第9話 第九
会社を出る時、秘書AIに目的地を聞かれた。
普段なら何も思わない質問。今の時代、移動というものは大抵目的と紐付いている。
誰に会うのか、何分滞在するのか、移動効率はどうか、全部勝手に整理される。便利だし、もう慣れた。
だからこそ今日は少し困った。
理由が無かった。
会議でもない。
仕事でもない。
ただ、行こうと思った。
それだけだった。
記録しますか。
閉じる。
滞在時間を予測しますか。
閉じる。
「もう社長じゃないんだ、秘書AIももっとフランクに話してくれてもいいんだよ。」
『ハハハ 珍しいですね。』
そうか、珍しいのか。それは この会話内容がか?それとも目的の無い事なのか?
人を見る目には自信があった。だがAIとなると人としての空気を感じる事が出来ない。
ゆえに距離や意図が掴めない。こんな苦悩が時代の発展と共に来るなど誰が予想できるのだろうか?
車を走らせる。
窓の外を流れる景色は昔よりずっと綺麗だった。汚れていない訳じゃない。汚れ方まで管理されているだけだ。
会社から十五分ほど離れた場所に、空が広い区画がある。
広いと言っても自然じゃない。残された場所だ。
墓地の横に小さな公園がある。
滑り台、砂場、ベンチ。
昼なのに誰もいない。
砂場の縁を猫が歩いていた。
器用に落ちそうで落ちない場所を選んでいる。
社長は少し眺めた。
自由そうに見える。
でも案外、足元は見ている。
そんな生き物だった。
入口の供給端末で飲み物でも買おうかと思い
おすすめを全部閉じた。そのあと少し迷って検索
『大学の頃、誰かがよく飲んでいた甘い炭酸』
候補なし。あるわけが無いそんな曖昧な検索。
気持ちを読み取ってか代替生成を提案され
「たのむよ。」と返事する。
出てきた缶を飲んでみると想像よりも甘い、それに炭酸が規制されて表現されていなかった。
なんとなく似ているのかも?いや、そもそも昔の味を忘れただけか。飲み物としては悪くない。
でも違う。
社長は笑った。
再現はできる。
だが決して同じにはならない。
缶を持ったまま奥へ進む。
何年も足を運んでいないにもかかわらず迷わず一直線に。そこにある名前は戒名では無く実名だった。
葉寿司 解。
「トクちゃん。久しぶり。」
墓石を見る。
何十年経っても、顔より先に声が浮かぶ。
しゃがみ込み缶を置く。
手は合わせなかった。彼に対して何をすれば正しいか分からない。
だから結局、話しかける。
「トクちゃんの孫に会ったよ。ついつい名前で呼んでしまうな。明手君にフルネーム言ったっけか?」
風が吹き葉が鳴る。
返事はもちろんない。
「・・・お前に似て生意気な奴だった。」
少し考える。
違う。
笑う。
「でも、真面目な奴だった。」
空を見る。
そこで昔を思い出した。
それは十八歳の頃の大学の記憶。
解は変だった。
授業は出るがほとんど寝てる。
単位は取る、研究もするが全部適当だった。
仲良くなった共通点は女が好きだったって事かな。
でもアイツが一番好きだったのは、誰も気づいてない物を見つける事だった。
昼休み。
中庭には猫が寝ていた。
解が言った。
「なぁ。」
「んぁ?」
パンをかじる。
「歴史に埋もれた未開のものって良くない?」
社長は適当に返す。
「遺跡か?」
解は笑う。
「違う違う。」
空を見る。
「開かずの何とかってやつ。」
意味が分からなかった。
解は続ける。
「金庫か?壊せば開く。」
「それだけじゃない。ま、いいや、そういうの開けられる奴ってメチャ格好良くね?」
社長は笑った。
「鍵屋って事か?」
解は少し苦い笑いをした後
「それもいいな。」
って言った。まるでお前にはまだわからねーよって顔で何かしらの冗談を口にする
「世界で一番、解除が上手い人、人類解放計画の先駆者だ!」
その頃、自分は服の事ばかり考えていた。
家の事。
会社の事。
未来の事。
解の事なんで何一つわかっていない私は勝手に服の事なのかなと思った。
解はその後、変な人気が出た。
本人は変わらない。
なのに、一緒にいた人だけ少し変わる。
楽そうになる。
笑う。
理由を聞いても皆曖昧だった。
わたしは観察した。
だが
結局分からなかった。
帰り道、聞いたことがあった。
「何したんだ?」
解は缶を飲む。
空を見る。
笑う。
「束縛から解放される瞬間って良いよな。」
社長は頷いた。
たぶんその時も服の話だと思った。
もうすぐ就職活動が始まる時期が近い。スーツと呼ばれる服は堅苦しくて好きでは無かったが、家に帰って脱ぎ散らかした時の開放感。
まぁわからんでも無い。
解は続けた。
「解放とは平坦な人生の、スパイスなんだぜ。」
意味が分からなかった。
今も、少し前までは
遠くから音が聞こえた。
誰かが流している古いクラシック、年末に流れるあの曲だ、聞き覚えがある。
解が昔、好きだと言っていた曲だった。
理由を聞いた。
解は笑って、
「知らん。」
そう言った。
「でも終わる頃には全部許せそうじゃん。」
墓を見る。
そこで。
急に分かった。
解は服の話なんてしていなかった。
開けたかったのは服じゃない。
人だった。
我慢だった。
思い込みだった。
人生だった。
目の前で話しながら笑いかけてくる亡霊につられて私はあの時のアイツの苦笑いそっくりに笑った。
その時、頬に何か落ちた。
雨じゃない。
指で触る。
濡れていた。
また少し笑って空を見る。
「……参ったな。」
墓を見る。
笑う。
「今さら解るのかよ。」
静かだった。缶を持って立ち上がる。
振り返らない。
小さく言う。
「今度、トクちゃんの孫連れてくる。」
少し考える。
笑う。
「今度こそ教えろよ。人類解放計画。」




