GatePair: Link-編集部に届いた夜(2026年4月20日怖くて投稿出来ず)
「編集長。ちょっと、これ……」
編集部の喧騒の中で、男は原稿を抱えたまま立っていた。
キーボードの音。電話の呼び出し音。校了前の空気。
誰もが自分の締切に追われている。
その真ん中で、編集長だけが静かだった。
「締切前に『ちょっと』で済む話か?」
ペンは未だ止まっていない。
男は悟られない様に静かに息を吸い込む。
「済まないです。だから来ました」
「何だ」
「昨日の夜、持ち込みで届いた原稿です。十話まで読みました」
「それで?」
男は原稿を強く握る。
「一話で掴まれました」
その瞬間、編集長のペン先が止まった。
空気が少しだけ変わる。
「……ほう」
男は言葉を継いだ。
ここで外したら終わりだと分かっている声だった。
「勇者で始めるんです。誰もが憧れる『理想の異世界』で始めて、そこで全部……引っくり返す。【ブロック】がただの機能じゃない。帰還で、切断で、喪失なんです。一話でそこまで行く」
編集長が、ゆっくりと椅子の背から身体を起こす。
「続けろ」
その一言で、男の心臓が跳ねた。
「その後、聖女編で、この物語が何をやる作品かを読者に教えます。甘いだけじゃない。危険だけでもない。会うことそのものが賭けなんだって、ちゃんと飲ませるんです」
「それで十話まで読んだ」
「はい。そして十話で──」
男は原稿をぎゅっと握った。
爪が紙に食い込みそうになる。
「エルフに繋がるんです」
編集長の目が、すうっと細くなる。
「……それがどうした」
男は一歩も引かなかった。
「女主人公の世界に、男主人公がリンクする気配が立ちます」
一瞬だった。
本当に一瞬だったのに、編集部の音が遠くなった気がした。
「この作品、別々に走ってるように見えて、全部一つの場所へ寄ってるんです。未だ断言はしません。でも、十話で読者に思わせるには充分です」
「……何を?」
男は、もう迷わなかった。
「『あ、これ、出会う』って」
沈黙。
編集長は原稿を見た。
男を見た。
もう一度、原稿を見た。
「今、何話まである」
「五十二話です」
「設計はあるのか?」
「あります。多分、かなりデカいです」
「多分?」
「未だ最後までは訊いてません。でも、十話までの置き方が……偶然でこうはならない」
編集長が立ち上がった。
椅子が、低く鳴る。
その音だけで、近くのデスクの人間が顔を上げた。
電話口の女が言葉を止める。
ゲラを捲っていた男の手が止まる。
編集部には、妙な噂があった。
編集長が座ったまま頷いた原稿は沢山ある。
編集長が「悪くない」と言った原稿も沢山ある。
──けれど、編集長が立った原稿は少ない。
そして、その少ない原稿は決まって売れた。
男は心臓が鳴るのを身体で感じた。
背中に汗が滲む。
でも、視線だけは逸らさなかった。
「おい」
「は、はい」
「その作者、今どこまで話せる」
「持ち込みメールだけなら、直ぐにでも」
「今日中に連絡取れ」
「え……?」
「最後まで設計があるなら、聞く。無ければ切る。あるなら──これは読む価値がある」
編集長は原稿の束をひったくるように受け取った。
「タイトル」
「GatePair: Linkです」
「フルで言え」
「『GatePair: Link〜【いいね】で始まる異世界マッチング〜』です」
「悪くない。作者は?」
「愛崎朱憂です」
「可愛いのか?」
「アイコンしか分かりません」
「馬鹿野郎!!アイコンが可愛いのかと訊いているんだ」
「はい!ぶちゅぶちゅに可愛いです!」
ぱらり、と最初のページが捲られる。
「勇者で釣って、聖女で飲ませて、エルフで交差を匂わせる……そしてアイコンで射止める、か」
編集長は笑った。
獲物を見つけた人間の顔だった。
会議で潰される企画を何百も見てきた目じゃない。
次の看板を嗅ぎ当てた時の顔だった。
「なるほど」
もう一枚、捲る。
「嫌いじゃない、じゃないな」
更にもう一枚、捲る。
「こういうのを待ってた」
男の拳が、机の下で強く握られる。
視界の端で、誰かが完全に仕事の手を止めていた。
「編集長」
「何だ」
「これ……来ますか?」
編集長はページから目を離さないまま言った。
「来る原稿は、最初の一話で分かる」
一拍。
「売れる原稿は、その先を読ませる」
更に一拍。
「これは、少なくとも後者だ」
編集部の空気が、そこで確かに変わった。
誰も何も言わない。
でも、全員が聞いていた。
編集長は次のページを捲る。
その指に、迷いがない。
「会議にかける」
男が息を呑む。
編集長は原稿から目を離さず、低く言った。
「続きを全部持ってこい。愛崎朱憂を、ここで終わらせるな」
男は踵を返し、自分のデスクに向かう。
「待て!」
男は振り返る。
「【いいね】を押しておけ」
「編集長……マッチング、成立します」
「……【リンクを申請する】」
[リンク申請が承認されました]
[リンクは成立状態です]
[【リンク】を実行できます]
【リンク】⤵︎
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