第6章:メモリ漏れ
どうしても納得がいかない。
高級な革靴で、吐き散らかされたゲロの踏み溜まりを踏みつけてしまったかのような気分だ。不快で、汚らしくて、臭いがどうしても消えない。
論理的に言えば、勝利したのは私だ。数百万ドル規模の契約書は、私のデスクの上に誇らしげに鎮座している。教授と共に組み上げたプログラムも、完全に完成した。私の地位は盤石で、権力は絶対だ。噛み千切られていた爪の傷ですら、跡形もなく塞がっていた。
それなのに――なぜ後頭部の奥が、こうも不気味に脈打ち続けるのか?
なぜ私の方が、膝をついて敗北したかのような錯覚に囚われているのだ?
豪華なオフィスチェアに背をもたれかけさせながらも、私の視線はモニターの画面から離れなかった。画面の向こう、泥と悪臭に塗れたスラム街の只中に、アイツはまだ存在していた。
ノセス(Noseth)。
無理やり歩かされている死体のような姿だった。やつれた顔、ボロ切れのような服、そして真っ黒に焼けた火傷の跡。奴はまさに『破壊されたもの』の象徴そのものだった。
それなのに奴はまだそこにいて、無駄で無意味な最後の悪あがきを続けている。まるで寄せては返す波だ。どれほど岩で打ちのめそうと、最も苛立たしいやり方で何度でも戻ってくる。
あんな無価値な存在のせいで、なぜ私がここまで己を惨めに感じなければならないのだ?
私はすべてを手に入れた。それなのに私の意識は、雨の中でバカみたいに立ち尽くす『ゴミ』に丸ごと吸い取られている。
アイツは、私のシステムにおけるメモリ漏れだ。存在してはならない小さな領域の漏れ。だがそれが、私の心の平穏をじわじわと侵食し、喰らい尽くしていく。
◇
見ろ、モニター画面には今世紀最高に滑稽な戯曲が映し出されている。
野良犬が一匹、アイツの前で凶暴に吠え立てていた。飢えに狂った赤い目。
ノセスの汚れた手には、カビの生えたパン切れが一つ――今日、奴が野仏にならないための唯一の糧だ。
私なら、あんな汚らわしい畜生はあばら骨が折れるまで蹴り飛ばしていただろう。今すぐ画面の向こうの醜悪な男を蹴り飛ばしてやりたい衝動と同じように。……いや、訂正しよう。私なら最初から、あんな泥深い場所に身を置くことすら絶対に許さない。
「おい、何を躊躇っている?」
マホガニーのデスクを苛立ちまぎれに指で叩きながら、私は呟いた。
「さっさとそのクソ犬を追い払え!」
画面の中で、ノセスが前屈みになった。肩を落とし、身構えるように手を動かす。
私は薄く嘲笑した。そうだ、それでいい。人は己の邪悪な本性から逃れることなどできないのだ。特に腹が減って鳴っている時にはな。私はノセスが牙を剥くところが見たかった。私のように――捕食者になるところが。
だが、私の笑みは一瞬で氷ついた。
あいつは……本当の意味で人間ではなかった。ただのエラープログラムだったのだ。
吐き気を催すほどの惨状を見ろ。
恐ろしいほどあっけなく――胸がむかつくほど惜しげもなく――奴はそのパン切れを、あの雑種犬に差し出したのだ。奴は感謝もしない畜生のために、自分自身を飢えさせようとしている。
あまりにも不憫で、哀れな光景だった。アイツに同情したからではない。奴の自己肯定感の低さが、あまりにも低劣だったからだ。
再び、後頭部の奥が激しく脈打ち始めた。本来なら『ゼロ』を出力するはずのコードが、突然『無限大』を弾き出し始めたのを見たかのような衝撃だった。
なぜ奴は、私の計画通りに粉砕されないのだ?
なぜこのメモリ漏れは、消去しようとすればするほど酷くなっていくのだ!?
「こんなのは許せない……!!」
呟きではなかった。私は叫んでいた。
私の声は防音室の中に虚しく響き渡り、冷たいガラス壁に跳ね返った。
◇
翌日、私は『撒き餌』を送り込んだ。
巨大なトラック――彼らの需要を遥かに超える大きさのトラックが、あのスラム街に到着した。中身は大量の食料、医薬品、そして彼らが見たこともないような贅沢品だ。
地面とも呼べぬぬかるんだ広場に、人々が群がり始めた。誰がこんな狂った施しをしたのかと、互いを押し退け合いながら騒いでいる。
そうだ、私がやったのだ。理由はただ一つ。
私は荒い呼吸を整えながら、再びモニターを凝視した。生存のために群がり、奪い合う人間の姿を見るのは、私の最高の娯楽だった。彼らの強欲さは極めて純粋だ。それはかつての私を思い出さ――いや、私には彼らのような惨めな過去などない。私は特別なのだから。
無意識のうちに、私はまた爪を噛み始めていた。
私の目は一人の男を探していた。ゴミ倉庫を焼き払われ、とっくに餓死寸前になっているはずの男。奴も絶対にやってくるはずだ。犬のように這いつくばり、メシの残飯を奪い合いに来るはずなのだ。
そして案の定、奴は現れた。
ノセスは重い足をひきずりながら姿を現した。身体はフラフラで、風が少し吹くだけで倒れてしまいそうだった。
「……ヒヒッ、ハハハハハ!」
笑いが爆発した。私はマホガニーのデスクを歓喜と共に叩いた。
思った通りだ! いくら『エラープログラム』だろうと、生き残ろうとする原始的な本能からは逃れられない! 私はその瞬間を待っていた――奴が幼い子供や老人を突き飛ばし、弁当箱を奪い取るその瞬間を。奴の『聖潔さ』が崩壊するのを!
だが数秒後、歓喜でデスクを叩いていた私の手は、激怒によってさらに強く叩きつけられることになった。
奴は確かに食料を受け取った。確かに物資を抱え込んだ。
――だが、食べなかった。自分のものにしなかったのだ。
麻痺しかけた足の最後の力を振り絞り、奴は群衆から離れていった。そして倒れかけのボロ小屋へ向かい、歩くこともできない一人暮らしの老人の前へ向かった。
私の目の前で、冷酷なカメラのレンズ越しに、ノセスは私の贈った『恵み』のすべてをその老人に与えたのだ。
すべてを差し出した。空っぽの自分の胃袋のために、米一粒すら残さずに。
◇
何日も何日も、私はこの『学ぼうとしない低劣な人間』の観察に固執し続けていた。
気づけば、己の現実世界を完全に放置していた。スマートフォンは触れられることもなく放置され、何度も何度も震えていたが無視した。私の関心はただ一つ、ノセスだけだった。
奴は相変わらずだった。無言で、不平も漏らさず、それが聖なる義務であるかのようにスラム街の人々を助け続けていた。そして奴が手を差し伸べるたび、私の首筋は冷たく固まっていった。耐えがたいほどの激痛。
そしてある瞬間、すべてが変わった。
私は押し寄せる疲労感を払いのけようと、ストレッチのためにほんの数秒だけ顔を背けた。
だが、再びモニターへ視線を戻した瞬間――私の心臓は跳ね上がるのをやめた。
ノセスが、顔を上げたのだ。
奴は隠しカメラのレンズを、まっすぐに見つめていた。私を見つめていた。
その瞳には怒りも、復讐心もなかった。あれは――あわれみ(同情)の目だった。まるで金色の籠の中に閉じ込められた、惨めな生き物を見るかのような目。
その視線による侮辱を脳が理解しようと格闘していたまさにその時――ガシャーン!!
私の部屋のドアが、乱暴に蹴破られた。
顔を真っ赤にし、肩で息をする中年の男がそこに立っていた。
「おい貴様!! どこに行っていた!? なぜ私の電話に出ない!!」
「え、あ……教授? どうされたのですか? 今はまだ休日のはずでは……」
私は動揺しながら、ノセスの顔が映るモニターを隠そうと言葉を詰まらせた。
「休日のわけがあるか!! 今すぐニュースを見ろ!!」
教授は狂乱しながらリモコンを奪い取り、壁の大型テレビを点けた。
画面には報道特報が映し出されていた。
国際的な大手IT企業が、完全な倒産の危機に瀕しているというニュースだった。彼らの基幹セキュリティシステムに甚大な不具合が発生し、制御不能なデータ流出が発生。ライバル企業によって機密データがことごとくハッキングされ、剥ぎ取られたのだという。
その企業とは……私と数百万ドルの契約を交わしたばかりの、あの企業だった。
「私は知らんぞ! 今すぐ原因を突き止めて修正しろ! さもなければ我々は終わりだ!!」
教授は叫び散らすと、部屋のドアを破壊せんばかりの勢いで叩きつけて去っていった。
私は作業デスクの前で硬直した。冷や汗が背中を滑り落ちていく。
「な……そんな……あのプログラムは……」
手が猛烈に震えていた。そうだ。私には理由が痛いほど分かっていた。
あれは……アイツのプログラムだったのだ。私が力ずくで奪い取り、表面的に完成しているように見せるため、わずかに『改良』を加えただけのプログラム。
信じられなかった。私が苦心して築き上げた世界が、一瞬にして崩れ去っていく。
視界が歪んだ。私はよろめきながら後退し、背中が冷たい壁にぶつかった。終わりだ。私は皮膚をコピーし、外殻を奪っただけに過ぎなかったのだ。ノセスがコードの中に吹き込んだ『命』の核心を、私は一度たりとも理解してなどいなかった。翼を盗みながら、飛ぶ術を知らなかったのだ。
今やそのシステムは、内側から自壊を起こしている。ブラックホールのように自らを呑み込みながら。
足から力が抜け、襲いかかる現実の重みに耐えきれなくなった。私は冷たい床の上にへたり込んだ。呼吸が浅く、喉が絞まる。
震える手で顔を覆いながら、私の視線は再び自分の指先へと向かった。
世界が止まった。
私の爪が……再び、無惨に砕け散っていた。
亀裂が走り、裂け、生々しい滑血が滲み出て指先を濡らしていく。あの痛みが戻ってきた。すべてが始まる前よりも、遥かに激しい激痛となって。まるで私の肉体というシステムまでもが、盗んだプログラムと共に異常終了を起こしているかのように。
「あ……」
声にもならなかった。地下牢のように冷え切った部屋の静寂に、か弱く消えていった。
私はどうすればいい?
私は最後の力を振り絞り、モニター画面を見上げた。
画面の向こうでは、ノセスが雨の中でまだ佇んでいた。狂気じみた善意を胸に、静かに立ち続けている。
そして金色の玉座の上にいる私は――自らの血の溜まりの中で、ゆっくりと沈んでいくのだった。




