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BHR タガル  作者: ドスコイK
19/22

第18話 葉寿司

昨日まで話していた。

昨日まで笑っていた。

はずなのに。




数日後。

しめやかに行われる葬儀、

沢山の著名人の黒い服。


世界がモノクロになったかのような白い花。


静かな読経。

増見も、

副社長も、

もうあの笑顔を二度と見ることが叶わない。完成間近なのに、せめて亡くなる前に完成させたかった。

悔しさが込み上げる

「あの時もっと早く立ち直れてたら。」

ギュッと握った拳の爪が自分自身に突き刺さる。



社長は多くの人に見送られて旅立っていった。

葬儀が終わっても。

星の頭から離れない言葉があった。


葉寿司に会ってくれ。


一体誰なんだろう。

どうして私に。そんな事を言ったんだろう。




数日後。


星は一人で墓前を訪れた。

花を供える。

静かに手を合わせる。


「社長。」


「企画、また少しだけ前に進みました。」


風が優しく吹く。


「でも。」


「葉寿司って、一体、何なんですか?」


答えは返ってこない。


墓石の前には、ただ静かな時間だけが流れていた。


星はもう一度手を合わせ、ゆっくりと立ち上がる。


その時だった。


耳元の通信端末が小さく震えた。


「部長!」


研究員の一人だった。


「どうしました?」


「今、お時間ありますか?」


「はい。」


通信の向こうで、少しだけ間が空く。


「僕たち、タガルさんのデータをもう一度みんなで解析したんです。」


「うん。」


「構造は、おそらく99.9%再現できました!」


星の表情がわずかに明るくなる。


「本当ですか!?」


「はい。でも……。」


その一言で、星の胸が少し沈む。


「やっぱり最後だけ、どうしても再現できません。」


「私も何度見ても分からなくて。」


「数値は合ってるんです。」


「角度も。」


「材質も。」


「解除補助の機構も。」


「でも、他人が外そうとすると、どうしても引っかかる。成功確率12.6%以下です。」


星は墓石の前で端末を握りしめた。


「剛性でしょうか。それとも接続部の遊び?指幅の想定値?保持力?」

ありとあらゆる知識の引き出しを開き切った後、通信の向こうで、研究員が少し笑った。


「部長。」


「はい?」


「本当に足りないのは、部品だと思いますか?」


星は言葉を止めた。


「……え?」


「僕たちは、この企画。部長と一からやってきました。」


「だから分かるんです。」


「最後に何が足りないのか。」


「わかるんですか!?」


星は思わず声を上げた。


「教えてください!どこの数値を直せば――」


「部長。」


静かな声だった。


「部長も、本当は分かってるでしょ。」


星は息をのむ。


風が止まったように感じた。


タガルの声が、記憶の奥からよみがえる。


『だが、俺は外し屋だ。』

『作る以上、いざって時に外せなきゃ意味がねぇ。』

そして、閉じた店の貼り紙。


『恨むなら、俺だけでいい。』


星はゆるいパーマの彼の顔を思い出して涙が溢れ空を見上げる。


「足りないのは……。」


喉が震える。


「タガルさん………?」


通信の向こうで、誰かが小さく笑った。


「正解です。」


星は何も言えなかった。


「部長。」


「僕らは、部長が望めば手伝います。」


「でも、迎えに行けるのは部長だけです。」


端末に、一件のデータが転送される。


現在勤務先。


見慣れない建設会社の名前。


地図。


星は画面を見つめた。


「どうして、これを……。」


「最後の納品に来たあの日、部長が心から望むなら、もう一度壁に立ち向かってくれると言って連絡先を教えてくれました。」


「部長がやるなら、僕らも巻き込まれるって言われてますから。」


研究員は少しだけ声を落とした。


「それと。」


「増見統括から伝言です。」


「統括から?」


「タガルさんは、あの日。」


「デジタル小切手を目の前でイレイズしたそうです。初めてでビックリしたって。」


星の指が止まる。


「一円も、受け取らなかった?」


胸の奥が熱くなる。

やっぱり。

全部、自分を守るためだった。


会社も。

増見も。

自分さえも。


誰も責めなくていいように、全部を背負って消えた。


「部長。」


通信の向こうの声は優しかった。


「最後の歯車を迎えに行ってください。」


星は端末を握りしめた。


「……はい。」


小さく、でもはっきりと頷く。


「行ってきます。」


通信が切れる。


星は墓石へ向き直った。


「社長。」


「タガルさんに、会ってきます。」


そう言って、走り出した。




工事現場は、思っていたよりも騒がしかった。


鉄骨を打つ音。


重機の低い唸り。


作業員たちの声。


星は息を切らしながら、フェンスの前で立ち止まる。


「おいコラ!」


現場監督の怒鳴り声が響いた。


「ハズシ!」


星の心臓が跳ねた。


「モタモタすんなよ!」


「次の資材だ!」


ハズシ。


社長の言っていた、葉寿司。


今はそんなことを考えている場合じゃない。

そう思った。

でも。

足が止まる。


どうしても気になる。


星はフェンス越しに、声のした方を見た。

ヘルメットに作業服、資材を運ぶ背中に汗で濡れた首筋。


少し日に焼けた横顔に少し長い髪。

その男が、ゆっくりと振り向いた。


星は息を忘れた。


「……え。」


声が震える。


「タガル……さん?」


工事現場の喧騒の中で。


二人の視線が、ようやく重なった。

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