「私は……」
「ひっ!」
ヒロトに向かって叫んでいると、その背中からさっきの少女が顔を覗かせ、同じようなことをボソッと呟いた。 ベルカは突然のことに驚き、甲高い声を上げる。
その反応に少女まで驚き、体を竦ませたが、また口を開いて何かを話そうとする。
「隊の……宣伝、みたいなこと……します」
恥ずかしがり屋でなおかつ口下手なのがこの短い時間でよく分かる。
この世界における扇動者と言えば所謂『狩人隊』の専門用語であり、一つの役目である。 その内容は隊を宣伝し、民衆にその名を知らしめて隊全体の士気を高めることだ。
しかしハンター達からはそこまで重要な役目とは認識されておらず、扇動者のいる狩人隊はあまり存在しない。
「あんまり……話、聞いてくれる人いなくて……」
扇動者という役目の必要性が料理人や指南者よりも低いというのも理由の一つだが、何より彼女がどの隊にも相手にされなかったのはその喋り方だ。
隊の存在、そして強さを一人でも多く伝えるには優れた話術が必須だ。 大衆の心を掴む台詞とその時に繰り出される動きが何よりも重要なのだ。
かの独裁者はそれらを完璧に理解し、戦争へと向かう国に対して疑問を持つ者がいなくなる程に民の心を一つにした。 それを少女の役目には強いられているはずなのだ。
「あの、だから……その……」
言葉の詰まった少女を二人は見ているだけだった。 何を、どう言えばいいのか分からなかったのだ。
その二人の視線を感じてか、更に言葉を失う少女だったが、目が隠れるほどに長い前髪を揺らし、手を握ってこう言った。
「私を、仲間にして下さい……!」
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「おかえりッス、ヒロトさんともう一人! と、あと一人……?」
「もう一人ってベルカのこと!? ねえ!?」
自分とヒロトに対する呼び方の違いにベルカは後ろでアリシアを問い詰める。
それを尻目にヒロトは目の前の少女に話しかける。
「君、僕達と隊を組みたいの?」
「はっ、はい!」
恥ずかしがりながらも大きな声で少女は返事をした。
「いいんじゃないッスか? どうせ近いうちに隊を組めるようになれるし、今のうちに仲間集めと行きましょうよ!」
軽い口ぶりでそういうアリシアにベルカは体を激しく動かし、反論する。
「増えた分の生活費は誰が稼ぐか考えてよ!」
「お、落ち着いて! 隊を作るなら色んな役目の人がいた方がいいって言ってたでしょ!」
騒ぐベルカをなんとか諭そうとするヒロトの姿を見てアリシアはニヤつき、少女は呆気に取られていた。
「まずは名前! この子のことを知らなきゃ! ベルカの名前はベルカ!」
ただ無言で見つめる少女に気づき、ベルカは一人騒がしく少女に名乗り、相手の名前を聞いた。
「私……ルーンって、名前です……」
個人の情報を他人にさらけ出すのが余程恥ずかしいのか、ルーンは下を向き体をモジモジとさせている。
「僕はヒロト、よろしくね」
「自分はアリシアって名前ッス! よろしくッスー!」
「はっ、はい! よろしくお願いします……!」
その場の全員が名乗り終え、すぐにベルカはルーンが自分達の仲間になるかどうかの話を切り出した。
「それで、ルーンはベルカ達の仲間になっちゃうの?」
「はい、なりたいです……!」
さっきよりかは食い気味な口調でルーンはそう答える。 良い顔、とは言えないベルカに対し、賛成派のアリシアは笑顔を見せている。
そして賛成が一、乗り気でないが一ならば、民主主義に則ると残りの一人がどう言うかで全てが決まるわけだ。 残った人間がヒロトであると、当然答えは──
「ルーン」
「はい……!」
静かにルーンの名前を呼んで、歩み寄る。 口を小さく開き、息を吸ってヒロトはこう言う。
「よろしくね、ルーン」
「あっ──」
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後にルーンから話を聞くと、扇動者として隊に入ろうと決意したのが二年前で、入隊する為に街で活動し始めたのもその時期からなのだとか。
暑い日も、寒い日も。
雨の日や、風の日も。
どんな日でも毎日欠かさずに街に出て活動を続けてきたのだが、声の小ささや立ち位置などから本人の自信の無さが誰にでも感じ取られてしまい、その努力も実らぬままだったそうだ。
だから、ヒロト達が仲間として認めてくれた瞬間に本人の瞳には少しの涙が溜まってしまったようである。
ルーンはヒロトとベルカが『ガルディノス』を倒す日を心待ちにしていると、しゃっくりを小刻みに交えてそう語った。




