高校一年生 二月
バレンタイン。女子が好きな男の子にチョコを渡す日。
説明が雑だって?
どうでもいいが、バレンタインネタでバレンタインの説明から始まる作品が多くてな。陰キャ商法とってるやつはバレンタインを悪し様に言うし、人生楽しんでいる奴は不自然に忘れているし、母親か女姉妹からしかもらえない話ももう飽きた。
僕――桜井 凛史郎にとってはバレンタインという日はあってもべつにいいし(無くても当然いいが)、あらゆる場所で流れるバレンタインキッスにイライラするし、母親から貰える世界線はどこにあるのか電子レンジを開けたり締めたりしている。
そう、僕のような陰キャにとってバレンタインなぞただの日常に過ぎない。
強いて言うのであれば男女問わずソワソワしていたり、女子が非モテ男子をターゲットに義理チョコという商品でより高価なお返しを狙う商社顔負けのトレーディング事業の詳細をうっかり聞いてしまってから、うっかり義理チョコを貰わないように気を付けていたが僕レベルになるとそもそも非モテ枠にも入れてもらえない。
それをラッキーと思うのにはまだ心が成熟しきれていない今日この頃。
まあ、もらってもお金ないからお返しできないけどね。
そんなことを考えながら一人無糖のブラックコーヒーを飲んでいると、五十嵐が部室にやってきた。
「やほー。さむいねえ」
「そうだな。この部室に来るまでに一度外でないといけないしな。なんか飲むか?」
「んー、どうしよっかなー」
五十嵐はカバンを置いてコートを脱いでハンガーにかける。
もしかしたら同じ部室のよしみでこいつからは、と思っていたが、今日の教室でチョコは一切作ってきていないということを言ってクラスの男子生徒を撃沈させていたことからも可能性の芽が完全に断たれた。
まあ、こいつも作る金がないんだろう。頑なに女子からのチョコも断ってたし。
じゃあこれ飲む! と取り出していたのは、甘ったるいココアだった。
こいつ、また部費で勝手に飲み物買いやがったな……。
この無駄な買い物を生徒会並びに教師陣に納得させるために僕が毎回どれだけ苦心していると思っているんだ……。
と言いつつも、彼女の買った備品というか飲食物のおかげで僕の部活ライフに優雅さを添えられているのは事実であるので、何とも文句を言い難いことではあるのだがな……。
「はいこれ」
「ん? ああ、ありがとう」
気が付くと僕の目の前にもココアが置かれていた。どうやらコーヒーのカップが空になっているのに気が付いて淹れてくれたみたいだ。
無糖から極糖か。まあ、糖分を取るのも悪くない。バレンタインのストレスで脳が疲れているしな。
読んでいる漫画本を片手にズズッとココアを飲む。
「あまっ!」
思わず声に出して言ってしまう。え? これが今のジャパンのココアの甘さなの? こんなんじゃ皆糖尿病になっちゃうよ?
淹れた五十嵐の方を見ると、にやにやとニヤケ顔でこちらを見ている。
「……悪戯か?」
「ちがうわい!」
悪戯じゃないならなんなんだと怪訝そうに五十嵐の方を見る僕。
五十嵐はやれやれとわざとらしくかぶりを振りながら言う。
「チョコココアだよ」
「あー……」
一瞬得心した僕だが、一方でその意図に気が付き若干の気恥ずかしさを感じた僕は返事に窮する形になる。
そんな僕の様子をカワイイものを見るかのような視線で見ている五十嵐。
彼女はにやにやというよりは世の一般的な母親のように慈愛に溢れた表情になって言う。
「バレンタインチョコ、受け取ってくれる?」
「……これは押し売りでは?」
「一口目は試飲だよ? いらなければ……ありがと、二口目も急いで飲んでくれて」
「……疲れたから、脳に糖分が欲しくなっただけだ」
「そう? おいしい?」
「……ああ、おいしい。ありがとう」
「いえいえー」
五十嵐はそれだけいうと満足そうに鞄から小説といつも通りクッキーを取り出す。
唯一違うのは、クッキーが市販品ではなく手製ということか。
「……これは?」
「甘いの苦手でしょ? だから口が甘くなったらこのプレーンのクッキーで甘さを緩和させて」
「非常に助かる。作ってくれたのか?」
「うん。これだけはありがたいことに。母親と姉の人間関係に送る用の義理クッキーは、毎年私が作ってるからね。余った材料を横流しするくらいわけないのさ」
「ほほう。おぬしも悪よのう」
「げへへ。お代官様、これで一つよろしゅうたのまっせ」
僕のおふざけに対しノリよく返してくれる五十嵐。
あんな風に言っているものの、母と姉の交友関係全員分の菓子作りも簡単なことではないのだろう。それに昨日は普通に平日だ。部活も最後までいたし、夜も普通にラインしたな……。
……全く、無理をする。
僕は心の中に生まれたモヤモヤを持ちながらも、クッキーを一つ手に取り、食べる。
「ん! うまいなこれ……」
「ほんと?」
五十嵐が嬉しそうにこっちに寄ってくる。
甘いものが苦手な僕にとって、このクッキーの甘さ控え目は非常においしい。サクサクでほのかに紅茶の匂いもする。市販品と言われても疑わないほどだ。
あっという間に一つ食べつくしてしまった僕は、今度はチョコココアを飲む。
そしたら口が甘ったるくなったので、クッキーを……こ、これが無限機関………!
そんなバカなことを考えている僕に対し、五十嵐は少し照れくさそうに言う。
「喜んでくれてよかった。桜井のことだけを思って作ったんだよ?」
「嘘つけ」
「嘘じゃないし―! 愛情たっぷりだしー!」
何が愛情たっぷりだ。愛情たっぷりならハートの一つでも……、と考えながら二つ目のクッキーを手に取ると、クッキーの後ろに何か書いてあるのに気が付く。
思わず勢いよく五十嵐を見ると、彼女は恥ずかしそうに前髪をいじりながら流し目でこちらを見る。
僕はまさかと思い唾を飲み込み裏返してみると、そこには――
「へ・ん・た・い♡」
そう、このバカ女が先に読み上げてくれたが、そこにはひらがなで『へんたい』と書いてあった。
べ、別に期待してないし! ショックでもないし!
「……お前、これ一つ一つ書いたのか?」
「うん! ね? 愛情たっぷりでしょ?」
「手間もな……。でもまあ、ありがと」
「あ……」
「う、ううん」
僕が二つ目だけでなく三つ目も口にしたところで五十嵐が何かを言いかける。
だが気のせいだったみたいで何かを続けることもない。
「……ばか」
「なにがだよ……」
突然の悪口。一体何がバカなのか。
「……ちゃんと一つ、当たり入れてるのに」
「当たり?」
「別になんでもない! バカ!」
五十嵐はぷんすかした様子で立ち上がると、自席にズンズンと戻っていく。
そして、ぐるっと僕の方に振り替えると、指さして言った。
「ホワイトデーのお返し、誕生日プレゼントと一緒でいいからね!」
「……え?」
「何よ」
「お、お前三月十四日誕生日なのか?」
「……そうだけど? 全然聞かれないから興味ないのかと思ったからこっちから教えてあげたの。わ・ざ・わ・ざ、ね!」
「す、すまん」
な、なるほど……。ということはホワイトデーと誕生日、どっちも満足させられる何かが必要だと。
こ、これは厳しい戦いになりそうだぜ!
二月の肌寒い時期にも関わらず、ダラダラと汗が流れだすのは暖房のせいでいいのであろうか。
自分の仕事は終わったとばかりに機嫌良さそうに鼻歌を歌って読書している五十嵐とは対照的に、僕の頁をめくる手はこの日は一ページも進まないのであった。
五十嵐さんは最後までバレンタインデーとして自分の身体をプレゼントする妄想で興奮してました。
三つ目のクッキーに書かれていた文字 『だいすき』




