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BHR タガル  作者: ドスコイK
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第5話 再現

これまでの概念を覆すものだった。


「昔はこんなものがあったんだって! かなり古いタンスから出てきた時、私びっくりしちゃって。」


柿さんは楽しそうにそう言いながら、カバンの中から取り出した布を両手で広げた。


最初は服だとすら思わなかった。


小さい。


複雑。


柔らかそうな生地なのに、妙に立体感がある。


左右対称で、どこか人の体を想定しているように見えるのに、今の服とは考え方そのものが違う。


私は思わず身を乗り出した。


「これ……どこに着るものなんですか?」


「たぶんだけど、こうです。」


柿さんは少し笑いながらジェスチャーで説明をして、


「私も最初、何これ?ってなって。」


「説明書とかは?」


「無し。曽祖母の遺品だったから。」


曽祖母。


そんな昔から残っていた服。


私は自然と質問を重ねていた。

素材・重さ・伸縮性・洗濯方法・着用時の感覚・締め付け・支え・見た目の変化。

柿さんは知る限りの事を答えてくれた。


途中から自分でも驚くくらい夢中になっていた。


服としての合理性は低い。


なのに。

なぜか完成されている。


何より気になるのは。


これを着けた時の柿さんが、私の目で追っていた柿さんだったのだ。


気づけば質問は服そのものから離れていた。


「着た時って、どんな感じなんですか?」


柿さんは少し考えた。


「快適とは違うかな。」


「違う?」


「うーん……。」


少し困ったように笑う。


「整う感じ?」


「安心する感じ?」


「でも楽って感じじゃない。そりゃ天下ウニクロス様のVトップに叶う服なんて無いよ!

でも、不思議な事にこれって、



閉められて完成するの。」



そりゃそうだろう体にフィットしなければずり落ちて使えない。

「そうですね、ある程度固定されないと服として機能しないし。」


「と、思ってた。」

柿さんが不意にニヤリとする顔か変わった。


「思ってた?」


「でも完成はその先、いえ、閉められてる時も完成なんだけど、2段階あると言うか、は、は、恥ずかしいんだけど。」


私は黙る。


「外された時も、完成度を感じる、、、と言うか。

付けてみないとわかんないよっ!!」


柿さんは最後だけ急に早口になった。


さっきまで楽しそうに説明していたのに、急に恥ずかしくなったみたいだった。


少しだけ頬が赤い。


私はそんな反応ごと、不思議な服の一部なんじゃないかと思いそのまま話し込んでしまう。




どれくらい経っただろう。


ふと時計を見る。


針は一周していた。


机にはいつの間にか2人分のコーヒーが置かれている。


視線を向ける。


タガルさんが少し離れた場所に座っていた。


目が合う。


怒っているかと思った。


違った。


なぜか少し顔が赤かった。


「あっ、ご、ごめんなさい! 私達ずっと……!」


タガルさんは少し笑い首を軽く左右に振って自分のコーヒーを飲みながら


「いや、大丈夫。」


少し間を置く。


「楽しそうだったし。」


私と柿さんは2人で目があって、フフフとほのかに笑った。


「星さん!せっかく入れてもらったからコーヒー、頂いちゃおっか?」


「そうですね!」

そんな細やかな配慮の出来るタガルさんに好印象を抱きながらコーヒーカップに手が伸びた。


帰り道。


私の頭の中にはあの服しか残っていなかった。


翌日、気合を入れてラボに入る。


やることは一つだった。


作る、再現してやる!


古い文献を読み服飾資料を広げていると次第に興味を持った部下が一人また一人と増えていく。

私の見た断片的な画像とイメージを持って実物を思い出しながら部下のみんなと議論し構造予測していく。何度も修正して約一ヶ月後。


とうとう試作品が1つだけ完成した!


ほんとは持ち帰りはダメだからカバンに詰め込んでそそくさと家に帰る。


私はシャワーを浴び、静かに試作品を身につけた。

生地は最高品質。

フレームも自分に合わせて設計した。


快適性だけなら、間違いなくVトップの方が上だった。

締め付けも少ないし軽い、その上温度調整も優秀。

テクノロジーで比べれば勝負にならないのは火を見るよりも明らか。


なのに、鏡の前に立った瞬間、私は少しだけ動けなくなった。


変わったわけじゃない。

誰かになったわけでもない。

むしろ見た目だけなら、昨日の私よりも働きすぎた今日の私の方がやつれて見える。


それなのに、なぜか違って見えた。


少しだけ呼吸が浅い。

少しだけ肩が後ろにある。

背筋を伸ばそうとしていないのに、伸びている。


理由はわからない。


でも、変化だけは確かにあった。


私はしばらく鏡を見ていた。


それから、不意に言葉が口をついて出た。


「快適だけが正解じゃない?・・・のかも。」


私は小さく鼻歌を歌いながら、その着心地を確かめるように布団へ潜り込んだ。


「あら?これは寝る時も着るものなのかしら?」

まぁモノは試し。長時間耐久試験と思って疲れを抱いたままベッドに吸い込まれる。





翌朝アラームの音で目を覚ます。

いつもの服ではない為か少し窮屈だったので外そうと

背中へ手を伸ばす。


「あれっ?」




・・・・届かない。


もう一度。


届かない。


嫌な予感がした。


指先に触れる。


動かない。


ロックされている。


「あっ。」


私は静かな部屋で理解する。


あまりにも忠実に作りすぎた自分を、少しだけ呪った。


その時、不意に柿さんが言っていた言葉を思い出した。

「私達の世代にはこれを解除する技術がないの。」


いや。


一人だけ知っている。


そしてその瞬間、私はようやく理解した。


どうして柿さんが、あの場所にいたのかを。


頭に浮かぶゆるいパーマ。

使い込まれた工具箱。


新緑の爽やかさの照れ笑い。


「鍵屋さん。・・・司鍵店!!」


そこでふと私は壁を見やる。


時計はいつもの出社時間を過ぎていた!


「……やばーーーい!!!」


今日会議なのに!!


その安易な実験と油断が。


社長の目に留まり。


そして社長の最後の言葉を聞くきっかけになるなんて。


その時の私は、まだ知らなかったのだった。

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