二人と水族館に行ってきた(下)
「かっこいい〜〜」
僕は一人、目を輝かせていた。
ここは深海魚コーナー。暗い雰囲気の中、不気味な異形の魚が水槽を這っている。どこか別世界に来たような錯覚を受け、非常に男心くすぐられドキドキするゾーンだ。
「かっこいいは無い」
「かっこいいは無いわね」
どうやら二人のウケは悪いようだ。チンアナゴコーナーから一転、彼女たちのテンションは急に下がってしまった。
「ちょっと怖いよ、この魚………」
「ひっ………よく見たら足がいっぱいあるわ……」
僕のお気に入りはこのカニみたいなやつ。動きがかっこいい。
この子を見ていたら、ふと後ろから視線を感じて振り向く。すると、僕より頭一つ小さい男の子が同じ水槽を必死に見つめていた。
「あ、ごめんね」
僕は咄嗟に横にずれ、その子が見れるスペースを作ってあげた。
「ありがとうねーちゃん!」
ねえちゃん……ねえちゃん………。ふふ……頼られてるみたいで、ちょっと嬉しいな……。
「どーいたしましてっ」
僕はその子と仲良くカニみたいなかっこいいやつを堪能したのだった。
「見て見て明美、兄妹みたい………」
「と、尊い………」
◇◇◇
僕たちは深海魚コーナーを堪能した後、併設されているレストランに着いた。ちょうど昼頃だからか、レストラン内は多くの人で賑わっていた。僕たちは店内に入るなり忙しそうな店員さんに案内されて、ボックス席についた。
「ふ〜」
「並んでなくて良かったわ」
「運よかったね〜」
早速各々メニュー表を開く。美味しそうな料理がいくつもあって、何を頼むか悩んでしまう。………刺身クラゲ??よもやさっき見たクラゲじゃないよね……。海鮮丼もあるなぁ。水族館なのにお魚系の料理を置くことに抵抗はないのだろうか。
「二人とも決まった?僕はカツカレーにしようかな」
「私は決まったわよ。アジフライ定食にするわ」
「私は…………う〜ん………このいくら丼と、刺身クラゲも頼んじゃおっかな!」
あ、刺身クラゲいくんだ。
僕たちはその後頼んだ料理を一心不乱に平らげ、見てきた魚たちの感想を言い合って談笑していた。お客さんが並んできたので、席を立ちお会計を済ませる。
この後何するかという話になったけど、ちょうど2時間後にイルカショーがあるらしく、それまでお土産屋さんで時間を潰すことになった。
「黒影っち〜〜これどっちが良いかな!?」
杉山の左手にはイルカの可愛らしいキーホルダー、右手には少しクセの強いチンアナゴのキーホルダーが握られていた。
正直イルカの方がすっごく可愛いけど………杉山に似合うのはと聞かれたら、チンアナゴ一択だ。
「チンアナゴかなぁ」
「あ、やっぱり!?私もこれ可愛いと思ったんだ〜!」
そう言うと、杉山は軽い足取りでレジに向かっていった。僕も何か買おうかな、と思って店内を見渡していたら、ふと柊に話しかけられた。
「ねぇ…………このサメのキーホルダー可愛くないかしら……?」
柊は控えめに、そう問われた。確かに可愛い。ツンツンしてて凶暴そうな見た目の割に、お目目がまんまるでどこか抜けている感じが愛嬌があって良い。
「すっごく可愛いね……!」
僕がそう同意すると、柊は口角を上げて嬉しそうに笑った。
「そ、そうよね……?あの………これ一緒に買わない……?」
「いいね〜!僕もこれ買う!」
ちょうど思い出に何か欲しいなぁ、と思っていたので僕は二つ返事で快諾した。
そのまま僕と柊は同じサメのキーホルダーを持ってレジへ。
僕は柊の手を手繰り寄せ、彼女のサメと僕のサメを並べてみる。…………か、可愛い。二匹ともつぶらな瞳で僕の方を見つめてくる。
「…………えへへ……お揃いだねっ!」
「………う、うん……そうね………ふふ………」
横に視線を向けると、柊は顔を赤くして照れていた。なんでだろう?って思ったけど、自分の手が柊の手を甲から抑えていたことに気づき、慌てて手を離した。
「ご、ごめんね」
「あっ…………別に良いのに……」
「えっ?」
「な、なんでもないわ!そ、それよりも早く菊と合流しましょう」
急に早口になった。そういえば杉山はどこ行っちゃったんだろう、なんて心配していたら、ちょうどLIMEに杉山からメールが来てた。杉山と柊と僕が入っている三人のグループLIMEに送られていて、柊もスマホを取り出して確認していた。
『人多すぎー!二人ともどこー?』
『まだお店の前だよー』
『私今ナマコを触ろうコーナーにいるんだけど来れる?迷っちゃった』
「ナマコを触ろうコーナー?」
「なんでそんなところにいるのよ………」
思わず二人で呆れてぷっと吹き出してしまった。
その後僕たちは無事に杉山と合流した。僕が心配したのにも関わらず、当の杉山は呑気にナマコを掴んで遊んでいた。僕も気になったので、館員さんの許可を得てナマコを触ってみた。ぷにっとしてそうな体なのに、僕がツンツンって指で突いたら急に硬くなって面白い。しばらく杉山とツンツンして遊んでいた。館員さんによると、ストレスを感じると硬くなるらしい。
そっか………ナマコさんがストレスを感じちゃっているのなら止めよう。コリコリした感触が名残惜しいが、杉山と一緒にナマコを触れる水槽から離れ、手洗い場で手を丹念に洗った。
「また来てくださいねー」
去り際にいろいろ教えてくれた館員さんにそう言われたので、笑顔で会釈した。
「面白かったね〜」
「ね〜」
「よく触れるわよね、本当に……」
柊はナマコが嫌いらしく、触ることはもちろん、見ることすら嫌がっていた。僕は抵抗はないが、柊によるとあの異形感が堪らなく受け付けられないそうだ。仕方ないね。
「なんでこんなに面白いのに人少なかったのかなー?」
「う〜ん……あんまりパッとしない感じだったし、人気も無さそうだったよね」
それもそのはず。展示内容はいたってシンプルでかつ地味。だから、館内案内マップの端にギリギリ書いてあるくらい目立たない場所にある。当然そんなところに行く物好きな客はいない。それこそ、杉山みたいに迷い込まない限り。
でも、みんなも一回ナマコさんを触ってみれば病みつきになると思うんだけどなぁ。ナマコの良さを知ってしまった後では、なんとも複雑な気分だ。
一瞬「朝日ゆい」として宣伝してみようか、なんて思ったけど、それは事務所を通さないとダメだし、ありがた迷惑になるんじゃ無いかと思ってやめておくことにした。
そんなことを思っちゃうくらいナマコを気に入ったのだ。仕方ないよね……。
「あ、あと30分だって」
「少し急ぎましょうか?」
「うん、そうしよ」
気付けば、イルカショーまであと30分らしい。座れる席は後ろの方の席になりそうだけど、濡れる心配もなく安全に見れるという点では良い。
僕たちは小走りで会場に向かい、会場まで後15分といったところで着いた。案の定後ろの方の席しか空いていなかった………なんてことはなかった。
「え、嘘でしょ!?前の席しか空いてないよ!?」
「困ったわね………」
ドーナツのような形状でお客さんが座っていて、明らかに最前列付近の席を避けていた。辺りを見渡せば、親子連れにカップルなんかが多いから、濡れずに演技をしっかり見たい人が多いのだろう。
イルカショーを見ないという提案が杉山から出たが、せっかく来たのにそれは勿体無いと柊が一蹴。確かにそれもそうかと同意する杉山。結局僕たちは諦めて、前の席に座ることにした。
「ここも案外悪くないねー」
「うん、そうだね……でも始まったら地獄なのかな……」
「あんな写真が載ってたしね、ちょっと怖くなってきたわ」
僕たちがここまで恐れている理由は、まるでプールのスライダーを滑った後かのような客がゾロゾロと出てくる、という噂にあるのだ。
ネットの口コミには「めっちゃ濡れます」「舐めないほうが良いです」なんてコメントが大量にあるし、三日に一回、出演するイルカは30体という気合の入りようも怖い。
僕たちが戦々恐々と席につき、どんな地獄が待ち受けているか話していたら、ついにイルカショーが始まった。
活発そうなお姉さんがマイクを持ち、前に立つ。ちょうど僕たちの席の真正面に立っていて、お姉さんがキラキラと輝いている姿がよく見える。
『皆さんこんにちは〜〜!!』
元気な声が会場内に響く。続いて、こんにちわ〜と観客席から幼い声が返ってくる。会場全体がほのぼのとした空気感で、非常に和やかだ。
「あ、見てみて!イルカが入ってきてる」
「ほんとだ!すご〜い!」
杉山が大型水槽を指差し、そちらを見ると続々とのほほんとした顔つきのイルカたちが入ってきていた。
『イルカさんたちも、挨拶をしたいみたいです!』
掛け声に合わせて、数匹のイルカが大ジャンプ。それが交互に繰り返される。
「すごいわね……!」
「すっご〜い」
それからも普通に、イルカさんたちのすごいパフォーマンスがあった。僕たちは三人揃って「すごい」しか言わないロボットのようになってしまうほど、それは圧巻だった。
イルカさんたちが飛び跳ね、自由気ままに泳いでいるようなパフォーマンスに、さながら自分が海の中にいるような感覚を覚えた。最前列の利点が出たようだ。
「濡れるだなんて嘘じゃない」
柊がふと思い出したようにそう言った。確かに、近くで演技している時に少し水がかかったくらいで、噂に聞いていたほどでは無い。その事実に僕たちは拍子抜けしていたが、濡れなくて良いならそれに越したことはない。
そのまま僕たちの身に何かが起きることはなく、イルカたちが一斉に飛び跳ね、陽気な音楽と共に見事なクライマックスを迎えた。観客席から、会場が割れんばかりの拍手が起こる。僕もぱちぱちと手を叩いていた、そのとき。
『最後まで見ていただき、ありがとうございました〜!』
そんなお姉さんの声に合わせて、バッシャーン!バッシャーン!と、イルカたちが観客席に向かって水を浴びさせる。
「わっ!?」
「ひゃっ」
「あびゃっ」
僕たちは無力にも、迫り来る水をどうすることもできずに浴びてしまう。うぅ、最悪だ………。
僕たちに水を浴びせてきた数匹のイルカさんたちは、やってやったぜと言わんばかりの顔で、優雅に泳いで退場。 このやろ〜………と思っていたら、再びバッシャーン!と水の波が。
「あうっ!?」
「またっ!?」
「ぎゃっ」
完全に油断していた。こういうものっててっきり一回だけじゃないの………?先程よりも勢いが増していた水の波を浴びた僕たちを片目に、その元凶である数匹のイルカさんたちは、油断したな?と言わんばかりの自慢げな顔で去っていった。
もしや3回目もあるのか、と思って身構えたが、流石にそんなことはなく。
『イルカたちのヤンチャもあったみたいですが、ぜひまたお越しください〜!!さようなら〜!』
陽気な音楽がズンチャ、ズンチャと流れ、活発そうなお姉さんが去るのと一緒に、残りのイルカさんたちも帰って行った。再び、会場から拍手が起こるが、僕たちは唖然としていてそれどころではなかったのだった。
「まさかあんなに濡れるとはねぇ……びっくりしちゃった」
「女の子にあるまじき声出していたわね、菊」
「仕方ないでしょー!?」
水族館を満喫した僕たちは、並んで水族館を後にしていた。通りが狩る人たちから、視線をちらちらと感じて恥ずかしい。それもそのはず、今僕たちはお揃いのTシャツを着ているのだ。真ん中に大きくデフォルメされたイルカの顔が描かれているTシャツだ。
あの後イルカショーを出た僕たちは、まるでプールから出てきたかのようにビシャビシャだった。周囲から哀れみの視線を向けられる中、申し訳なさそうな顔の館員さんが「このクーポンを三人分プレゼントいたしますので、売店で新しい服を買われるのはどうでしょう」と言い、僕たちにクーポンを手渡した。
僕たちはそれをありがたく受け取り、一緒にお揃いの服を買った、というわけだ。
「いや〜にしてもあんなにびしょ濡れになるとはね〜」
そう呟いた杉山の言葉に、びしょ濡れになった二人の姿が思い出される。特に杉山は、前の方が透けていて見えちゃいけないものが見えていて…………って何不純なこと考えているんだ!僕……。
あの時は杉山の前に立つことでなんとか隠したが、当の本人であるはずの杉山は「どうしたの黒影っちー?」なんて呑気なものだから、思わず呆れてしまった。
そんな意味でも、あの時服を買えたのは本当に幸運だったなぁ。
「そうだね。今度は早めに行って後ろの席から見たいね」
「でも、あそこの席も迫力があって良かったわね。また行きたいわ」
「チンアナゴもう一回見た〜い!」
各々また行きたい、なんて言いながら僕たちは家路に着いたのであった。
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