高校一年生 六月
「ああー……」
私は読んでいた小説を無造作に机の上に置いて、そのまま机に突っ伏す。
うー、机もだー……。
私のそんな様子に対し、桜井はまるで見てはいけないものを見てしまったかのように視線をずらし、椅子を私から少し遠ざける。
そんな薄情な態度に対して私は責めるような口調で桜井に話しかける。
「ねえ。女の子が苦しそうな声出しているんだから、少しくらい心配したらどうなの?」
私のそんな言葉に対し、桜井は心底面倒くさそうな顔をして言う。
「そういうかまってちゃん言動にいちいち付き合っていたら、とても本なんて読んでられない」
薄情者。私は唇を尖らしてジト目で桜井のことを見ると、ぷいって顔をそらす。
あーもう。嫌な季節だ。
少し焦れるような沈黙が続く。その沈黙を崩したのは桜井だった。
「……部室。除湿器でも置くか」
手にした本――というか、私の貸した少女漫画から目を離さずに、ぼそりと呟くような声で言う。
「もう! 私が何を言いたいかわかってるんじゃん!」
「うっせ。あれだけ日中に教室で湿気が嫌い湿気が嫌いと言っていれば、いやでも聞こえてくる」
「嫌でもとは失礼な!」
「やれ髪がべたつくだ。服が臭いだ。机が湿っぽいだといつまでも姦しくやいやいと、梅雨が嫌いなのが自分だけだと思うなよ」
僕だって、本がダメになるから湿気は嫌いなんだ、と桜井も不満げに言う。
「なんだ。話わかるじゃんか」
「まあな。僕だって除湿器は検討しているし、申し訳程度で百円均一で買った除湿材は部室においてあるだろう」
「本当に申し訳程度だね……。いくら? 私も払うよ」
「いらん。部費を使ったからな」
「あのわずかな部費を勝手に使ったのか貴様! そこになおれ! 成敗してくれる!」
「喧しい! やれ紅茶だコーヒーだクッキーだと飲み物やお菓子にばかり部費を使いやがって! 文学部は喫茶店じゃないんだぞ!」
「なっ……! じゃあ桜井はもう私の入れたコーヒーも紅茶も一切飲まないでよね! もう淹れてあげない!」
「部費を使っている以上そこの飲料物は文学部の資産であり、ひいては僕にも使用可能な備品であるはずだ。そんな横暴は許されないぞ」
「ふーんだ。じゃあ好きに使えば? 淹れてはあげないけど? 淹れてほしかったら人件費を払え!」
「なら僕にも払え! 申請や調整などの諸々をやっているのは僕なんだぞ!」
「じゃあ身体で払おうか⁉」
「え、あ、え……」
「このドスケベ! 将来風俗で破産しろ!」
「ぶっ殺すぞクソ女! 僕がそんな金の使い方をするわけないだろうが!」
「じゃあ一生童貞ですね!」
「そこになおれ! 成敗してくれる!」
「やってみろドスケベインテリ!」
ぜーはーぜーはー、と柄にもなく怒鳴り合った私たちは呼吸を整える。
やれやれ、梅雨のせいか怒りっぽくなっていやだね。いやよいやよ。
喉が渇いた私は紅茶のお替りをしようと立ち上がる。そこで、一応聞いてあげる。
「……紅茶、お替りするけど。飲むの?」
「……」
桜井はすっとティーカップを差し出す。
やれやれ。私はため息をつきつつ、自分と桜井のカップに紅茶を淹れてあげる。
なんか結婚したら尽くしそうだな、私。まあ何十年先の話か知らんけど。
そんなことを思いながら紅茶を入れて桜井に手渡すと、彼は耳を赤くして照れくさそうにごにょごにょと言う。
「あ、ありがと……」
その言葉に私は一瞬きょとんとなったが。
「どーいたしまして」
余談だが、翌日我が部室には除湿器が置かれるようになる。
しかしその除湿器に加湿機能がなく、冬はどうするんだと喧嘩をしたのは、ここだけの話だ。
文学部部費;年間15万円
桜井が教師を説得し味方に引き入れた上で部長会で勝ち取った。
新設の部活、文化部、部員四名(うち二名は幽霊)と苦しい戦いだったが、生徒会の仕事を一部手伝うということで成約。
五十嵐がお茶菓子を食べてのほほんとしている間、たまに生徒会の仕事をしているが五十嵐は気が付いていない。五十嵐がたまに領収書をもらい忘れるが、そのたびに桜井は頭を悩ませつつも解決している。




