高校一年生 七月
「……何故これほどまで暑い中、あいつらは球遊びやら砂遊びに夢中になれるのだろうな」
「部活動という青春の汗を流す少年少女らを捕まえて、一体何を言い出すのやら」
僕――桜井 凛史郎の心からの声に対し、目の前の少女――五十嵐 春奈は呆れたような声でこちらを見ずに言う。
こいつ、段々と僕への態度を雑にしやがって。最終的にはクラスの女子と同じような扱いをしてくるんだろうな。昔から思うが女性の加害性ってえぐくないか? 特に攻撃していいって判断した相手に対して。
五十嵐がそこまで振り切ったことをするとは思えないが、僕と一緒の空間にいることが耐えられなくなり、僕以外の人間と似たような部活やクラブ活動を始める可能性もあるな。
そうなったらこの部室は僕一人のものか? と一人になったこの部室を想像し、僕の城として好き勝手している妄想をしていると、五十嵐にジト目で見られていることに気が付く。
「……なんだよ」
すると五十嵐はため息をついて、怒ってますというように頬を膨らませ、余った袖を脇の下に入れて腕を組むような謎のポーズをする。
「なんだよ、じゃないでしょうが。私、何度も呼んでいるんですけど?」
「え? 僕を?」
「僕じゃなかったら何? 何を呼んでいるって? 幽霊?」
「消したい恥ずかしい思い出とか」
「呼び起こすか! ……あー、もう! 最悪! 小学校の時バナナの皮は食べるものだと思っててバクバク食べてて笑われたの思い出しちゃったじゃん! 最低! 変態! 桜井も失敗を教えてよ!」
「いや、僕は別に……お前が勝手に言い出したんだろ……?」
「なに!」
「い……い、いえ、なんでも……」
五十嵐に押し切られた僕は止む無く失敗を話さざるを得ない状況に追い込まれる。
失敗……失敗……。僕レベルになるとよく不登校にならなかったね、と言わんばかりのトラウマがあるのだが、それだと刺激が強すぎるか?
「そうだな……。中学の時、机にバレンタインのチョコが入っていて、嬉しくて持って帰ったら他人のだった……とか?」
「うわあ……」
「後日泥棒扱いされたところまでセットだな」
ドン引きの表情で僕を見る五十嵐。やめろ、同情されると泣きたくなる。
僕はふいと顔を背けると、五十嵐がトテトテと僕のところに近寄ると、無遠慮に僕の頭を撫でる。
「よしよし。私はちゃんと義理チョコあげるからね」
「いらん。甘いものは嫌いだ」
「お返しはReFaのヘアアイロンでいいからね」
「……五十嵐。僕はいいが他のモテない男にそれやると、本当にお返しで持ってくるから気をつけろよ」
「桜井さあ、私が誰にでもチョコ配ると思う?」
「思う」
「……バカ」
頭を撫でていた手で僕の頭をぺしっと叩くと、五十嵐はまた席に戻って言った。
やれやれ。
五十嵐はもうこの話は終わりにしたいのか、話題を変えてくる。
「で、部長様よ。改めて聞くが、夏休みの部活のご予定は?」
「夏休み? ……ああ。夏休みね」
「……そー。……今年も、暑いんだろうねえ」
「部活は……」
僕らは所詮暇つぶしのための部。部屋一室貸し切ってお茶飲んでお菓子食べて本読んで、そしてたまにだべっているだけだ。
特段の活動がないということもあり、わざわざ学校の経費を使いつぶしてまで夏休みに活動をする必要はない。
だから、夏休みは部活はなし……というのは、あまりにも酷だ。
五十嵐にも、僕にも。
「部活は――毎日、強制参加だ。活動日誌を書かねば部活として存続できないし、十月の学園祭の準備がある。僕は開門時間に登校して部室の鍵を開けておくから、五十嵐は好きなタイミングでくればいい」
僕のそのぶっきらぼうな言葉に五十嵐はにっこりと笑うと
「うん! そうだね! 文化祭も近いもん! 折角なら最優秀賞とっちゃおうよ!」
「……いや、実働部員二名で何をすれば最優秀賞になるというんだ……」
「キャバクラとか? 私、かわいいもんね!」
否定はしない。しかし返事もしない。
すると無視をした僕の反応が気に食わないのか、五十嵐はふーんとジト目でこちらを見ると
「桜井も可愛い顔してるし、女装してキャストね」
「な! そんなこと、やるわけないだろうが!」
「どうだか、意外とはまりそうだし」
「馬鹿にするな!」
「やーい、顔真っ赤にして怒ってる!」
舌を出して揶揄う五十嵐を僕は苦々しく睨みつける。
こんな偏差値の低い出し物はできない。絶対に知性溢れる作品を作ってやる……!
ひそかに決心した僕の顔を五十嵐がチラチラと見てくる。
「なんだ?」
「い、いやー……」
珍しく歯切れが悪い。いや、歯切れが悪いことは多々あるがいつものものとは違う。ただ、今回は何が理由がわからず僕は怪訝気に首をかしげることしかできない。
「あの、さ……。夏休みはいると、突然いけなかったり、遅れたりするじゃん」
「別に出席は取らないから好きにくればいい」
「バカ! そういうことじゃなくて……うーん。あ、そうだ! 桜井が腹痛で学校こられなかったらどうするの? 私、待ちぼうけなわけ!」
その場合は自分でカギを取ってはいってろよ……。そう思ったが、確かに連絡手段がないと不便だな。
「なるほど。じゃあ連絡先を交換するか」
「うん!」
五十嵐は嬉しそうな顔でスマホを取り出す。僕はその様子を見守ってから、紙とペンを取り出すと。
「へ?」
不思議そうに見守る五十嵐に文字を書いた紙を渡す。
「……なにこれ」
「僕のメアドと携帯番号だ」
これにいつでも連絡してこい、と僕は少し照れくささを感じながらも言う。
たいして五十嵐は凍り付いた表情だ。
「な……なんだよ」
「……桜井さ。私のこと揶揄って、楽しい?」
「か、揶揄うだと! 人の気恥ずかしさを何だと思っている」
「バカ! 普通こういうのはラインでしょ!」
「らいん……。ああ、SNSか。悪いが僕はSNSの類は一切やっていない」
「いや、ラインはSNSじゃないから!」
「SNSだわ」
「そうかもしれないけど! もうそういうのじゃないの! もうあれは全くちがうものなの!」
なーにをいってるんだこいつは。
「そうなのかもしれないが、僕がやっていないという事実は変わらないぞ」
「えー……。今までどうやって生きてきたの? 友達は?」
「No Thanks」
「いや、英語で言われても……。ま、いっか」
ようやく納得したか。はやくお前のメアドをよこせ、と僕が想っていると。
「スマホ貸して。ライン作っててあげる」
「な……!」
こうして僕のスマホに新しくラインができたのであった。
五十嵐 春奈しかいない(登録名は『ハル』だった)ライン。
何故かアイコンを僕らのツーショットにされたが、どうせ他にこのラインを見る人間もいない。それに、どうせいつかは使わなくなるアプリだ。
そう思って気にしていなかったところ、中学三年生の時、アドレスを交換した同級生が電話番号から勝手に友達に追加してきて、この美女は誰だと連絡が来た。
セキュリティ意識もプライバシーもないクソアプリめ!
桜井は母親から電話かメールで呼び出される。
ちなみに彼が携帯を持ち出したのは中学卒業時。高校からバイトを始めさせるために激安のスマホを親から渡された。なので彼のアドレスを知っているのは母親と春奈を除くと中学の彼しかいない。やったね。
五十嵐はライン。未読が多いことを桜井から咎められるがワンチャン狙いの男にいちいち返信をする時間なんてないとのこと。




