第16話 準備学校と少女
準備学校の教員棟に着いた俺は、さっそく中に入り教員達と挨拶を交わす。
昨日は入学式でダンカンや主な教員、や出資者や施設関係者の顔見せと挨拶。クラス分け。
本日の午前は個人の能力判定と施設案内等を行い、午後は早速座学を行う。
俺も施設案内に行くとするか。
俺は基本的に常職ではないが、実技と実地研修は特別講師と言う立場で、座学も人が居なければ手伝う。
受け持ちのAクラスの教室に入ると――――
静まり返った。全員が俺を見ているが、息一つ聞こえない。
お前ら、息、してるか?
これ久々だが、昔のギルドより酷くないか?あ、女の子が2人倒れたぞ。
そこ!隅の君!漏らしたろ!…………放置出来んから対処するか……
無音の室内を歩き、気絶した2人に其々【治癒】を掛けて復活させる。
お漏らしの子の足元に時空術からタオルを出して敷き、本人も下半身をタオルで巻いて女子トイレに連れて行き、予備の服と下着を渡して着替えさせた。
着替えて、泣きながら出て来た子に【治癒】で平静に戻してから教室に一緒に戻る。
敷いたタオルをゴミ箱に捨て、新しいのを敷かせた。
まだ室内は―――固まっていた。
〈パァン!!〉と手を叩いて奴等の時間を動かす!まったく。
「俺はメルツェリン・ニルヴァーナだ。ここでは貴族だ爵位だは関係無い。冒険者の先輩として、講師・出資者としてお前達に叩き込む。いいな!」
「「「「「「「「「「はい!」」」」」」」」」」
「よし。今から施設案内に出る。着いて来い、遅れるな」
「よし、廊下を見ろ。教室が並んでいるが、この2階が座学や連絡を行う基本の部屋だ。3階も同じ作りだが予備だから今は使ってない。気になる奴は暇な時にでも見に行け。下に降りるぞ」
階段を下って1階の廊下を歩く。
「此処は図書室だ。入るぞ」
全員入ったのを確認して話を続ける。
「いいか!此処は調べ物をしたり勉強をする場所だ!静かに利用しろ!基本この部屋からの持ち出しは認めてないが、どうしてもと言う場合はカウンターの女性に許可を貰え。基本的に冒険者として必要な本は揃っている」
次は隣の部屋に移動する。
ここは武器、防具等の保管庫になっている。
「いいか?見ての通り保管庫だ。勝手な持ち出しは禁止だぞ。剣術指導や訓練、実地研修の時の貸し出し用だ。壊すなとまでは言わないが、なるべくな。本物の戦闘でも剣や防具を大事にしないと命取りだし、金も直ぐになくなるぞ!好きな得物を手に取っていいぞ。次のクラスも来るから5分だ」
其々が思い思いの武器や防具を手に話ている。嬉しそうな顔、重さに驚いた顔、様々だが……ん?お漏らしの子か?大人しそうには感じたが、震えている。武器が怖いのか?
時間が来たので次の部屋に入る。
「此処は初期魔法室だ。魔力の鍛錬の魔力循環の瞑想をしたり、魔石を使っての魔力のやり取り、魔石の特性や運用法、簡単な魔道具の構造説明とかだな。戦士や弓士、探索士が実技訓練の時に魔法系の連中はここって訳だ」
これで校舎を出て中庭から眺める。
「校舎自体はこんなものだ。隣が教員棟で、アレが練武場だ。鍛錬の為なら好きに使って構わんが、混雑を避けて上手く使え。寮と浴場、食堂は省くぞ?で、そこから出て左に真っ直ぐ行くと大通りに出る。その角が冒険者ギルド本部の建物だ。良し、一旦教室に戻るぞ」
子供達を引き連れて教室に向かう。これ、鴨の親子か?
こいつ等やけに大人しいが、俺が怖いとかじゃないよな?アーシャ!母さん!どうなんだ?
{一発、ギャグでもかましたら?}
いや、俺のキャラでは無い。辞めておくよ。。
で、全員席に着いた所で
「よし、先ずは自己紹介をしろ。名前、出身、得意の物、言いたい事が有れば足しておけ。そこの先頭から始めろ」
「ウひっ!へい!じ、自分は、あ、アーノルド・フォン・デッサウ!男爵家4男、15歳!王都出身で剣が得意です!え、英雄様に憧れてまッす!」
「アーノルド、落ち着け。皆も自己紹介は覚えておけよ?何が得意でどんな性格か?出身も冒険をする上で役に立つ時も有る。パーティに誘うかも知れんのだからな?よし、次」
「アネッサです。14歳。王都出身で家は下級官吏ですから平民と変わりません。火属性の魔法が得意です。私も英雄様に憧れてます。お会い出来て光栄です」
「アネッサ、君の父上は知っている。マリノ家だな?冒険者で有ろうと無かろうと、貴族はトラブルに遭った時に面倒だから、最初から貴族で有る事は示しておけよ?自分の為にだ」
その後は殆ど平民で30人中、男21人女9人と言った比率だ。
で、最後。お漏らしの子だ。
「ゎ、わた、し、キャ、カトリーヌ、です。14歳、で弓と水の魔法、が少し…コトブス村。出身で、す。え……いゆう様を崇、拝してます…」
ふむ。この子は何か有りそうだな―――よし。
「自己紹介は終わりだな、カトリーヌ!お前はこの一番前に座れ。目も悪そうだし声も小さい。クラス全体の伝達事項はお前に頼むとしよう。いいな?さあ、ここに来い」
「え?――――は、はぃ……」
「よし、こんな感じだがなるべく座学の時は前に詰めろ?昼だな。昼食だから1時間休憩だ。俺も行くとしよう。ん?どうした?行かんのか?カトリーヌ、行くぞ」
前列の連中にも目配せをして教室を出る。カトリーヌは焦って来たようだ。
前列を中心に他の生徒もドタドタと寄って来る。
まあ、子供だ。可愛いモノだ。なるべく死なせたくは無いからな。
皆で食堂に入るとチラホラと生徒と教員が座って居て、此方を見て呆けている。古代の出土品か?
カウンターに行くと料理長のおばさんが
「ニルヴァーナ卿!わざわざすみません!「いや、此処では冒険者だから。俺は日替わり定食とビール」
そう言ってカウンターに近い席に腰を下ろすと、直ぐにビールが出て来た!早いな。
すると、隣に恐る恐るといった感じでちょこん。と、小柄なメガネっ娘が座った。カトリーヌだ。
別に隣に来いと言った訳では無いが、まあ本人が怖く無いならいいか。
続いて貴族組のアーノルドとアネッサも同じテーブルに来た。アネッサは、普通に町娘の反応と同じでぽわ~っとして頬が赤いが、アーノルド!お前ガチガチだぞ!右手と右足が一緒に動いてるぞ?おい!コップから水が零れている!確りしろ!
と、思ったらダンカンが入って来て、同じテーブルに座りやがった。
「おう、メル!お前のせいで周りの生徒達が緊張してんじゃねーか!つか、食堂に来るとはな。明日は例のビストロ行くか?」
「ああ、構わない。と言うか、俺はそんなに怖いのか?あんたの方が強面だと思うんだが」
「俺は優しいギルマス様で校長様だ!怖い訳ね~だろ」
「いや、カトリーヌもアーノルドもアネッサも固まってるぞ?なぁ?」
「ぁ、声が、その、大きくて……あ、あの、えいゆ、様。ありが、ありがとう、ござい、ました」
「声がでけぇ?ほら、お前にビビッてんじゃね~のか?」
「カトリーヌ、心配するな。構わん。いや、この子は少しな……俺も暫くは毎日来る。朝から晩までって訳には行かないが。アンタも忙しいだろうからな。お、飯が来たぞ」
「アーノルド、戦士職なら肉は食って身体を作れよ?アネッサには魔法系の纏め役を頼むかも知れん。カトリーヌは座学が終わったら少し残れ。話が有る。説教では無いから心配するな」
子供達も漸く慣れて来て、比較的和やかに食事を済ませた。ダンカンの声の大きさには慣れなかったようだが。
午後から座学だが、入校1回目なので冒険者の心構えと立ち位置等を説明する。
・先ずは生き残る事
・信用第一だから、完遂出来ない無茶な依頼は受けない事
・冒険者仲間は助け合う事
・知識を蓄え思考を巡らす事
・装備、道具の点検と補充は必ず行う事
・大自然を、野生を侮らない事
・自分と敵を常に冷静に見極める事
「例えばゴブリンだが、1匹ならどうにかなるだろう。武器が有れば。だが、2~3匹が一度に襲ってきたら…アーノルド、どうだ?」
「はい!かなり危ないと思います!」
「そうだな。今のお前ならな。だが、アーノルドはそれを理解出来ている。ならば、対処は可能な訳だ。早い段階で逃げるなり、弓や魔法で援護が有れば問題無い。1人なら罠を張ってもいい。時間が無ければ地の理を利用して1匹づつ相対する様に誘えばいい。この様に常に冷静な判断が生死を分ける」
と、こんな感じで実例を混ぜたりしながら話を広げた。
こいつ等はまだ、世間を知らない。実体験が無い。命の遣り取りを知らない。
だから座学で様々な知識を詰め込んで、実地で体験して貰う。
「よし。今日は此処までだ。明日は午前が座学で午後は剣と弓、魔法に分かれて基礎の抗議だ。明後日は早速日帰りで薬草採取の実地訓練が有る。覚えておけ!それから、金銭事情が乏しい者が居たらアルバイトを斡旋するから教員棟に行って来い。カトリーヌは着いて来い」
カトリーヌを連れて3階の空き教室に入り、優しく、座る様に伝えた。
「朝の事は忘れろ。俺の印象が強烈で誰も覚えちゃいない。でな、お前は冒険者になりに来た。訳じゃないな?聞いてやるから言え」
「ゎ………わた、し。ぅうっうえっく、ひっくうわあああぁん」
泣き出してしまった。俺が、悪いのか?
タオルを渡してカトリーヌの頭を撫でながら治癒の魔法を掛けた。精神を癒す作用が有るからだ。
「すみません、でした。あ、あの、私の家は綿業農家で、両親と姉弟4人で、私は長女なんです。私、身体も小さいし、目も悪くて戦力にならなくて、邪魔者なんです。気に入らないとすぐ殴られて。貧しい農村では良く有る事なんです。家と畑は弟が継ぐし、下の子達も弟に付けられるので私に早く嫁に行けと殴られてて。機嫌が悪いと、動けなくなるまで、殴られて。魔力が有るって気付いてからは村長さんに相談したら、偶に教えてくれたんです。だから野原や林で練習する内に弓も使える様になって。去年の暮に14で成人した時も、納屋でこっそり練習してたら見つかって、立てなくなるまで殴られて。そしたら突然わた、私に、被さって、破かれ、て。からだを嘗められて、そ、その、そしたら、母さんが、助けて。くれたんです。年が明けて、隣村の親戚に嫁げと言われて。お爺さん、なんです。相手が。モチロン、いやだって、言いました。気絶するまで殴られて。気付いたら、裸で納屋に吊るされて、鞭で打つんです。何度も。いたみで、もらすたびにうれしそうに、うつんです。気が付いたら母さんが助けてくれて。へそくりを持たせてくれて、逃がしてくれたんです。もう……どう、したらいいのか、わかりません。かあさんもしんぱいで、でも怖くて。貧しい農家に生まれて、役に立たなくて毎日殴られて、父親に犯されかけて、お爺さんに嫁げと言われて、鞭の痕が消えないから、どこも嫁なんて無理で、母さんが酷い目に合ってる、って思うと、もう、どう、して、いいか、わからない。ううぅっ、死にたいです………」
辛い話を聞いてしまったな。さて、どうするか。アーシャに智恵を借りるか?母さん?
{そうね。それがいいと思うわよ?どうせ放って置けなのだし}
…………わかったよ。そうしよう。
取り敢えず、カトリーヌを連れて校舎を出た。すると家の馬車が敷地内で待機していたので声を掛ける。
「お疲れ様で御座いました。お館様をお待たせする訳には参りませんから」
「すまないな、助かる。先ずは商業区のマダムの店に向かってくれ」
「畏まりました」
マダムの店は王都でも5本の指に入る大店の服飾店だ。
カトリーヌを連れて店内に入ったら、
「これはニルヴァーナ様!どうなされましたか?私がお屋敷に伺いましたのに」
「いや、急でな。この娘に合う洋服やドレスを見てやってくれ。靴から髪の毛、下着まで全てだ。有るだけ屋敷に後で運んでくれ。明日はこの娘も含めて屋敷の使用人と妻達の全員分新調だ。そのつもりで頼む。では採寸してくれ」
カトリーヌは訳が分からないと言った風で奥に連れて行かれ、俺はお茶を飲みながら待つ。
明日の件をマダムと打ち合わせしながら。
さて、次は眼鏡店だ。これも知り合いの店で注文をして1週間程で出来上がるらしい。
漸く我が家だ。
「おかえりなさいませ、お館様」
門が開き正面玄関までの庭園の道をゆっくりと進み、玄関前で停止する。
妻とメイド達が全員並んでいる光景に、カトリーヌは固まってしまったようだ。
「おかえりなさいませ、旦那様。あら、どなたか御一緒でしたか?」
「ああ。カトリーヌ」
気を利かせて、戻っていたジェームズがカトリーヌに手を添えて降ろす。流石だ。
「あ、あわ、あの、どうし、は。初め、まして。カトリーヌ、です」
「はい。ごきげんよう、カトリーヌさん。妻のアーシャです。宜しくね」
アーシャは俺と目を合わせて、委細承知とばかりに頷く。
「さ、皆さん。可愛いお客様ですわよ?丁重にね?ターニャさんソニアさん、マリアンヌ。お願いね」
俺とアーシャは居間に、ターニャ達はカトリーヌを連れて談話室に向かう。
俺とアーシャにお茶が出た後は人払いをして、話を始める。
「旦那様。彼女はどう言った事情なのでしょうか。恐らく成人女性と見ましたが、学校関係ですか?」
俺は朝からの一連の事や彼女から聞いた話の一切をアーシャに話した。
次第にアーシャの表情が険しくなって行き、最後には無表情になっていた。恐ろしいのだが。
「と、言う事でな。何かの縁とも思ったし、アーシャの研究にも一役買えるかとも考えて連れて来た」
「優しい旦那様ですが、それでこそ私の旦那様ですわ。私、久々に憤慨して居ります。言葉では表現出来ません。本日の会合で研究室を作る運びになりましたから、カトリーヌさんは座学と実地研修以外はここに詰めて貰いましょう。部屋も……別館で適当な場所を用意させます。お給金も払いますから。実家はコトブス村ですわね?私が出向いて憂いを絶ちます。創神教も巻き込んで監視させますから問題御座いません。鬼畜に天誅ですわ」
「色々と助かる。アーシャが行くのかい?じゃあ、ターニャとソニアも連れて行く?護衛は勿論だがバハムートも同行させるよ。要塞馬車で行けばいい」
それに合わせて明日のマダムの件も伝えたら喜んでいた。急で悪いが良かった。
俺達も談話室に行き、ターニャ、ソニア、マリアンヌに結論だけを伝え、カトリーヌは研究員兼住人と言う良く分からない感じになったが良いのだろう。
マダムの件は使用人の皆も喜んでくれたようだ。マリアンヌは早速別館の部屋の手配を支持していた。
「凄いです!本物の聖女様にお城みたいなお屋敷でビックリしてます!」
「うふふ。カトリーヌさんは当家でお部屋を用意しますから、安心して生活してくださいな。学校の座学以外は私達の研究をお手伝いして欲しいの。構わないかしら?勿論、お給金はお支払いしますね。それから、お母様がご心配なのでしょう?それも私が出向いて解決しておきますから安心してくださいな。ターニャさんは同行して下さい。ソニアさんは旦那様に。マリアンヌ、侍女とメイドの手配もお願いね……明後日には出ます。次の会合は9日後で手配して」
その後はカトリーヌの綿花や栽培、収穫から紡ぎにまでの綿の知識と経験の話を聞いている内にマダムの店から荷物が届いたようだが、食事の用意が整ったので食堂に移動した。
カトリーヌにはどれも初めての事だらけで驚いていたが、笑顔が戻って良かった。




