第17話 時を刻む者
増見統括が企画書を閉じる。
静かに深呼吸を一つしたあと、星へ視線を向けた。
「明手部長。」
「はい。」
「この企画は、あなたのサインを持って、条件付きで再審査とします。」
一瞬、誰も理解できなかった。
「……え?」
星が思わず聞き返す。
増見は続ける。
「社会的課題への対応。」
「運用ルール。」
「医療・介護・救助分野での検証。」
「コンプライアンス。」
「そのすべてを満たした企画書を、改めて提出してください。」
「その時は。」
少しだけ微笑む。
「私も、この企画を守る側に回ります。」
その瞬間だった。
「「「やったぁぁぁぁ!!!」」」
研究室中が歓声に包まれる。
誰かがガッツポーズをし、
誰かが飛び跳ね、
女性研究員たちは手を取り合って喜んでいる。
星だけは、その場に立ったままだった。
涙が止まらない。
「みんな……。」
「ありがとうございます……。」
部下たちは笑う。
「まだ早いですよ部長!」
「ここからです!」
「また徹夜ですね!」
「ブラック研究室復活!」
「いや、それはやめよう!」
笑いが起こる。
久しぶりだった。
研究室に、こんな笑顔が戻ったのは。
その日の夕方だった。
秘書AIが静かに告げる。
「星さん。」
「社長がお呼びです。」
星は首を傾げた。
「今から?」
「はい。」
社長室。
夕日が大きな窓を赤く染めていた。
社長は窓際に立ち、街を眺めている。
どこか疲れた背中だった。
「失礼します。」
「来たか。」
社長はゆっくり振り返る。
「企画の話は聞いた。おや?泣いていたのかい?」
「いえ……申し訳ありません。」
目尻に涙のあとがあったのだろうか、腕の服の裾で目を擦ると耳にかけた端末が腕時計投写のジェスチャーと間違えた様で青白い光が服に浮かみあがる。
「謝る必要はない。こちらこそあまり助力できなくて申し訳ないと思っていた所だよ。」
社長は写された映像の腕時計を見ながら笑った。
「今は便利な時代だけど、ここに来るまでに何度も何度も先人たちの苦労があって、苦悩があった。」
少し沈黙が流れる。
「君の返事を待っていたよ。」
世界的大企業へと成長した、その会社の本社ビル。
最上階の一室で、非公式の話し合いが行われていた。
「……。」
「まだ悩んでいるね。答えが出せないなら、もう少し待とうか。」
「……すいません。」
窓の外を眺めながら、社長が静かに口を開く。
「Vトップが発売されて、明日で200年になる。」
「・・・。」
こくりと頷く。
「私の先祖が作り出した、画期的で合理的なそれは世界を変えた。
父が事業を拡大し、私の代で、ついに発展途上国を含む世界唯一無二のグローバルスタンダードになった。」
部屋には二人しかいない。
私は終始無言だった。
だが、その喉がゴクッと小さく鳴る。
言葉の重さに圧倒されているのだ。
「全てのものが自動化された今、手動操作の製品など絶滅危惧種と言ってもいい。」
男はそこで初めて振り返る。
「だからこそ、次期社長は君に継がせるべきだと、私は思っている。」
「手動の良さを知り更に新しいものを作る礎が出来る。温故知新ってやつだ。」
気まずくなる。タガルさんとは決別してしまった。社長の顔に泥を塗る形だったかもしれない。
社長が口を開いた
「葉寿司に会ってくれ。」
翌朝。
会社中に緊急通知が流れる。
『代表取締役社長 逝去』
星は画面を見たまま動けなかった。




