高校一年生 十月
「むふふー!」
まだ残夏の暑さが残っていたつい先日。多分あと一二週間経ったら急に寒くなるんだろうなと、昨今の四季の無さに柄にもなく心配していたら、想定通り一気に気温が下がった。
そんな不快な気温にも関わらず、満足げな表情で五十嵐 春奈は定期考査の結果を僕――桜井 凛史郎に見せてきた。
十月の定期考査。このテストで悪い点数を取ったら、面倒くさいことになると心配していた五十嵐のために僕は本を読む時間を惜しみつつも勉強を教えた。
一応はこの学校に入ってきているだけあってある程度の基礎はできておりどの教科も思ったよりすぐに理解してくれた。
まあ、うちの学校は進学校に憧れて授業の進む速度は以上に速いのに対して、教師の教える質は全く高くないからな。
周囲の話し声が聞こえてきただけだが、うちの学校の塾通い率は非常に高いだろう。まあ、そうなるだろうな。
一方で、僕もそして彼女も、塾に通うなんていうのは一切現実味のない話であり、こうして自力で何とかするわけでしかないのだが。
そして定期考査の結果。五十嵐は前回の成績よりも大きく順位を上げ、上位三十名に入っていた。
僕は素直に彼女をねぎらう。
「よかったな。これで、親御さんにも褒められるんじゃないか」
言ってすぐに迂闊だったと気が付くが、もう遅い。
「褒められるってことは、ないかな。ちらっと見てそれで終わりだと思うよ」
寂しそうな彼女の表情を見て、僕は強く後悔した。
何て馬鹿なんだろうか。僕は。
何をしても認められない辛さはしっているのに。諦めることの苦しみをわかっているのに。
それなのにどうして、彼女はまだ大丈夫かもなんて思ってしまったのだろうか。
「……すまなかった」
「え? あ! ごめん! そういうつもりじゃないの! ぜんぜん!」
五十嵐は顔の前で両手をブンブンと振って必死に僕を慰めてくれる。
「本当にね! 気にしなくていいから! 褒められたいとかじゃなくて変な点数とって部活辞めろーとか、携帯解約するーとか言われるのが嫌で。だからそれを言われないだけで全然! ほんっっと! ありがとね!」
屈託のない笑顔で言ってくれる五十嵐を見て、僕の胸はまた引き裂かれるような苦しみを訴える。
「それにさ。結局あれだけ頑張ってもこの程度だし。褒められるレベルの点数じゃないよ……っていうのは色々な人を敵に回すかもだけど……。でもでも! ここには私より順位が上の桜井しかいないし……ね?」
内緒にしてね、と両手を合わせてお願いしてくる五十嵐。
そしてこの話は終わりだとばかりに鞄から僕の貸したライトノベルの続きを取り出して、チートデイじゃー! と騒ぐ五十嵐を見て、僕は思わず口にする。
「この程度だなんて! そんなわけあるもんか!」
僕の突然の大声に、持参したクッキーを口にくわえたまま五十嵐は目をぱちくりさせている。
「五十嵐。僕はお前の努力を知っている。学校に来るときも授業中も部活も家に帰っても! 僕はお前の努力を知っている! その努力が実ったのに! 褒められるレベルじゃないだなんて、そんなの!」
僕は息を大きく吐き出す。なんだか目頭が熱くなってきて、彼女の姿がぼやけて見える。
「そんなの! 間違っている! 五十嵐は褒められるべきだ! すごいなって、よくやったなって、頑張ったなって! だって――」
そこで、ふと僕の体が暖かく柔らかいものに包まれる。
そして、その柔らかいものは僕の耳元にささやきかける。
「――ありがとう。そこまで想ってくれて。そこまで怒ってくれて」
ぽんぽんと僕の頭が撫でられる。
僕は――五十嵐 春奈に抱きしめられた僕は、拳を強く、握りしめる。
「だから……ね? 一度深呼吸して?」
その言葉に僕は深呼吸をする。頬に水が流れてきた気がするが、抱きしめられている僕の顔を見ているものはどこにもいない。
「私ね、今、本当にうれしい気持ち。だってね。今まで一人でしていた勉強を一緒にやってくれる人がいて、いつまでも付き合って教えてくれる人がいて、そしていい結果を出せて、それだけで大満足なのに。私のために、感情を出してくれる。桜井が、私のことを想ってくれる」
五十嵐はぎゅっと僕を抱きしめる力を強める。
「今回は、本当に最高に幸せだった。だからさ、本当に気にしてないんだよ。あの人たちに褒められるよりも、桜井によくやったなって言われるほうが、一兆倍嬉しい」
「……そうか」
「……うん」
「よく……よく、頑張ったな」
「うふふ。ありがと!」
お互いに噴き出すようにして笑う。そして、今の現状を恥ずかしく思った僕は、軽く咳ばらいをして離れるように促す。
五十嵐はちぇー、と唇を尖らせながら離れると一転、にやにやとした笑顔になって言った。
「じゃあ今度は、私が桜井を褒めてあげる! 成績見せて見せて!」
「あ! バカ!」
「どれどれー……あれ?」
五十嵐は僕の鞄を勝手に漁って成績表を取り出すと、そこに書かれている数字を見て固まる。
「……もしかして、桜井。私のせいで順位、落ちた?」
そう、そこには大きく第二位という文字が書かれている。
僕としたことが、なんて大失態であろうか。
「ちがうわ。今回はケアレスミスが多かっただけだ。というか受験を考えている僕にとって学校の成績なんて心底どうでもいいから気にするな」
「……そう?」
「そうだ!」
「そうかー」
五十嵐はそういうと、今度は正面から僕の頭を撫でてきていう。
「……じゃあ、慰め会、しよっか?」
「やらん!」
学校成績
桜井;得意教科 数学 苦手教科 地理
→入試主席。学業優秀者として学費を大幅免除。最低限の出費は自身のバイト代から捻出。学内成績よりも学外成績に直結する実力模試の成績次第で翌年度以降の学費の扱いが変わる。成績が落ちれば退学の可能性が高い。
五十嵐:得意教科 日本史 苦手教科 英語
→人当たりの良さと愛嬌で評点と面接がよかったタイプ。英語が壊滅的だが、歴史はなぜか得意。




