スタジオでの出来事
僕はマネージャーの花月さんと取り決めた約束の時間の30分前に、早くもすまいるほーむのスタジオに着いた。
一見普通のオフィスビルだが、2階から5階まではすまいるほーむの事務所として機能している。なお、ここがすまいるほーむのスタジオということを把握しているのは関係者のみらしく、身バレの心配などはいらないそうだ。
なんというか、「会社っぽい会社」に高校生の僕が足を踏み入れるのは、緊張してしまう。
ただ、いつまでも入口の前でうろうろしているのは不審者として通報されてしまいそうなので、意を決して入口の自動ドアを潜った。
受付に立っていたお姉さんが僕に気付いたらしく、もしやといった表情でこちらに近づいてきた。
「あの、もしかして朝日ゆいさんですか?」
「あ……は、はい。朝日ゆいという者です」
僕はどうしてわかったのだろう、と当惑してしつつ返事をする。
その当惑が顔に出ていたのか、お姉さんはにっこり笑った。
「このすまいるほーむに、用があっていらっしゃるロ………高校生の方は珍しいですからね。では、会議室までご案内いたしますね」
今このお姉さん僕のことロリって言いかけたよね?聞き間違いかな。
するとお姉さんはスタスタと歩き始めたので、僕はマラクエの勇者の仲間のごとくついて行く。
そして僕たちは会議室という場所についた。一生懸命歩いていると、時々お姉さんが「ちゃんと着いて来てるかな?」みたいな目で振り返ってくるので恥ずかしかった。
「ここが会議室です。花月さんも今呼んだので、すぐ来ると思います。しばらくお待ちくださいね」
「ありがとうございます」
僕はぺこりと頭を下げてお礼を言った。
するとなぜか赤くなったお姉さんは受付に戻って行ってしまい、仕方なく僕は一人で花月さんを待つ。
だいぶ早く来てしまったし、気長に待つつもりだったが、お姉さんと入れ替わるようにすぐ花月さんが来た。
「あ、花月さん。こんにちは」
「こんにちは」
花月さんは僕をみると嬉しそうに表情を輝かせた。
「それはそうと、お元気そうで何よりです!学業と配信を両立するのは難しいでしょうに。バイトもしているんですよね?」
僕は苦笑しながら答える。
「一応一人暮らしなのでバイトもしてます。親からの仕送りで生活できないことはないんですけど、vtuberになる前は暇だったので。せっかくだし、やろっかなって。けど今ではもっと配信したいので、バイトやめよっかな、なんて考えてます」
でも今の職場はすごく楽しいし、あまりやめたくはないな……。
「そうですね。私たちすまいるほーむはそんなにライバーさんたちを縛らないので、変に気負って配信をする必要はないですよ」
「あ、ありがとうございます」
◇◇◇
そこから僕と花月さんは充実したミーティングを行った。
配信に関する注意点や今後の全体配信のことなどを話し合い、お互いの意識のすり合わせをした。
当初は緊張していたが、花月さんが話しやすい雰囲気を纏ってくれたおかげか、僕は普通に会話することができたのだった。
「………今日はわざわざ来てくださってありがとうございました」
「こちらこそありがとうございました!」
「この後ここで配信とかされます?今日ひるねさんいらっしゃいますよ」
「え!?ひるねいるんですか!?」
「はい、いらっしゃいます」
ど、どうしよう。花月さんと会う心の準備はして来たけど、ひるねに会う心の準備はできてないよ〜!
そんな僕の心の叫びが見え見えだったのか、花月さんがフォローをしてくれる。
「ふふ……何も会わなくちゃいけない、ってことはないですよ。もし帰るのでしたら、入り口まで案内しましょうか?」
「あ、えっと……多分一人で帰れるので大丈夫です」
「それはよかったです。では、私は今日どうしても終わらせなければいけない仕事があるので……お先に失礼しますね」
僕が会釈すると、彼女は会議室を出ていった。会議室に沈黙が流れる。
「……僕も帰るか……」
ここで配信するつもりもなかったし、もう帰っちゃおう。
そう思い会議室から出て、入口の方に向かい歩いていく。
はずだった。
「………ここ、どこ……?」
方向音痴である僕は早速大きいビルの中で迷ってしまった。今ここが何階すらかもわからない……。
僕が焦ってどうしようか考えていると、
「君、こんなところで何してるのー?大丈夫?」
「ひゃい!だ、大丈夫です!」
不意に後ろの方から声をかけられ、思わず舌を噛んでしまった。
……あれ?というか、この声、どこかで……
「んっぐふ……………」
「そちらこそ大丈夫ですか!?」
すると突然声をかけて来たお姉さんが口を押さえてその場にうずくまってしまった。
「い、いや……大丈夫。というか、君ゆいだよね!?」
「え………?あ、もしかしてひるね……!?」
「そうそう!ゆいと会えるなんてラッキー!てかめっちゃ可愛い……」
ひるねは立ち上がり、元の調子で話し始めた。さっきのはなんだったのだろう……。
「ゆい、リアルでもロリとか聞いてないよ〜〜」
そう言うひるねは、黒髪のショートに人懐っこい笑みを浮かべた顔で、なんというか、「想像していた通り」だった。ボーイッシュで可愛らしく、大人の魅力があった。
「ロリって……っん!?」
ロリと言われて呆れていると、ひるねに抱きつかれてしまった。身長差が15cmくらいあるせいで抱きつきやすいのか、吸い込まれるように抱きつかれてしまう。
「あ〜〜可愛い〜〜〜!!!」
「お、お胸が当たって………息が………でき……ない……よ……」
「あ。ごめんごめん」
なんとかひるねの耳に届いたらしく、ひるねは僕を放してくれた。羞恥と息苦しさで死ぬところだった……。
「けほっけほっ…………ひるねこそ、か、可愛い、よ?」
「んぐっ……」
また昼寝が口を押さえてうずくまってしまった。ひるね、ちょっと怖いよ?
「いつまでも立ち話はなんだし、どこかカフェで話さない?」
僕がそう提案する。ひるねと対面でおしゃべりしてみたかったんだよね〜。
「賛成!ここの近くでおすすめのとこあるから、そこ行こ!」
ガバッと起き上がったひるねは、僕の手を引いて歩き始めた。
女の子の手って柔らかいなぁ……なんて呆けていながら、僕は彼女に手を引かれながらついていく。
ひるねは器用に人を避けながら早足で会社を出て、僕たちはしばらく歩いたのちいい感じの雰囲気のカフェに着いたのだった。
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