第4話 文化
鉄粉が煌めくゴムマットの敷かれた机。
その上に無造作に置かれたコンビニ袋から、店員さんが消毒液を取り出して封を切る。
「タガルさん? 前回よりかなり安いんだけど、これ間違ってない?」
柿さんが領収書を見ながら首を傾げた。
「お姉さん、すいません。ケガした足、失礼しますね。」
タガルさんは私を椅子に座らして傷の手当てを優先しながら返事をする。
「あのー、それ払います。」
「いや、いいですよ。もともと切らしてたし。」
手早く消毒する。
「あ、柿さんもう馴染みのお客さんだからそんなに取れないよ。大した事してないし。」
矢継ぎ早に二人分返事をした。
柿さんはその彼の言葉をすぐに否定する。
「大した技術だよ! どこ探してもタガルさんみたいな人いないもん!」
タガルさんと呼ばれた店員さんは少し照れたように笑った。
「ありがとね柿さん。」
少し間。
「もう廃れていくだけの古い技術だけど、そう言ってもらえると、少しだけ続けようと思えるよ。」
……カギ?
カギの話をしてるんだよね?
専門じゃないけど、歴史は知ってる。
鍵の技術は進歩し続けた。
今や物理キーは存在自体が珍しい骨董品。
鍵といえば顔認証。
声。
虹彩認証。
確かに鍵店の需要は著しく低いよね。
服だって同じだった。
私は会社の話くらいしか例えられないけど。
締め付けない。
ずれない。
着けていることを忘れる。
人類は“快適”を追求した。
その果てに生まれたのが。
我が社の主力商品。
統合装衣 Vトップ。
一枚で支える。
一枚で整う。
一枚で完結する。
世界は歓迎した。
少なくとも私はそう思っていた。
シルエット的に見ても、柿さんもVトップ愛用者なんだろう。
……ん?
前に見た時、こんなシルエットだったっけ?
タガルさんが独り言みたいに言う。
「留め具。」
「結束。」
「解除。」
少し笑う。
「そういう文化は、もう日の目を見ることないんだろうな。」
タガルさんは手当てを終えて散らばってた工具を片付けはじめる。
「その時代の取りこぼしを仕事にしてる俺も潮時なんだけど。」
少し笑う。
「……ハハハ。」
柿さんは少し口を尖らせる。
「だからもっと貰って欲しいのに。」
私は引っかかった。
……?
柿さんは何の鍵を開けてもらったんだろう。
タガルさんが梱包された滅菌ガーゼと書かれたパックを私に手渡してくる。
「あ、これ良かったら使ってください。応急処置ですが、これで家までは大丈夫だと思います。」
それから急に慌てる。
「あっ、お客さんでしたっけ? あの、決して変な店じゃないんです。」
(先に言うんだ……)
私は聞いた。
「鍵屋なんですよね?」
タガルさんは一瞬止まった。
少しギクリとした顔で返事する。
「……半分は。」
柿さんが笑う。
「え〜? カギなんて最近依頼無いって言ってなかった?」
私はなぜかモヤモヤして堪らず聞いてしまう。
「お二人って、どういう関係なんですか?」
タガルさんは普通に振り返る。
「え?客と店員ですよね?」
柿さんを見る。
柿さんは私をちらっと見る。
「へ〜〜。……星さん。」
少し笑う。
「大丈夫。」
「客と店員だよっ。」
急に少し恥ずかしくなる。
耳が熱い。
柿さんは続けた。
「この人は困ってる人のカイジョの仕事してる真面目な人だよ。」
「……カイジョ?」
何の介助?
何でも屋さん?
タガルさんは照れ笑いする。
「ただ外してるだけだよ。」
指を折る。
「鍵。」
「固定具。」
「留め具。」
「噛んだファスナー。」
「抜けない指輪。」
「開かない物置。」
「建て替えの時に見つかった古い金庫。」
少し止まる。
「昔の服。」
「えっ!? 昔の服?」
思わず仕事柄聞き返した。
柿さんは、なぜか自分の背中をさすった。
それから私を見る。
「星さん。」
少し声を落とす。
「これ、秘密なんですけど。」
近づきカバンを開く。
同時に、なぜかタガルさんは少し恥ずかしそうに反対側を向いた。
中に入っていたのは。
変わった布だった。
小さい。
見たことない。
服……なのか?
私は少しだけ息を止めた。
柿さんがイタズラそうに笑う。
「これ。」
少し首を傾げる私にこう聞いてきた。
「何に見えます?」




