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8.二人の裏切り者

 







 レナード殿下が満足そうに笑う、蜂蜜色の瞳を細めて。余裕たっぷりの表情を見ていたら、枕でぶん殴りたくなった。我慢、我慢。ぼすんと枕に顔を埋め、イライラを発散させる。私の気持ちを分かっているのか、分かっていないのか、呑気に笑い、頭を撫でてきた。


 窓ガラスは暗闇に塗り潰されていて、何も見えない。時折、夜になると、この塔だけ明るい外界から引き離され、真っ暗闇に閉じ込められてるんじゃないかって思っちゃう。夏の夜とは思えないほど、冷たい空気が肌へ忍び寄ってくる。


「っぐしゅん!」

「寒い? パジャマ着せてあげようか?」

「も~……。だから、全部脱ぎたくないって言ったのに!」

「ごめんごめん。シェリーって意外と寒がりだよな。冬、越せそう? 大丈夫? 塔の冬はかなり寒いよ」


 私の肩に毛布をかけ、ゆっくりと起き上がる。ふんだ、いいもん。名案があるから。毛布を顎の下で持ち、体を震わせる。少し動いたぐらいじゃ、ぜんぜん暖まらない。


「レナード殿下のベッドに潜り込んで、ひやひやの足をくっつけて寝ます。毎晩!」

「嬉しいような、悲しいような……。俺のこと、何だと思ってる? 体目当てか」

「うー、わざとらしい言い方!」

「シェリーが可愛いからだよ。ほら、着せてあげるから出ておいで」


 理由になってない。しぶしぶ毛布から出て、パジャマを着せて貰う。自分でボタンぐらい留められるのに、私の言葉を無視して一個ずつ、丁寧にボタンを留めていった。お父さんを思い出す。背筋がむず痒い。嬉しいけど、落ち着かない気持ちになった。すべてのボタンを留め終えたレナード殿下が、私の肩に手を添え、耳元へ顔を寄せる。


「……できた」

「必要以上に近い! もう少し離れてよ」

「片想いが実ってはしゃいでるんだ。大目に見て欲しい」

「最初、好きになるなって言ったくせに~……!!」

「ごめんごめん、王妃様の息がかかったご令嬢だと思って……。全部演技かと思っていたんだ。不幸な身の上話で俺の気を引こうとする、変わり者の令嬢だと思っていた」

「えっ?」

「……もうそんな風に思っていないよ、大丈夫。俺がバカだった。許してくれる? シェリー」


 とびっきりの甘い声を出して、舞台に登場する役者のように微笑み、私の耳元でささやく。許して貰えるだろう。いや、許されて当然だ。そんな考えが透けて見える言葉だった。言いたいことが山ほどあったのに、首筋にキスされ、何も言えなくなる。黙って、レナード殿下の胸元を押すことしかできなかった。キスマークをつけたあと、私の髪を撫でる。


「シェリー? 聞いてる?」

「聞いてるから……。悔しい! 庭の薔薇から虫を取ってきて、顔にぶちまけてやりたい」

「本気でしそうだから怖いよ。傷付けてしまってごめんね。そうだ、好きなもの何でも買ってあげるよ。おわびに。城下街へ行こう」

「そんなに虫が嫌いなんですか?」

「……誰だって顔にぶちまけられたら嫌だと思うよ。シェリーだって、いくら好きでも、ベーコンを顔にぶちまけられたくないだろ? 特別、虫が嫌いってわけじゃないけど嫌だ」

「なるほど。でも、街に出るのは……」

「気が進まない?」


 うつむいて、皺が寄ったパジャマのズボンを見つめていたら、優しく頬へ手を添えられた。心配しないで、大丈夫。最近は聞こえなくなっていたのに、ふっと、レナードの殿下の心の声が聞こえた。何となく抱きついたら、背中に腕を回して、抱きしめ返してくれる。抱擁という言葉がぴったりの、優しい抱きしめ方だった。


「たまには街へ行こう。外出禁止令が出てるわけじゃないし」

「でも、何かあったらと思うと……」

「何もない、大丈夫だよ。サムも連れて行こう。みんなで行こう。本当は二人きりになりたいんだけどね」

「レナ、レナードが傷付くのは嫌! 怖い」

「頑張ってくれてありがとう、シェリー。人の目がある時はいつも通り、殿下って呼んでもいいから」

「話を逸らさないで。私はここにいたい、ここでいいのに……」


 もしも、誘拐でもされたら? 私の手が届かないところに行っちゃったらどうしよう。怪我は全部、私が肩代わりできるけど……。痛みはある。レナード殿下が怪我をした時、ちゃんと気付けるようにって、モリスさんが痛みを残した。


 だから大怪我をすれば、それなりの痛みを伴う。傷はつかないし、血も出ないからいいんだけど。不安になってきて、ぎゅーっと力強く抱きしめる。痛かったのか、少しだけうめいた。


「嫌です!! 誘拐されて拷問されたらどうするんですか!? 私ならどうすれば血が出るのか、いっぱい実験してみます」

「多分、大丈夫だよ……。かなり力が強いね、俺の肋骨が軋んでる」

「デートなら王城でしましょうよ! 私、外に出たくない!」

「分かった。分かったから、力を緩めて貰えると……」

「ごめんなさい。ひ弱ですね、案外」


 鍛えてるから私の方が強いのかも。レナード殿下から離れ、勝ち誇っていると、分かりやすく不満そうな表情を浮かべる。護衛だから私の方が強くて当然。そう言い聞かせようとした瞬間、ベッドへ押し倒された。


「わっ!?」

「確か、目立つところにキスマークつけて欲しくないって言ってたよな?」

「嫌がらせするつもりですか!」

「ちょっとした仕返しだよ。あんな顔を見せられたら、泣かせたくなる」

「へっ……」


 素早く、私の手首を押さえにかかる。悪戯っぽい笑みを浮かべてはいるけど、ぜんぜん目が笑ってない。本気なんだ。それまで静かだった心臓が早鐘を打つ。レナード殿下が猛禽類のように、蜂蜜色の瞳を細め、口を開けた瞬間、コンコンと控えめなノック音が響く。身を屈めて、私の首筋に噛みつこうとしていたレナード殿下が低くうめいた。


「一体誰だ!? 今、取り込み中なんだけど……」

「知ってますよ、イチャイチャしてることぐらい。ああ、何だ、残念。服を着てるのか」


 遠慮なく、扉を開いて入ってきたジュードが、ベッドの上にいる私をじろじろ眺め、心底残念そうな表情を浮かべる。むっとしたレナード殿下が枕を掴み、投げつけた。憎たらしいほど、余裕で受け止める。


「申し訳ありませんが、着替えて準備してください。お客さんが来ますよ」

「お客さん? こんな時間に?」

「はい。招かれざる客です」

「……どういうことなの? ジュード」


 嫌な予感がする。ジュードがもったいぶった言い方をする時は、大抵良くないことが起きる。すぐさま体を起こして、ベッド下にあるかごを引き寄せ、中から真っ黒の戦闘服を取り出す。着替えようとする私を見て、レナード殿下が焦り、ジュードのところへ行った。


「お前、一旦外に出ろ! 着替えてるところを見るんじゃない」

「二人はどうします? 使い物にならなさそうだ」

「二人? ……ひょっとして、カイとエナンドのことか? 何をした」

「俺の仕業じゃありませんよ。命令されているのでね。危害を加えるなって」

「誰に?」

「エナンドさんに。安心してください。今回、俺は敵じゃありませんよ」

「何度も何度も、騒ぎを起こしそうなこと言いやがって!」


 レナード殿下が吐き捨てるように言う。静かに燻った怒りが伝わってきて、背筋が震える。まだ許してないんだ、私を襲ったこと。普段は平気な顔をして話しかけてるくせに……。時々、どれが本物のレナード殿下か分からなくなる。


 笑顔で傷付いている時もあるし、寂しそうな表情を浮かべながらも、心では喜んでいる時もある。混乱しないのかな? 自分の本音に気付かないふりをしているわけじゃなくて、気付いていながらも、平気で放置してるタイプ。


 だから、ふとした瞬間、怒りが湧き上がってきて収拾がつかなくなる。ジュードの胸ぐらを掴み、今にも殴りかかりそうな勢いのレナード殿下を止めるため、腕を掴む。はっとして、私を見下ろしてきた。


「いけませんよ、レナード殿下。落ち着いてください。バーデン!」

「はいよ。どうする? イチャイチャタイムはもう終わりか?」

「変なこと言わないで! 安全なところへレナード殿下を避難させて」

「シェリー、俺もこの塔にいる」

「……安全なところってどこだ?」

「王妃様の寝室。行ってきて、早く!」


 サムさんがいるだろうし、この城の中で一番安全なのは王妃様の寝室だと思う。ごにょごにょ言うレナード殿下の背中を押して、不満げなバーデンへ預ける。バーデンの赤い瞳が雄弁に語っていた。俺がいなくても大丈夫なのか、と。


「私は大丈夫だからお願いね。もしも、レナード殿下に何かあったら」

「分かったよ! 行くぞ、王子様」

「待ってくれ、いつも唐突だ! シェリー、俺だって……」


 私にすがろうとしてきたレナード殿下の口を、後ろからバーデンが塞ぐ。ふっと意識を失って、崩れ落ちる王子様をバーデンが受け止めた。神妙な表情を浮かべ、見下ろしている。そうよね。ブラッシングされ、おやつを貰ってはしゃぎあう仲だもんね。少しつらいのかも。自然と口から感謝の言葉が出てきた。


「ありがとう、バーデン。嫌な役目を押しつけちゃってごめんね」

「やめろよ、お前らしくない! 不気味だ」

「私から離れるの、不安でしょ? 頑張ってね、よろしく」

「おい……」

「早く行って。レナード殿下に何かあったら許さないから」

「何を心配しているんだか! 俺を誰だと思ってる」


 気絶したレナード殿下を抱えて、バーデンが床に広がる黒い水溜りへ沈んでゆく。ばいばい、王子様。文句はあとで聞いてあげる。ジュードがにやにや笑いながら、扉へもたれ、私を見つめていた。


「お客さんって誰? 知ってるんでしょ」

「うん。ノーマンとロック・シュトナー。裏切られたんだよ、悲しい?」

「……裏切られた理由がよく分かんない」


 モリスさんと一緒で、ノーマンもレナード殿下を守っていこうとしていたはず。王子様を逃がして正解だった。塔の魔術はノーマンがかけている。一応モリスさんの弟子だから、腕が立つだろうし……。思ったよりも状況が悪い。首の後ろに冷や汗が浮かぶ。


 塔の仕組みも、レナード殿下の性格も、へっぽこ護衛二人の性格も把握しているノーマンが裏切った? 最悪、味方だと思っていたのに。安っぽい感想しか出てこない。くちびるを噛みしめ、通り過ぎようとする私を見下ろし、ジュードがせせら笑う。


「手が込んでいるよね。旅行のお土産だと言って、眠り薬を仕込んだお菓子を渡して食べさせる。安心して! レナード殿下とシェリーの分は効果を消しておいたから。ちっとも眠くないだろ?」

「二人がどこから侵入してくるか、知ってる?」

「計画では全員眠ったのを確認したあと、エドニアに通じる固定ゲートを使って……」

「そう。破壊しなきゃ。ゲートを仕込まれていたの? 腹立たしい!」

「屋根の上だよ。行ってみる? 会えるかも」


 ジュードが気に障るほど、うやうやしく扉を開いた。向こうはなるべく負傷者を出したくないみたいね。一等級国家魔術師のロック・シュトナーとノーマンの二人で、全員眠っているのを確認したあと、手早く誘拐するつもりだ。これは、私の楽観的な予測にしかすぎないけれど……。


 だから、その前にやるべきことがある。にこやかに笑うジュードの顔面を、力いっぱいぶん殴る。血が数滴、床の上に落ちていった。ジュードが無言で自分の鼻を押さえる。


「今回の件、叔父さんは絡んでないよね?」

「……絡んでないよ。味方してあげたのに、どうして俺のことを殴ったの?」

「決まってるでしょ! 憂さ晴らし。イライラしてるの、すっごく」

「ああ、それでか。早く行こう。連中が探し回ったって、レナード殿下はもういないけど」

「待って、逃がさなきゃ。二人は? カイとエナンドは!?」


 出て行こうとするジュードの腕を掴んで、引き止める。予想外の質問だったようで、一瞬だけ赤紫色の瞳を見開き、片方の眉を持ち上げた。


「可哀相だから、ぐるぐる巻きにして床に転がしてある」

「へー、どうして?」

「だって、怪我したら気の毒だろ? 無力化してる二人には手を出さないよ。連中の目当てはレナード殿下なんだから」

「確かにそれが一番安全かもね」

「でしょ? 良いアイディアだ」


 あの二人に何かあったらレナード殿下が悲しむ。さすがに、守りながら戦えないし……。なぜか、ジュードは誘拐作戦の開始時刻を把握していた。まだ時間に余裕があるからと言って、黒いジャケットのポケットを探り、つやつやの金属製の玉子を手渡してきた。表面はひんやりしてて、すべすべ。


 古い銀の匙と真新しい黄金を溶かして混ぜたような、不思議な色合い。角度によって色が変わる。眺めていると、これがくすんだ銀色なのか、それとも錆びている鉄なのか、はたまた黄金なのか、分からなくなってきた。目がチカチカする。暗闇に沈んだ廊下でも、不思議な金属の玉子は鈍い光を放っていた。


「武器。それが一番使いやすいかと思ってさ」

「……どうやって使うの?」

「魔力を通して念じれば、何にでもなれる。バーデンと相性が良い武器だと思って用意したんだ。今、ここにいないけどね」

「ふぅん。使いづらそうだけど?」

「魔術に長けている人じゃなきゃだめだ。シェリーは魔術が得意だけど、出力を調整するのは苦手だろ? 思い描いた通りの形になって、相手を攻撃してくれる」

「へえ。手元に戻ってくる?」

「もちろん! 魔力登録をすれば、奪われることもないよ」


 早く武器を使いこなさなくちゃ。相手は一等級国家魔術師と身内。金属製の玉子を手のひらに載せ、ありったけの魔力を注ぎ、魔力登録を済ませる。試しに銃を思い描いてみると、銀色のキラピカな銃が現われた。やたらと綺麗。


「これ、引き金を引いたらどうなるの? あっ」

「……廊下の壁、俺があとで補修しておくね」


 石壁の一部が派手に崩れ落ちた。魔力が失われ、額が冷たくなる。銃だと、連続して使えないのかも。静かに崩れ落ちた石壁から目を離して、ジュードに聞いてみる。


「お願いね。無音? 一体どうして?」

「城の連中を起こさずに戦える。国王陛下の息がかかった魔術師はお呼びじゃないんだろ?」

「うん! よく分かってるじゃない」

「この窓から屋根の上に行こう。急いで、あと数分だ」


 ジュードが何のためらいもなく、格子窓に手をかざして消した。生ぬるい夜風が入ってきて、頬を撫でる。泥棒のように窓枠へよじ登って、外に出た。足場でもあるのか、にっこり微笑みながら座り込み、私へ手を差し伸べる。


 窓がない空っぽの空間から、手を出して「早く!」と急かしてくるジュードが敵に見えた。信じていいの? 本当に? 手を差し伸べたまま、微動だにしない。普段の微笑みも揺らがない。暗闇の中に、ジュードの白い手のひらがぼんやりと浮かんでいた。


「……どうして、作戦を知っているの? なんで言わなかったの」

「最近、シェリーが俺の目を見て話してくれないからだよ」

「は?」

「だって、聞き流してるだろ? 俺の話なんか心底どうでも良さそうだ。気を引くために、驚かせようと思って」

「分かんない! どういうこと!?」

「シェリーは今、俺が予想していた通り、いっぱい質問してくれる。ちゃんと目を見て話してくれる! それもこれも、ノーマンの裏切りを話さなかったからだ」


 嬉しそうにキラキラと、赤紫色の瞳を輝かせていた。ああ、変わらないんだ。何も変わらない。テディベアを引き裂いていた頃と何も変わらないんだ。私と一緒にお風呂に入りたいからと言って、泥水を浴びせてきたこともあった。一緒に眠りたいからと言って、ベッドを破壊したこともあった。質問して欲しいから、重要な情報を手に入れても黙るって……。


(それだけ? 本当に?)


 脳みそがジュードの言葉が拒絶していた。信じられない、他に思惑があるんじゃないの? 目を見て、話しかけて欲しいからって、こんなことする? ジュードが嬉々として、話を続けた。


「俺はね、シェリーの役に立ちたいんだ! もっともっと褒めてほしいし、喜ばせたい。ちゃんと話したい。ノーマンが唆された時、本当に嬉しかったよ。盗聴器を仕掛けて、行動を把握して、しっかり備えた。ね、俺がいて良かっただろ?」

「……最悪。教えないなんて!!」

「驚かせようと思ってさ。話したら、誰かに手柄を取られちゃうかもしれないだろ? それに、シェリーと二人きりで話したかったんだ。二番目でもいいって言ってるのに、頷かないのが悪いんだよ」

「……」

「俺を二番目の男にしてくれたら、教えてあげたのに! まあいいや。もうそろそろお客さんが来るから行こうよ。シェリーはレナード殿下の護衛だろ? ちゃんと働かなきゃ」


 無理やり私の腕を掴んで、引っ張り上げた。言う通りにするしかなかった。さっき、五十発ぐらい殴ってやれば良かったかも……!! 怒りで全身が震えた。もしも、レナード殿下に何かあったら? ジュードがまだ、何か隠していたら? 


 塔の屋根には、魔術で見えない階段が張り巡らされていた。何もない空中へ足を伸ばすと、グレーの階段が現われる。現われたグレーの階段を踏みしめ、上っていけば、ふいに固定ゲートが出現した。青紫色の星雲が渦巻いている。私の隣に立つジュードが、愉快そうに話し出した。


「偵察機は全部処分したから、今頃焦っているだろうね。にしても慎重というか、臆病じゃないか? 怪我させたくないって言ってたけど、自分達が怪我したくないだ、」

「ノーマンが裏切った理由、知ってるの?」

「知ってるけど教えたくないな~。シェリーと話す機会が減る。毎日、ヒントを出してあげるね!」

「いらない」

「どうして? 知りたくないんだ? 俺とそんなに話したくない? 後悔しても知らないよ」

「必要ないから」


 青紫色の星雲が妙な音を立てて、激しく渦巻いている。壊そうと思ったけど、やめた。どうせ、ノーマンは見逃されるんだろうし。レナード殿下は甘い。他の人にも、私にも。


 そのうえ、隣国のエドニアは今回の作戦が上手くいかなかったら、他の作戦を立てるだけ。潰して、潰して、潰した先にレナード殿下の平穏が待っている。ぐっと金属製の玉子を握りしめ、思い描く。この苛立ちを発散できる武器が、今の私には必要。抑えないと。ジュードを今すぐ突き落としてやりたい。


 星雲が雷のような光を放った直後、ドア枠が徐々に現われる。月光の下で、ダークブラウンのドア枠が出現した。渦巻く星雲が、鮮やかな青紫色のドアへ変わる。ドアノブは金色だった。ガチャガチャと音を立てて、ドアノブが回る。ほんの僅かに開いたドアの隙間へ、柔らかい、大きな手に変化させた武器を捻じ込んでやった。


「うわっ!? なん……」

「死ね!!」


 完全に八つ当たりだって分かってる。でも、抑えきれなかった。銀色にピカピカと輝く、液体のような手がノーマンとロック・シュトナーの体を包み込んで、塔の屋根から身投げする。体勢を整えようとしたって無駄。がっちり、銀色の手が二人を包み込んでいるから。悲鳴を上げながら落ちていく二人を見て、ジュードが呟いた。


「……城にいる魔術師にバレたくないんだよね?」

「うん。叫んだ二人が悪いと思う」

「そんな、滅茶苦茶な! あれは俺でも叫んじゃうよ~……」

「今さら良い人ぶらないでよ! 元はと言えば、ジュードが悪いんだからね!?」

「俺はただ、純粋な気持ちで隠していただけなのに。健気だろ? シェリーと二人で話したくて、大事なことを隠していたんだから」

「私達、生きてる世界が違うみたいね」




















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