風邪をひいたかもしれない
「玲、なんか最近楽しそうだね〜?」
ひるねと初めて対面で会ってから、五日ほど経ったある日のこと。
今日もいつも通りバイトを終え、花凛と一緒に駅まで向かっている途中にそんなことを言われた。
「なんかね〜、前よりも笑顔が増えた!」
女の子になってしまい、vtuberを始めてからは配信が楽しみになり、同期たちとお喋りする機会も増え、さらには学校生活でも二人の素晴らしい親友を持つことができた。ブラジャーも手にいれ、僕は順風満帆な生活を送っている。それが表情に出てしまったのだろうか、花凛が目ざとく指摘した。
「確かに、最近は周りがちょっと賑やかになって、楽しくなってきたかも」
「ふ〜ん?ま、良かったじゃん。なに、学校で友達でもできた〜?」
「うん。……まだ二人しかいないけど。でもね、すっごく優しいし、一緒にお喋りしてても楽しくて、それに……」
「へー」
花凛、自分から聞いてきたくせにもう興味がなさそうな顔をしている……。
というか、僕が杉山と柊の素晴らしさを力説し始めたら、なぜか花凛は機嫌が悪くなったように見えた。
「花凛、聞いてる?」
「友達ができたってとこまで聞いたよ」
「ほぼ聞いてないじゃん……」
僕が呆れていると、たまたま後ろから追い越そうとしてきた男の人と肩がぶつかり、よろけてしまう。その時、お腹がずきりと痛んだ。
咄嗟に花凛が僕を掴んでくれ、前から倒れ込むことにならずに済んだ。僕は不思議に思いお腹に手を当てるが、なんともない。………気のせいかな。
「あっ、すいません」
「だ、大丈夫です……」
男の人が申し訳なさそうに謝ってきたので、僕は無意識にそう返す。すると、男の人は何やら僕を泳いだ視線で見つめつつ、小走りで駅の改札を抜けていった。なんだったんだろう。
駅前のこの道は、あんまり広くないうえに人通りが多いため、ぶつかってしまうのは仕方ない。
けど、走って追い越そうとしてくるのは危ないからやめて欲しいけどね。
「も〜〜気を付けなさいよあの男〜」
花凛は僕のことを掴んだ手を腰に回したまま、怒り心頭に発するといった感じだった。僕はというと、お腹がまだ少し痛いことに気づき、お腹をさすっていた。
「ボソ(しかもあいつ、私の玲を女だと思ってジロジロ見てやがったな〜〜許せん〜〜)」
僕の腰に当てている花凛の手の力が強くなる。僕を支えてくれたのは嬉しいが、彼女と体が密着してて嬉しいどころじゃなかった。
「か、花凛。ありがとう。おかげで助かった。もう大丈夫だよ」
めちゃくちゃ恥ずかしい気分になってきたので、僕は花凛に手を離して欲しいとオブラートに包んで伝えた。
花凛はハッとした後、顔を赤くしながら手を引っ込め、スッと僕から離れた。
「ご、ごめんねぇ。つい無意識で……」
「こっちこそ、倒れずに済んだから、ありがとう?……」
僕の下手すぎるフォローがさらに場の雰囲気を気まずくさせてしまう。
運が良いのか悪いのか、すでに改札は目の前だったので、花凛と別れの挨拶をする。
「じゃ、じゃあ。またね」
「は〜い。また明日もよろしくねぇ〜」
◇◇◇
「はぁぁ〜〜」
僕は帰宅し、間抜けな声を漏らしながらソファにもたれかかる。
スマホを取り出し、特に目的はなくスイッターをいじる。
すると、少し倦怠感を感じた。スマホを見たからかな、と思いスマホから目を離したが、治らない。
嫌な予感がしたので、買ってきたおにぎりで簡単に夕食を済ませ、まだ寝る時間には早いがベッドで横になり目を瞑った。
◇◇◇
翌日、目を覚ました僕はベッドから起きあがろうとすると、激しい腹痛と頭痛に襲われ、立ちくらみしてしまう。
これは風邪をひいてしまったかもしれない………。
急いでトイレに駆け込み、立て籠った。今日学校行くのは無理かもしれない、と思ってしまうほど辛い痛みが僕を襲う。
それから、汗を滝のように流しトイレから出てきた僕は、時計をチラリと見てもう朝のHRが始まっている時間だということに気付く。痛みを堪えながら、学校に体調不良で欠席する旨を伝える。
今日は安静にしてよう。そう思いながら、僕はベッドに潜り込む。
僕は、生まれてから今日この日まで、風邪をひいたことがなかった。だから体が強い方なのだと思っていたのだが、どうやら勘違いだったらしい。
___いや、これはそもそも風邪なのか?風邪だとしたら、普通腹痛なんてあるのかな……?
風邪をひいたことが無いため、風邪がどのような症状なのかもわからなかった。
何か昨日、まずいものを食べてそれが当たっただけ……?いや、昨日の夜ご飯はおにぎりだけだし、違うよね……。
何が原因でこんなことになってしまったのか。もうそれを考えることすら億劫になってしまった僕は、静かに寝てようと目を閉じる。
杉山と柊とお喋りできないとなると少し堪えるものがあるが、彼女たちに心配をかけないためにも、しっかり寝なくちゃね……。
それから僕は昼飯を摂ることも叶わず、寝たきりになっていた。
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