短い帰省
◆
私と瑠衣は、ソファーでぐでーっとのんびりしている我が息子を見る。
昨日と今日で、私たちは忙しいスケジュールの中日本へ帰省した。四日しか猶予が取れず、移動時間を差し引くと実質的には二日間しか玲と一緒にいれる時間がなかった。
玲が小学生の頃、私と瑠衣…つまり私たち夫婦は、そろって昇進が決まった。めでたいことだと2人で手を取り合って喜んだが、なんでも勤務先はアメリカの本社だという。
となれば玲をアメリカで子育てする必要が出た。しかし、すでに幼稚園、小学生と仲の良い友達もいた。さらに、物心もついている立派な小学五年生である玲を、いまさら異国の環境に置いても馴染めるとは思えなかった。
私たちはあくまでも玲の意思を尊重することにした。
玲に、「ここから遠いところに引っ越すのは嫌か?」と聞いてみたところ、玲は間髪を容れずに「嫌だ、友達と離れ離れになりたくない」と答えた。
会社の方に事情を説明し、せめて4年待ってくれないかと頼み込んだ。幸いにも、会社は了承してくれた。……自分で言うのもなんだが、私と瑠衣は会社にとっても貴重な人材であったのだろう。
そんな訳で四年経った。玲が成長するには十分な時間だった。それに、これ以上会社は待ってくれない。アメリカ本社は日に日に忙しさを増しているようだった。なにより、私たちは自分で取り付けた約束を破るような真似はしない。
玲の方はというと、少し内向的な性格になっていた。友人もいるが、狭く深くといった具合だった。だが、それについて私たちは心配していなかった。玲は頼れる子だし、優しい子だと私たちはわかっていたからだ。
玲も立派に育ち、私たちはアメリカへ発った。玲に対する不安と心配も大きかったが、私たちは玲を信頼することにした。
………無責任、と言うのだろうか。愛情を最後まで注ぐべきだったのか。子供より仕事が優先なのか?
さまざまな自責の念に駆られたが……玲に「二人が安心してアメリカ行けるように頑張るね」なんて言われれば、私たちも弱音を吐かずに頑張らなければ、親としてのメンツだ立たないというものだ。
気付けば夜ご飯の時間だったようだ。私たちは今日の深夜に家を出るので、最後のご飯は玲が作ってくれるそうだ。
玲は徐にソファから立ち上がり、キッチンへと立った。冷蔵庫と冷凍庫から野菜と肉を取り出し、調理するさまは非常に違和感がなかった。
……将来は家庭的な夫になるだろうな、なんて思ったが……嫁になるのか?でも心は玲そのものだから、男と結婚するなんてあり得ないはずだ。…………まあ、そこら辺は玲が決めることだから私は与しない。
美味しそうな匂いがしてくるにつれ、釣られるように私はダイニングテーブルの席へ座る。瑠衣は玲の手伝いを申し出ているようだった。
我が息子のご飯、非常に楽しみだ。
◆
お母さんも手伝ってくれたおかげか、いつもより早く夜ご飯が出来上がった。お母さんと一緒にダイニングテーブルにお料理を運ぶ。
「ほら、あなたも手伝いなさい。王様じゃないんだから」
お母さんが、すでに椅子で待機しているお父さんに向けてそう言う。
お父さんはその言葉に慌てて席を立ち、お箸やらお皿やらを取り出し始めた。お母さんつよい。
ややあって、僕たちは食卓を囲む。今日の献立は、とんかつとお味噌汁だ。二人に何を食べたいか聞いたところ、お父さんが「とんかつ、作れるか?」とリクエストをもらったので、腕によりをかけて作った。
二人は今日の深夜に空港に行かなければならないから、これが最後の日本食だろう。………ってことを言ったんだけど、アメリカでも日本食は食べられるらしい。なんならアメリカを発つ直前に食べた夜ご飯、お寿司だったらしい。
「うん、本当に美味しいなぁ」
「お料理上手くなったわねえ」
二人は感激しているようで、作った側の僕は嬉しくなる。
「まだおかわりもあるからね」
そう言いつつ、僕ももしゃもしゃととんかつを食べる。………美味しい。我ながらすごく良い出来栄えだ!
170度まで熱した油を入れ、焦がさないように気を遣いながら、きつね色になるまでお肉をあげていくのは少し大変だったが、労力に似合った美味しさに完成した。大満足だ。
夜ご飯はあっと言う間に無くなり、お父さんとお母さんは満足げにお腹をさすっていた。
それから食休みを挟んで、僕たち3人はsw◯tchを使って、桃次郎電鉄三年決戦を楽しんだ。
最後の最後で、トップを独走していた僕にボンビーをなすりつけられ、さらにキングボンビーになるというハプニングがあり、僕は最下位に終わってしまった。おかしい。
三年決戦が終わる頃には、2人は家を出なければいけない時間で、荷物をスーツケースにまとめた2人は僕に別れを告げた。
「玲、元気でな」
「お父さんもね。あと、もちろんお母さんも」
「ありがとう。…そういえば言い忘れてたのだけど、この家に1人は寂しいでしょう?」
「えっ?うん、まぁ……」
「お友達、いるんでしょう?その子たちこの家に招いたら?」
「知らない人を家に入れるなとは言ったが、もちろん友達くらいなら入れてもいいんだぞ」
「ああ、えっと……うん、機会があったら誘ってみるよ」
急にそんなことを言われたので戸惑いつつも、僕はそう返した。
2人は満足げに口角を上げ、最後に「またね」と言い残し、家を去った。
玄関のドアがばたん、と閉まる音が、僕しかいなくなったこの家に虚しく響く。僕は2人が家を出た後も、しばらく手を振り続けていた。
◇◇◇
それから三日後。ついに全体コラボが明日に迫っていた。久しぶりにスイッターを覗いてみると、すまいるほーむのリスナーさん達のボルテージも上がっているようだった。
僕もそのことを考えると緊張してきたので、雑談配信を開くことにした。前回の作業ゲー配信から五日程度空いただろうか。
夏休みの間配信まみれのスケジュールにしようかななんて思っていたが、ちょくちょく夏休みの宿題をしたり、運動をしたり、本を読んだりしたりと意外に配信の頻度はそこまで多くなかった。今週みたいな感じで、五日開くことも珍しくはなかった。
スイッターで告知し、僕はそれから1時間後に配信を始めた。
「こんゆい〜」
【こんゆい!!!】
【雑談、何気に久しぶり!!】
【こんゆい〜〜〜〜〜!】
【急にどうしたんだろう】
「コラボが明日に迫っていてね、緊張しているから」
【あーなるほど】
【緊張してそうw】
【コラボすんの?】
【全体コラボするらしいぞ】
「そうそう。概要欄に告知貼ったから、知らない人は見てくれると嬉しいかな!」
【見てきま〜す】
【3Dなのアツ】
「3Dなのがね、余計緊張しちゃうんだよ……」
【3Dって何するんだろ】
【すまいるほーむ気合い入ってる?】
「何するんだろうね?」
【こっちが聞きたいよww】
【知らないんかい】
「僕あんまり事務所行ってないからなぁ………あ、でも、ひるねとノアも内容は知らないって言ってたよ?」
二人とオフ会をした時に、全体コラボの話が出たのだが、内容は3人とも知らなかった。マネージャーの花月さんから連絡はなく、おそらくお楽しみということなのだろう。
……そういうものってふつう、演者も知らないものなのかなぁ。すまいるほーむ、もしかして初の大型企画ではっちゃけてる?
「お楽しみってことだよ、たぶん」
【おたのしみ】
【告知見てきた】
【猫夢ひるね:先輩は内容知ってそう、にゃ】
【あ、ひるねだ】
【本当に知らないんだ】
【ゆいちゃん馴染めてそうでにっこり】
【それなー】
リスナーさんが親みたいなこと言ってる。そんなに心配になるほど馴染めなさそうだったのかな…と少し落胆する。
「なんならこの前、ひるねとノアとご飯食べに行ったよ」
ふふん。リスナーさんたちが思っている何百倍も仲良いんだからねっ。
【ドヤ顔たすかる】
【ドヤる要素あった?】
【その話詳しく!!!】
「え?えっと、前に中華屋さんにご飯食べに行ったっていうだけだよ」
【それだけ?】
【怪しい】
【匂うな……】
「ほんとだって!えっと……ご飯食べて、解散。おわり」
ひるねが泥酔していたことは……ノアによってダル絡みしていたことも、彼女の名誉のためにも言わないでおこう。
【ひるね:ゆい、ありがとう………にゃ】
【どうしたひるねww】
【絶対なんかあったろ】
【ノアが雑談の枠開いた時に聞いてみる】
【プライベートなんだからあんまり詮索してやんなよ】
【確かにそうだな……すまん】
【えらい】
「あっと……プライベートの話しはじめたのは僕だから、あんまり気にしないでね?」
【やさしい】
【そういえば、秋にレインクラフトの大型サーバーが始まるって話聞きました?】
【あー聞いたかも】
【なんそれ】
「大型サーバー?」
気になったコメントを拾う。Go○gleをスマホで立ち上げ、「vtuber レインクラフト 大型サーバー」と調べてみる。
「ふんふん……」
【かわいい】
【自分で調べてる感じ?】
【パシャリ】
「へ〜………ぶいすたーっていう企業さんが、いろんな個人勢とか企業のvtuberさんに声をかけて、一緒にレインクラフトをやるんだって。………そんなことできるんだ、ふへー」
あんまりゲームとか触ってこなかったからわからなかったけど、今やオンラインでこんな大勢の人数とプレイできるんだなぁ、と思わず感心してしまった。
【ふへー】
【何がとは言わないが、とても良い】
【高校生?】
【ほら、公式設定だから!!】
【それで年下なことあるんだ???】
「いや高校生だけど?失礼な……」
少しむすっとしてしまう。
「でもそのサーバーのやつは………僕には関係ないんじゃ?ROM専ってやつになると思うよー」
【それは果たして本当かな】
【フラグ?】
「いや違うから………本当に、何ま話しきてないよ?今知ったし。それより、僕そんなに有名じゃないもん」
【ゆいちゃん最近伸びてるよ!】
【ほんとだー、この前見た時よりも登録者増えてる】
【なんかスイッターで紹介されたらしいよ】
「なにそれ?僕紹介されてたの?」
【vtuberにめちゃ詳しいオタクみたいな人がいて、その人が紹介してた】
【太郎さんって人??あの人か】
【えっ?呼んだ?】
【違う太郎出てきた】
【多分お前じゃない】
【この人!!<URL>】
「えっ、すごいフォロワーさんいる……」
【あー知ってる!】
【プロフィールが猛者すぎる】
【『私はただのオタクです』草】
【スイッターに登録したの8年前ってやばすぎだろ】
【フォローしとこ】
リスナーさんが言っていた太郎って人の投稿を遡ってみてみる。なんでも、一週間に一回注目のvtuberを紹介しているらしい。すごいいいね数だ………。バズってるやつなんかもあって、その投稿は僕の告知ツイートよりも全然いいね数が多かった。すごい。
興味本位で、僕の推しのメメちゃんいないかなーと思って探したのだが………いなかった。むう……ちょっとショック。
…………ちなみに、僕も紹介されていなかった。うん、知ってた。




