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高校一年生 一月

「やあやあやあ、大先生が来たよ!」

 新年度が開始して数日。えらくご機嫌な五十嵐 春奈が寒さを感じさせない元気の良さで部室に入ってきた。

「大先生。風が入るので扉は締めてください」

「なんだね助手君、体が貧弱なことでは良き作品というのは創れないものだよ。子供は風の子、そしてクリエイターも寒風を浴びてこそ創造力が磨かれるというものだ」

「クリエイターが浴びるのは世間からの冷ややかな目で十分です」

「うまい。コーヒー一つ」

「くれるのか?」

「淹れて」

 へーへーと適当に返事をして、僕は五十嵐のコップにインスタントのコーヒーを淹れる。

 僕は淹れ終わったコーヒーを五十嵐に手渡すと、五十嵐はごそごそと鞄をいじる。

「ああ、ついに漫画書き終わったのか?」

「そそ。とりあえず鉛筆で書いたラフ画だけどね。桜井に見てもらって、そこからそこのパソコンで本書きかな」

「どれどれ」

 五十嵐が鞄から取り出してきたノートを受け取る。

 ……そういえば、最近の授業中はこそこそと何か書いてやがったな。

「どうでもいいが、休み明けの定期考査は大丈夫なのか?」

「大丈夫だよ」

 ほほう。僕の見ていない間にきちんと勉強もしているようで。

「桜井にまた教えてもらうもん」

 前言撤回。

「いい加減受講料をもらうぞ」

「えー。ケチ―。……じゃあ、仕方ないかな?」

 五十嵐はそういうと、伏し目がちにこちらを見てくる。そしてちらりと少しだけスカートをめくる。

「くっ……。色仕掛けには負けないぞ! 体で払うだなんて認めないからな!」

 僕は顔が赤くなるのを感じながら、それでも毅然と反論する。

 しかし、反論された五十嵐は対照的にニタっと口元をゆがめると、テテテと僕の方に近づき、体を両手で庇いながら言う。

「わたしー、いちども体で払うなんていってないんですけどおー。セクハラですかぁ?」

 クネクネと甲高い猫撫で声で言う五十嵐に対し、僕はやられたとばかりに勢いよく机に突っ伏す。

 確かに一度も体で払うだなんて言っていなかった。これが妄想でしか女性経験のない童貞の弊害なのか!

「やだあ。これだから妄想でしか女性経験のない非モテ童貞はいやね」

「人に言われるとめちゃめちゃ腹立つ!」

 僕は勢いよく椅子から立ち上がり反論する。

 五十嵐はそんな僕の必死な反応すら楽しそうに見ると、

「で・も……。体で払ってほしい、っていうなら……いいよ?」

 今度は胸元を少し開けて肌を見せてくる。いや、というか完全にブラは見えたのだが。

「……こ、こういうのは、お礼とかじゃなくてだな」

 興奮と混乱で声が上擦った僕に対し、五十嵐はにっこりと気持ちよい笑顔で言う。

「お弁当とかお掃除とか手伝ってあげるね! 体で、支払ってあげるよ!」

「……」

「どうしたの? エロ同人とAVに脳をやられた少年」

「……貝になりたい」

「そんなAVがあったの?」

 特殊性癖だね、と顔を机に突っ伏して現実逃避をする僕に追撃をかます悪魔。

 そんな悪魔は僕の頭をよしよしと撫でると

「ごめんごめん。ついまた脱線しちゃったね。ちょっと漫画読んでみてよ」

 僕は返事もなくゾンビのようにむくっと起き上がると、彼女のノートを見る。

 やれやれ、また脳内お花畑の少女漫画が始まるのだろうが……。

 そう思って中身を見ると、全然違った。

 なんだろう。内容を簡単に要約するとだな。

 妹を殺された主人公が殺し屋になって妹を殺した犯人を捜すという、すごいハードボイルドな作品だった。というか、主人公のハードボイルドっぷりがすごい。

 つーか、こいつ最近ゴルゴ読んだだろ。

 僕が呆気に取られて頁をめくっていると、五十嵐はどう? どう? とキラキラした目で見ている。

 僕は言葉に窮しながらも感想を伝える。

「……こういうのは、おじさん作者に任せた方がいいんじゃないのか?」

「何それ。女性差別? フェミさーん、こっちです」

「そういうわけじゃないんだがな……。五十嵐の良さというか、少女漫画が好きで描きたいんじゃなかったのか?」

「でもその銃には『クローバー』っていう名前がついているよ?」

「そんなところに少女漫画感はいりません!」

 そんなあ、と落ち込む五十嵐に僕は何て言ったものか、頭を掻いて言葉を選びつつ言う。

「僕もお前も、結局はただの素人なんだし、とりあえずは描きたいやつを描いた方がいいんじゃないのか? 五十嵐は少女漫画を描きたいんだろ」

 それはそうだけどさあ、と五十嵐はどこか乗り気ではない。

「どうしたんだよ」

 様子のおかしい五十嵐に僕が問うと。

「最近少女漫画を読んでいてね、結局、こういう男女の世界を体験しないと、書けないんじゃないかなって思ってさ。私、交際経験ないじゃん? だから描いても非現実感強くて……。その点、この作品は全員にとって非現実だからさ」

 なるほどな。まあ、僕も小説を書いていて思うが、日常系を描くうえで一番気を付けなくてはいけないのが、自己満足の内容になりすぎて現実と描写があまりに乖離している時であろう。

 文化祭の時期とか、席替えの場所とか、そういうご都合主義の舞台装置は置いておいて、設定そのものがあまりに無理があるものだと読者が冷めるのも仕方がないだろう。

 ただ、誰だって経験できるのはたった一つの人生なんだし、ある程度は乖離していても……。

 そこで僕は、はたと気が付く。

「五十嵐さ、短くていいからやっぱり別の漫画を描いてくれよ」

「……お題は?」

「じゃあ、今までで一番幸せだったこと」

「幸せだったこと……か」

「ああ、友達とのことで全然いいぞ。だから自分の人生を一度描いてみてくれよ」

「……ふーん、わかった」

 五十嵐はそういうと、僕からノートを取り、黙々と描きだす。

 僕はその様子を見て、自分の小説も進めねばとノートパソコンを開くのであった。


 数時間後。間もなく完全下校を迎えるというタイミングで、五十嵐は満足そうに大声で言った。

「できた!」

 中を見ると、四頁しかない非常に短い内容だった。

 内容はクリスマスイブに男女二人が遊具の中で手をつないで会話をしているだけであった。

 というか、この間の僕らであった。

「……これが、幸せなこと、なのか?」

 僕がおそるおそる聞くと、五十嵐は今まで見た中でもトップクラスに美しい満面の笑顔で。

「うん! 最高に幸せな一日だったよ!」

 ここから彼女は、僕と彼女のこれまでの日常を短い短編漫画で描くようになる。

 これを世に出すのかと聞くと、これはあくまで趣味用、とのことだ。

 まあ、公開されても恥ずかしいからよかったよ。



将来の夢

小学生

桜井:弁護士

五十嵐:宇宙飛行士


中学生

桜井:無し

五十嵐:漫画家


高校生

桜井;小説家

五十嵐;お嫁さん

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