第一章11『記念すべき日』
「────はぁ」
メルタリアに帰ってきた途端、ヒロトの手を握っているベルカは大きなため息をついた。
「色々疲れたよね……」
「早くお金もらって教会で休みたい………」
肉食モンスターに襲われたと思えば二人揃って森の崖を転げ落ち、鬼泉を見つけたと思えば同じ時にいた大型モンスターに肝を冷やしたりと非日常の一言では終わらせることができない時間を送っていれば当然の如く疲れ果てるわけである。
(まぁ、ハンターにもなればこれが日常なんだろうけどなぁ)
ギルドへ着くとヒロトはその大扉を開いて、依頼の達成を報告する為にカウンターの前へと立った。
「依頼を達成してきました!」
その姿なきカウンターにいつもの如く奥から受付嬢を呼び寄せるため、大きな声を出してそう言った。
「はーい!」
高く元気な声でそう返事をしてやってきたのは金髪で赤い制服を着た『別の受付嬢』だった。
「依頼を達成できたんですか! どんな依頼ですか! 大型モンスターを倒したんですか! それとも 開拓ですか!」
「うわぁ!」
怒涛の質問とカウンターから身を乗り出す姿に二人は驚いて後ずさりした。
絶えずニコニコと笑顔を見せる受付嬢に恐る恐るベルカは近づき、帰ってくる道中でヒロトから受け取っていた鬼水をポーチから出す。
「えっと……鬼水取ってきたよ………」
ベルカは顔を引きつらせながら鬼水を受付嬢へと差し出し、受付嬢はそれを笑顔で受け取って奥へと報奨金を取りに行った。
「ヒロト、あの人なに? 見たことないんだけど」
「ぼ、僕も見たことないかな……ハハハ」
変なものを見たことで二人の表情は崩れている。 そんな会話が終わった後、すぐに受付嬢が奥から戻ってきてベルカに報奨金を渡した。
「さぁ 受け取れぃ! 2500cだぜぃ! あんちゃん達やるねぇ!」
「あ、ありがと……」
「こんなにお金が貯まったからには君たちがすることはただ一つ、大型モンスター討伐さ! 頑張りたまえ!」
「ハハ……頑張ります」
急に口調が変わったり突然決めポーズをとったりとやりたい放題の光景に二人はもう言葉が見つからない。
笑顔で二人を見送る受付嬢を背に二人が向かうのはギルドの西館に位置する『装備エリア』である。
ここはその名の通り、装備に関する建物だ。 モンスターから手に入る素材やアイテムを鍛冶屋に渡せば装備を作ってくれたり、元から売られている武器や防具が置かれていたりする。
そこまでの道のりを適当にだべりながら二人は進んでいく。
「さっきの人すごかったね……」
「うん、とっても元気な人だったよね」
「ああいう人、ベルカは苦手かな……」
悪い人ではないとは思っているようだが、人間関係というのはやはり好き嫌いが心の奥で生じるものらしい。
「ここからが西館だよね、良い雰囲気……」
(内装も良いけど、この辺の外観は凄かったなぁ)
大きな本館を挟む高い塔の真ん中、それも一番上にはまた何か施設がありそうな空間があり、日本で育ったヒロトからしたら梅田のでかいビルを連想させる造りになっている。
(どんな人が造ったんだろうか……)
この世界の建築技術は侮れない、というよりファンタジーと言えど魔法がない世界なのだから明らかにオーパーツではあるが、気にしたら負けだと自分に言い聞かせて先へ進んだ。
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「これがレザー装備ね!」
二人の前にはレザー装備のマネキンがある。 周りに置かれている初心者向け装備の中でもそれなりに貧相な部類ではあるが、そもそも装備があるのとないのとでは雲泥の差があるのだ。
「いくらだろう………えっと、1000c ?」
「お金は結構残るね!」
「助かるよ。 ここにあるタグを持っていけばいいのかな?」
『レザー』と彫られた鉄の箱の中にレザー装備が描かれた白いタグがいくつもあり、その中から二つを取り出してそれを専用のカウンターへと持っていった。
「あの、この装備を二つ買いたいんですけど」
「かしこまりました、新しくハンターになられた方ですよね? おめでとうございます!」
「あ、ありがとうございます!」
丁寧な物言いとその祝の言葉にヒロトは随分と気を良くする。
ヒロトはタグを渡し、その後に合計2000cを払い終えて二人はレザー装備の用意を待った。
「ベルカ……なんだかすごくワクワクしてきた……!」
「ヒ、ヒロト……ベルカもワクワクが止まらないよ……!」
お互いに良い姿勢で立ち続けること数分間、その時が終わると奥から先ほどヒロト達を祝った女性がレザー装備のマネキンを乗せた台車を二台押して二人の前に持ってきた。
「装備はされていきますよね? どうぞ、試着室をご利用下さい!」
そう言われて二人はそれぞれの試着室に全ての装備を入れ、扉を占めて準備は万端だ。
ヒロトはまず脚甲を装備して、その次に最も厚い革が使われた腰甲を身につけた。
「結構身体にフィットするなぁ、動きやすそうだし期待できそうだなぁ」
下半身の防具をしっかりと装備した後、胴甲に続いて手甲を身につけ、遂にハンターらしい見た目となった。
しかし何かが足りないとヒロトは感じ、よく考えると頭装備がないことに気がついた。
(来た時に見たマネキンにもなかった……そういう仕様ってことだね)
「ヒロトー、もう終わったー?」
既に装備し終わったベルカはヒロトが入っている試着室の前でそう叫ぶ。 今装備し終えたと返事をして扉を開ける。
試着室から出て見えたのは女性用のレザー装備を着用したベルカだ。 自分の見た目とはかなり異なり、おしゃれさがありつつも肌の露出が少ないれっきとした防具だ。
「うわっ! ヒロトすごくかっこいいよ!」
「そっ、そうかなぁ? ベルカはすごく似合ってて可愛いよ!」
実のところヒロトはあまり褒められることの多い人生を送ってきてはおらず、ベルカのその褒め言葉にどこかムズ痒くなってついつい否定してしまう。 その代わりといってはなんだが、赤面しながらもヒロトはベルカを褒めた。
「ほんと!? 嬉しい!」
「それじゃあやることは終わったし、お風呂に入ってそのまま酒場に行こうか」
「そうしよ!」
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大浴場から上がってポカポカした身体の上には革で作られた強固な装備。
前と比べれば見違える程にハンターらしくなったその姿にルルカとクリルは驚き、それと同時に二人のことを祝ってご飯を奢ることになった。
今回の依頼で積まる話もあり、そのことを話している最中にあのことを二人に伝えた。
「鬼泉の水を飲むモンスター?」
夜の酒場でそう言ったのはルルカだ。
ヒロト達は今日の依頼で起きたことをルルカとクリルに話していたところ、そういった反応を返された。
「はい、それでそのモンスターが泉と同じ色に光ってたというか………」
「それと同じ色にか……クリル、なにか知ってるか?」
「見当もつかないわ、そんな事例聞いたこともないわよ」
そう言って頭を横に振るクリルにルルカは同意して息を吐く。
それに続いてクリルはそのモンスターについての詳細をヒロトに訪ねた。
「それ、どんな見た目だったの?」
「ええっと、そこら辺にいる肉食モンスターに似ていたんですけど、それよりも一回り大きくて頭から尻尾にかけて白い毛が生えてました、後は………」
「角が生えてたよ!」
見た時の光景を思い浮かべ、頭の中に映るモンスターの特徴を思い出せるだけ伝えるヒロトとベルカ。
それを聞いたクリルはすぐにそのモンスターの正体を特定する。
「それって、『ガルディノス』じゃないかしら?」
「ガル……ディノス?」
クリルは知っていて当然かのような雰囲気でモンスターの名前を言う。
確かに、ハンターたるものモンスターの知識は入れておかなければならないのは当然であり、ヒロトが異質なだけなのだろう。
「ガルディノス、いつも森や平原をうろついている『ディノス』の群れの長よ。」
「そいつは言わば新米ハンターの最終試験みたいなもんだな。 こいつを倒してやっと本番ってところさ」
─それで、と言葉を付け足してルルカはヒロトにこう言った。
「もうギルドには報告したのか?」
「えっ? してないですけど……」
「あら、ちゃんと報告しなくちゃダメよ? 事例がないんだし、これからのハンターが困るわ」
「すっ、すいません……… あの! 今日はありがとうございました!」
優しげな注意が逆にヒロトの精神に響き、縮こまってしまう。
それを見てルルカとクリルはクスクスと笑みをこぼしてヒロトとベルカにギルドへの報告の仕方を教え、祝ってくれたことに対しての礼を言って席を立つ二人に手を振って一階へと送り出した。
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「それじゃあ、せいぜい死なないように頑張りなさい?」
「は、はい!」
報告の途中途中でそれなりの暴言を吐くといういつもの対応でそれを終わらせ、そのまま二人を帰らせようとする『緑の受付嬢』。
無愛想を通り越した態度にまた苦笑いしかできなかったヒロトだったが、「死なないように」という前の時とは少し変わった言葉に指摘こそはしないが、ヒロトはちょっぴり喜んだ。
「それじゃあ、行こっか?」
「……うん」
ギルドから出て昨日の廃教会へと向かう二人だが、さっきからベルカの様子が変だということにヒロトは気づいた。
「ベルカ、機嫌悪そうだけど何かあったの?」
身長差で上から顔をのぞき込む姿勢でベルカにそう聞くヒロト。
少しの間を置いて、ベルカはヒロトの顔を見上げながら機嫌が悪そうに答える。
「さっきの人、ヒロトにすっごく失礼だったよ」
「あはは……それで怒ってたんだ?」
ふん、と両手を腰に当てて口を膨らませるベルカにヒロトは苦笑いをした。
(そんなことで怒ってくれてるんだ……なんだか嬉しいなぁ)
「あの受付嬢にもう会いたくないんだけど」
「ほっ、ほら! 夕方の時は違う人だったし! たまに変わったりするらしいよ? 前にルルカさんから聞いたし……」
聞いたことがあるようなないような話で無理やり宥めようとする。
その事を聞いたベルカは渋々その怒りを沈めて 「ならいいけど」 と小さく呟いた。
「それにしてもさ、ガルディノスだっけ? あれと戦う日が僕達に来たりするのかな……」
「でも、そいつを倒さないとベルカ達はずっと底辺ハンターだよ?」
凶暴な肉食モンスターと戦う時、自分達はそいつらに勝てるのかどうかを不安に思うヒロトに対してベルカは 「やらなければいけない」 と言って小さな喝を入れる。
「それに、いきなり戦うわけじゃないんだよ? 他の小さい……『ディノス』だっけ? それを倒してからじゃないと!」
「あと、ベルカ達にはレザー装備がある!」
依頼から帰ってきて報奨金を手に入れるや否や二人はすぐにギルドの『装備エリア』へ飛び込み、そこで二人分のレザー装備を買った。
そのお陰で今の二人はれっきとしたハンターの見た目をしている。
「そうだよね…! それにしても装備エリアは広かったなぁ」
「あの広さがそのまま十階もあるんだから、一階にしか行けてないベルカ達はまだまだ新米ね」
「アハハ……、早くかっこいい鎧を装備してドラゴンと戦いたいなぁ」
「ドラゴン?」
その単語にベルカはピンクの髪で隠れた長い耳をピクピクと反応させ、言葉の後ろに疑問符をつけてヒロトの顔を見た。
ベルカのその反応にヒロトはこの世界でドラゴンという単語は使われていないのだろうと察し、それについて軽く説明した。
「ドラゴンって言うのは『竜』の事だよ、知ってるでしょ?」
「──『龍』」
『竜』と言ったその瞬間、ベルカの表情が固まった。 何事かとうつむくベルカの顔をのぞき込み、心配して声をかける。
「ベルカ? どうしたの?」
「───『龍』?」
「そっ、そうだよ?『竜』」
ベルカかヒロトに『龍』と聞き、それにヒロトが『竜』と答える。
そんなやり取りを何度も繰り返すが、ベルカは一向に『龍』という言葉から離れることはなかった。
「ヒロト──頭が痛いの、早く帰ろう」
「えっ……う、うん」
無表情のベルカは他の無駄な動作をすべて省いた動きでヒロトの手を掴み、あの廃教会へと歩みを進めた。
それにヒロトは引っ張られるがままに付いていき、底辺ハンターの二人が自分の装備を手に入れたという記念すべき日はこれで終わった。




