7.大好きな日常
「シェリー! 寂しかったよ、おかえり!」
「ぐぇっ……」
王城近くにあるバス停から降りた瞬間、ジュードに抱きしめられる。あれだけぐだぐだ言ってたのに、ジュードは数時間も経てばどうでもよくなるみたいで、満面の笑みを浮かべていた。レナード殿下の価値観を共有できるようになっても、よく分かんない。ジュードの思考回路って本当に謎。
暑苦しい黒のジャケットを着たジュードが、ハンカチと魔術手帳しか入らなかった小さなバッグを私の代わりに持って、隣を歩く。でこぼこした石畳を見下ろさず、私の顔を覗き込んできた。とびっきり嬉しそうな笑顔で。
「どうだった? 美味しいケーキ、食べさせて貰った?」
「うん。美味しかったよ」
「シェリーがいない間、カイさんと手合わせをしたんだ。でも、つまらなかったよ。シェリーと殴りあう方が断然楽しい」
「強くなるためにしてるんでしょ? 今は平穏だけど、この先どうなるか分からないから……」
「ああ、言わないで。お説教はうんざりだ! カイさんがことあるごとに俺を捕まえて、説教してくる」
ジュードにしては珍しく、弱りきった表情で頭を振る。鬱陶しいハエを追い払うような仕草だった。ふぅん、意外。お説教って、何についてのお説教? 問題点だらけだもんね、ジュードは。カイのことは嫌いだけど、そういうところは好き。
胸がすっとした。夕暮れ時の王宮前は観光客やこれから夕食を食べる人でごった返していて、歩くのも一苦労。つまずかないように足元を見下ろしていたら、ジュードが私の腰へ手を回す。眉間に思いっきりシワが寄った。
「……やめてくれない?」
「つれないな。これぐらい、前まで日常茶飯事だったろ」
「何年経っても、ジュードの思考回路が理解できる気しない。どういうつもり?」
「俺は味方だよ。シェリーの、だけど」
私の名前を強調する。言外に、レナード殿下の味方をするつもりはないと言っていた。叔父さんから何を言われて、ここへ来てるんだか。強いから便利だけど、扱いづらいな……。エナンドさんがこれを扱えるようになるとは思えないし。ふと、以前言っていたことが気にかかる。
「ねえ、ジュード。モリスさんのことを人でなしって言ってなかった?」
「そこまでは……。だけど、怖い人だよね。エナンドさんに写真を見せて貰ったことがあるけど、到底、あんなことをするような人には見えなかった」
「あんなこと?」
「俺にキスしてくれない? したら教えてあげるよ」
香水と食べ物の匂いが漂う雑踏の中で、ぐっと腰を抱き寄せ、キスをねだってきた。苛立って、ジュードの手をつねってやると、笑いながら引っこめる。言うつもりはなさそうね、残念。モリスさん、魔術師だったけど、レナード殿下の故郷を焼いたりしてないよね?
前の王妃様の護衛をしていたんだから、きっと、違うはず。どうしてだろう。私が悩んでもいいことはないのに、悩んでしまうのは。胸のざわめきが落ち着かなかった。ジュードが浮かれた足取りで、呑気に話し出す。
「モリスさんのことが気になる? 妬けるなぁ」
「……今日の晩ご飯って何だと思う?」
「さあ、分かんない。聞いてよ、シェリー。留守番中、嫌がらせをしようかと思って、エナンドがシャワーを浴びている時に乱入したら嫌がられたよ」
「当然でしょ。腰から手を離して!」
「残念だ。小さい頃は一緒に寝たよね?」
「小さい頃はね。いいから手を離して」
「寂しいな、あの時に戻ろうよ。俺のことも構って。レナード殿下だけじゃなくて」
王城の敷地内の片隅に立つ塔へ戻っている最中、ずっとぐだぐだ言って絡んできた。あー、もう、鬱陶しい! エナンドはどうしてこれを放置してるの? ご主人様なんだから、もうちょっと構ってあげればいいのに。
腰や肩へ伸びてくるジュードの手を叩き落としつつ、赤い橋を渡る。川面は夕陽の色を映し出していた。オレンジと赤の色鮮やかな水が、小川を作り出しているように見える。視線を上げれば、夕陽に照らされた塔がそびえ立っていた。
「……あの塔が、すっかり私のお家って感じ」
「ユーインからの手紙はまだ破いて捨ててるの?」
「うん。面倒臭いから破いてないけど」
「俺が破いて捨ててあげようか?」
橋を渡っている最中のジュードが顔を覗き込み、仄暗い赤紫色の瞳で見つめてきた。破いたのは最初の一、二通だけよ。それにしても、二人って仲悪かったっけ。いがみあってるところなんて、見たことないんだけど。
「ユーインのこと、嫌いだっけ?」
「あいつ、良い子ちゃんぶってて嫌い。シェリーがいないところでべたべたするな、一緒に寝ようとするなって言うんだよ」
「へえ、知らなかった……」
「だろうね。シェリーが知ったら、喜ぶから言わなかったんだ! 今はもう、ユーインのことが好きじゃないんだよね? 特別じゃないんだよね?」
焦った表情で肩を掴んでくる。振り払いたかったけど、やめておく。ひそかに逆上して、余計なことされたら嫌だ。ジュードは腹の中に、どす黒い感情を溜め込んでおく気質だと思う。手を振り払う代わりに、肩を軽く押した。
「やめてよ。……確かにユーインはもう特別じゃないけど。でも、だからと言って、ジュードを特別扱いしないからね」
「分かってるよ、特別になりたいわけじゃない。ただ、ほんの少しだけ気にかけて欲しいだけだ。従兄妹だろ? 俺達」
「従兄妹なだけでしょ」
「血の繫がりって結構重要だよ。なあ、シェリー。レナード殿下のことは気に食わないけど、こうなってしまった以上、ちゃんと守るよ。俺がいた方が便利だよね?」
否定できない。確かに便利ではあるけど……。むっつり黙り込んでいたら、何も言ってないのに笑って「さあ、帰ろう。分かってくれると思ってた」と言い、私の肩を抱いて歩き出す。鬱陶しいけど、我慢するしかないのかも。
強いし、何よりも戦闘慣れしてる。侵入者と対峙したらカイは暴走しそう。多分、連携が取れない。エナンドは慌てふためくだけで、役に立たなさそう。唯一、この塔を守っているモリスさんの弟子、ノーマンが頼れそうなんだけど、戦っているところをあまり見たことがないから、実力は未知数。
(前に護衛してくれてたサムさん、戻ってこないかな~……。いざという時は助けてくれるみたいだけど)
王城で過ごしていた時の護衛、サムさんはレナード殿下が嫌がって遠ざけちゃった。レナード殿下の護衛である(どちらかと言えば、兄弟って感じだけど)エナンドとカイの二人に、心得? を教えるのも自分の役目だと思って、張り切っちゃったらしく、カイがより扱いづらくて面倒臭い人になった。
エナンドは堅苦しい教えが嫌で逃げ回ってたから、何の影響も受けてない。考え込みつつ、塔の重たい木の扉を開く。冷たい空気と薄闇が出迎えてくれた。涼しい。冬は嫌だったけど、夏は涼しくて快適。扉付近に置いてあった私専用のお花ランプを掴んで、螺旋階段を上る。石造りの螺旋階段へ、花模様の光が落ちていた。
「ねえ、レナード殿下は? ただいま~」
「おかえり、シェリーちゃん。上の部屋で寝てるよ」
「うげっ! 今日はカイが食事当番なの? 私の嫌いな食べ物、いっぱい出すつもりなんでしょ……」
黒いエプロンを腰に巻いたカイが、包丁とじゃがいもを持って振り返る。とんでもなく苦々しい表情を浮かべていた。急に声をかけたからびっくりしたみたいで、顔の輪郭が揺れ、ざぁっと砂粒を床へ滴り落とす。
「……スペアリブをトマトで煮込む。文句あるか?」
「ないっ! 前、野菜しか出さなかったでしょ? 根に持ってるからね」
「どうしてお前の好きなメニューを出さなくちゃいけないんだよ。大体、あの時は病み上がりだったろ? レナード殿下が。消化に良いものを出しただけでお前への嫌がらせじゃ、」
「だったら、私の好きなメニューも出してくれたらいいじゃん!」
「文句があるなら食うな!! お前も作れ、いつもサボりやがって!」
「二人とも、まあまあ、落ち着いて……」
エナンドが止めに入ってきた。無視して睨み合っていると、それまで私の背中にぴったりくっついていたジュードが笑いながら離れてゆく。また余計なことをするつもり? 違った。キッチンの片隅にある、みんなの物が入った棚から自分のエプロンを取って、素早く着た。
「俺がシェリーの分まで働きますよ、カイさん」
「嘘くせぇな……!! お前、何言っても妙なことを企んでいるようにしか見えないんだよ。そのツラどうにかしろ」
「たとえ、顔を変えても雰囲気は変わらないでしょうね」
「……」
「俺はエナンドさんに殴られて以来、心を入れ替えたんです。みんな、思っていた以上に優しいし、今はここでの暮らしが気に入っています。だから何もしませんよ、安心してください」
胡散臭い。今だけはカイの気持ちがよく分かる。カイと二人で鼻にシワを寄せ、意気揚々と手を洗い始めたジュードの後ろ姿を睨みつけていれば、エナンドが私達を引き離すため、割って入ってきた。
「はいはい、二人とも! 喧嘩はもうなし。体力が有り余ってるのなら、」
「こいつの本音、命令して聞いてくれよ。嘘ばっか吐きやがって、腹立つ」
「嫌だ!! 絶対に嫌だ! 本音と建前の差がエグすぎて、何度傷付いたことか……」
「嘘吐かなきゃ生きていけないのかもなぁ」
「エナンドさんの反応を面白がってるだけだと思う。人の嫌がることをするのが得意だから」
「酷いなぁ、シェリー。俺はただ、みんなと仲良くなりたいだけだよ」
吐き気がしてきた。ぞっとする。晩ご飯の支度は三人に任せて、私は二階へ上がることにした。そそくさとリビングから出て、花のランプを掴み、今度は一人で真っ暗闇に浸された螺旋階段を上る。あんなのでもいると良かったかも。一人で歩くのは怖い。
見上げた先にある小窓から、漏れ出てくる光はなく、窓ガラスに映っているのは不気味な赤紫色だけ。この塔は外界と切り離されてる。外に出たら、多分、綺麗な夕焼けが広がっているだろうに。ようやくレナード殿下の部屋に辿り着いた。壁のフックにランプを吊り下げ、木の扉をノックしてから、強く押し開ける。
「レナード殿下? ただいま!」
「……ああ、おかえり。シェリー」
カーテンを閉めきっていた。夕陽の色に染まった薄手のカーテン。明かりをつける気分じゃないらしく、シャンデリアは暗くて静かなまま。その代わり、ベッド脇のシェードランプが暖かい光を放っていた。私が来るまで読んでいた本を膝へ置き、パジャマ姿のレナード殿下が微笑む。
「大丈夫ですか? 貧血ですか? 知っていますからね、もう! 役に立たない陛下に血をあげてるって」
「その言い方だとまるで、我が国の国王陛下が吸血鬼になったようだ」
「誤魔化さないでくださいよ、も~……!!」
「ごめんね、シェリー。いない隙に血を採って貰おうと思ってさ。つらいだろ?」
「はい! でも、いる時でも、いない時でもつらい……」
ベッドにぼふんと上半身を沈める。病床についている父親のように、柔らかく微笑んで、私の頭を撫でてくれた。優しい手。胸がいっぱいになる。
「あーあ。私が癒しの血を持ってたら良かったのになぁ」
「……それはちょっと。利用されるのは俺だけで十分だよ」
「代わってあげられるでしょ? 交互に貧血になればいい」
「シェリーらしい考え方だね」
何が笑えるのか、よく分からなかったけど、珍しく声を立てて笑った。薄暗い部屋の中でシェードランプの光を浴びた、端正な顔立ちが浮かび上がる。優しい蜂蜜色の瞳。濡れたような艶を放つダークブラウンの髪。心なしか、顔色が悪く見えて不安になった。
薄暗いから、よく見えないはずなのに……。血を無理やり採られたせいで、具合が悪いんだって、勘違いしたいのかもしれない。ベッドによじ登り、レナード殿下の胸元へ頭突きしてみると、怒られた。
「こら! 着替えておいで、早く。エナンドの買った服なんか着て」
「えー? じゃあ、捨てます? これ」
「……捨てなくてもいいけど。着替えてほしい」
「はぁい。じゃ、着替えてきまーす」
私がベッドから降りた瞬間、足元の影から、黒い犬姿のバーデンが飛び出してくる。ゆうゆうとレナード殿下の膝に寝転ぼうとしていたけど、あっさり捕まって、床の上へ降ろされた。ばつの悪そうな表情でお座りする。
「だめだろ! 足の裏を拭いてからじゃないと」
「俺を犬扱いするなよ。人の姿の時は靴を履いてるぜ?」
「そんなこと言って、前、ベッドを泥まみれにしたよな? 覚えてるぞ~、足を拭きに行こう」
「まったく……。世話が焼けるなぁ」
「こっちの台詞だよ、バーデン」
レナード殿下がおかしそうに笑う。当のバーデンはむすっと不貞腐れて、後ろ足から力を抜いていた。自分で歩く気がないみたい。大型犬サイズのバーデンを、レナード殿下が苦労して抱え、ずるずると引き摺っていった。
向かう先には、バーデンのブラシやタオルが詰まったチェストが置いてある。引き出しの取っ手は肉球の形で、チェストを支えているのは黒い犬の足。届いたわんわん専用チェストを見て、呆れたのを思い出した。
(レナード殿下って本当に、バーデンのことを可愛がってるよね……)
人外者だからと言って、距離を置いてた時もあるのになぁ。いまや、すっかり飼い主面をしてる。わんわん専用チェストの前に、汚れ防止のマットレスが敷いてあって、そこへバーデンを座らせ、丁寧に前足を拭いてあげていた。
バーデンはまんざらでもなさそうな表情で、黒い毛に覆われた前足を差し出してる。あー、バカバカしい。これ以上見てたら、嫉妬しちゃうからやめよう。私の冷たい視線に気付かず、二人はのほほんとイチャイチャしてた。バーデンの黒い尻尾が揺れてる。
(ふんだ! エナンドさんに新しい服、買って貰おうかな)
自分の部屋へ戻り、以前、レナード殿下に買って貰った白いフリルブラウスと黒いショートパンツを着る。これなら変じゃない? 合わせ方がよく分からないや。でも、バーデンに抵抗しておしゃれしたい。
変じゃないような気がして、他の服には手を伸ばさず、レナード殿下の部屋に戻る。足を拭いて貰ったバーデンがベッドの上で寝そべり、頭を撫でられていた。イライラしてつい、ベッドに飛び乗っちゃった。
「シェリー!? どうしたんだ?」
「バーデンばっかりずるい! 私のことも構ってくださいよ~……」
「俺に嫉妬するなよ。寛いでるだけだ」
「嘘吐き! 嬉しそうにしてたじゃない」
「してないぞ」
「シェリーも足を拭いてあげようか?」
膝の上で寝転がる私の頭を撫でて、嬉しそうに笑う。蜂蜜色の瞳も、上質な手触りの髪も、手も全部独占したい。レナード殿下の腰へ腕を回してしがみついたら、甘えてると勘違いされ、急に迫ってきた。声が甘く変化する。
「もしかして足りなかった? 出かける前、たっぷり構ってあげたけど」
「あ、いいです! もう大丈夫です」
「何が?」
「腕を放してくださいよ……」
「逃げようとするから。今日、どうだった? 俺の元婚約者殿とのティータイムは」
「ん~、愚痴が長かったです」
「愚痴? 随分と仲良くなったんだね。意外だ」
普通の声で話しつつ、私の腰へ手を回してくる。逃がさないつもりだ。空気を読んだバーデンが「けっ!」と大きな声で呟き、ベッドから飛び降りる。床を黒い海へ変化させ、沈んでいった。薄暗い部屋の中に静寂が落ちる。……この瞬間が一番恥ずかしくて、苦手かも。レナード殿下がお構いなしに、私の首筋へキスしてきた。
「待って! もういいでしょ、今朝、沢山イチャついたし……」
「まだまだ物足りない。バーデンに嫉妬してただろ? 慰めようかと思ってさ」
「ねえ、知ってます? 足を拭いて貰ってる時、バーデンったら、尻尾を揺らしてるんですよ」
「時々だよ、毎日の話じゃない」
ブラウスのボタンに手をかけられた。即座に手を掴み、ぽいっと放り投げる。レナード殿下が伸ばした足の上にまたがって、肩へ両手を添える。少し不満げに蜂蜜色の瞳を細めた。
「え~、本当に? どうせ、私が知らないところでイチャイチャしてるんでしょ」
「イチャイチャって! 足を拭いたり、ブラッシングしてるだけなのに? それを言うのならシェリーもだろ。ローザの屋敷へ行って仲良くしてる」
「お茶を飲んで愚痴を聞いてるだけですよ。広くて豪華なのに、暗い屋敷だから……。私のひな鳥ちゃんなんです」
「よく分からない。嫉妬して欲しいなぁ、バーデンじゃなくてローザに」
「相手は既婚者ですから。レナード殿下のこと、不気味だって言ってたし」
無言で私の長い黒髪をいじる。そろそろ切っちゃおうかな? バーデンが気に入ってるから、今まで伸ばしてたけど……。腰まで伸びたうねる黒髪はお手入れが大変で、乾かすのにも時間がかかる。
髪の毛の水分を蒸発させすぎないよう、魔術で乾かすの苦手だし。繊細な調整を必要とする魔術は苦手。以前、魔術で乾かしてみたら、髪の毛がパサパサになっちゃった。レナード殿下のおでこにキスしてから、手を首に回して抱きつく。
「髪の毛、切ろうかな~。どう思います?」
「急だね。俺としては少し、もったいない気がするけど」
「いっそのこと、ショートへアにしてみたいです! ばっさり切っちゃうの。耳の下まで」
暑いし、切るのならとことん短く切り揃えたい。レナード殿下が私の髪を撫でたあと、手を滑らせるようにして、背中から腰にかけてのラインを撫でる。
「耳の下まで……。可愛いだろうなぁ。自分で切らずに、ちゃんと美容室へ行くんだよ」
「ん?」
「絶対失敗するから、自分でカットするのは禁止!」
「えーっ、面倒臭い! 美容室行きたくない」
「今まで切ってなかったのって、ひょっとして、行くのが面倒臭いから……?」
「それもあります。でも、バーデンが嫌がるから」
「ああ、なるほど。契約してる人外者に聞かなきゃだめだよな」
バーデンと私、契約してないんだけど。忘れちゃったのかな? 前、説明したのに。まあいいや。普通、契約しないとあそこまで仲良くなれないし。レナード殿下の手つきがどんどん妖しくなってきたので、膝から離れる。案の定、手首を掴んで引き止められた。
「レナード殿下!」
「……そろそろ、名前だけ呼んで欲しい」
「レナード? レナードって呼ぶの、違和感があるんですけど」
「少しずつ慣れていこう。丁寧な言葉遣いも、敬称も俺には必要ないんだ」
「レナード様、ん~、それか」
「最後にもう一度だけ呼んでみて、レナード殿下って」
「レナード……」
殿下、と言う前にくちびるで口を塞がれた。びっくりして、体が緊張する。レナード殿下って、最後に呼んで欲しいって言うから、呼んであげたのに! 肩を叩いたら、強く抱き寄せられる。後頭部に回された手がしつこく、何度も私の髪を撫でた。切らないでって言われてるみたいだ。目にじわっと涙が滲む。
「もうおしまい!! まったく、もう……」
「じゃあ、今度からはレナードって呼んでくれ。二人きりの時だけでいいから」
「分かりました」
「ごめん、怒ってる?」
「別に!」
優しく頬を撫でられると、許してしまう。あー、もー、心臓に悪かった! いきなりキスしたから怒ってると勘違いしたようで、普段よりも声が甘くなる。さっきとは違い、腰や太ももを撫でたりしない。
「今日はローザと何を話したんだ?」
「……昔の話です。ねえ、レナード。今って幸せ?」
「幸せだよ。急にどうしたの」
「なら良かった。お誕生日は盛大に祝いましょうね!」
「うん。一体、どんな話をしたんだ?」
「秘密~!」




