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BHR タガル  作者: ドスコイK
12/22

第11話 復活の狼煙

研究室の空気は、さっきまでとは少し違っていた。


窓はエレクトロブラインドのおかげで白く曇り、外の景色はぼんやりとした光の塊になっている。静かな部屋の中で聞こえるのは空調の低い音と、机の上に置かれた解析端末が時折鳴らす電子音だけだった。


私はさっきまで着ていた試作品をそっと机へ置く。


ほんの数分前まで「絶対に外れない」と思っていた服が、今では何事もなかったようにそこへ横たわっている。


その姿を見るたび、胸の奥が少しざわついた。


やっぱり。


あの人は凄い。


タガルさんは椅子を引いて適当に腰掛けると、机の上に無造作に置かれた資料をぱらぱらと眺め始めた。興味があるのか無いのか、その表情だけではまるで分からない。


私は意を決したように資料を抱きかかえ、その向かいへ座る。


「……お願いがあります。」


タガルさんは資料から目を離さない。


「うん。その為に来たんだ。」


私は大きく息を吸った。


「私、この服を復活させたいんです。」


そう言って試作品へ手を伸ばす。


「昔はみんなが着けていた服なんです。」


タガルさんは資料を閉じる。


「半分は着けてないよ。」


「……。」


思わず笑ってしまう。


「そ、そうですね。」


少し照れながら咳払いをした。


「でも、それでもやっぱりVトップには無い魅力があると思うんです。」


研究者として何年も古い資料を読み漁ってきた。

性能だけなら負けている。

快適性も劣る。

生産性も悪い。

合理性なんて比べるまでもない。


それでも。


どうしても、この服だけが持っていた何かがある。

私はそれを知りたかった。


タガルさんは試作品を指先で軽く持ち上げ、裏返したり表に戻したりしながらしばらく黙っていた。


「つまり。」


私を見る。


「復活させろ、と。」


私は力強く頷いた。


「はい!」


少しだけ笑う。


「無理だな。」


「……えっ?なんで、」


あまりにも即答だった。


思わず聞き返してしまう。


「明手さんの言う通り、天下のウニクロス様が作れば売れるかもしれない。」


少し間を置く。


「でも、それと復活は別。」


私は黙る。


タガルさんは試作品を机へ戻した。


「まず。」


一本指を立てる。


「同じ機構のままだと、今の人には外せない。」


胸が少し痛む。


昨日までの自分が、その証明だった。


「うっ……。」


それでも諦めきれない。この人をもう少しここにとどまらせる為に社長のようにコーヒーを淹れながら反論を考える。


「そ、それなら簡単に外れる仕組みを考えれば……。」


タガルさんは首を横に振る。


「簡単に外れるなら、本来の役目を果たせないかもしれない。」


なるほど。


思わず俯く。


「……ごもっともです。」


「次。」


二本目の指。


「この服を反対している人達を納得させる必要がある。」


私は顔を上げた。


「えっ!?そんな人達まだいるんですか?」


タガルさんは少しだけ笑った。


「もう少し歴史を勉強した方がいいよ。」


「……努力します。」


返事をすると、自分でも少し情けなくなって笑ってしまう。


資料ばかり読んできたつもりだった。


でも読めていなかったものが、まだたくさんある。


タガルさんは最後に三本目の指を立てた。


「最後。」


私は自然と前のめりになる。


「安定性を保ちながら外せる物が出来たとして。」


「うん。」


「それを外す技術も使う人が会得したとして。」


「うんうん。」


タガルさんは少し言いづらそうに頭を掻いた。


「この服に、本当に向き合うべきなのは、着ている人だけかな?」


「えっ?」


私は首を傾げた。


けれど、その意味を理解するまで一秒も掛からなかった。


「あっ……。」


急に顔が熱くなる。


タガルさんも珍しく少し照れたように目を逸らした。


「じいちゃんがよく言ってた。」


少し間を置く。


「いざって時に外せない男は。」


肩をすくめる。


「その場で人生終わるぞ、って。」


私は思わず吹き出した。


「な、何ですかその迷言…。」

思わず差し出したコーヒーを溢しそうになるが、タガルさんの目の前に置くことができた。


「知らない。」


タガルさんも笑う。


「でも、じいちゃんは本気だった。」


その一言だけは、不思議と冗談に聞こえなかった。


私は机の上の試作品へ視線を落とす。


これは服じゃない。


これは技術なんだ。


誰かが長い時間を掛けて積み上げ、誰かの人生のたった一瞬のために磨き続けた技術。


静かな研究室で、その事実だけが胸の奥へゆっくりと沈んでいく。


タガルさんは椅子から立ち上がると、試作品を私の方へ軽く滑らせた。


「で。」


少し笑いまた座ってコーヒーカップに手をかけてくれた。


「ここまで聞いて。」


私を見る。


「それでも復活させたい?」


私は試作品を両手で抱きしめる。


答えは、最初から決まっていた。


「はい。」

即答する私。


その返事を聞いたタガルさんは、少しだけ嬉しそうに笑った。何も言わず、ようやくコーヒーカップへ手を伸ばす。


一口。


「……うまい。」


その一言だけだった。


私は少しだけ肩の力が抜けた。


さっきまで断られるかもしれないと思っていた相手が、まだここに座っている。


それだけで十分だった。


コーヒーから静かに立ち上る湯気が、白い研究室の中をゆっくりと漂っていく。


細く頼りないその一本の煙は、やがて天井へ向かって真っすぐに伸びていった。


まるで、百年以上の時を超え、誰にも気づかれないまま消えかけていた技術が、もう一度この世界に姿を現そうとしているかのように。


復活の狼煙は、静かに上がった。

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