3 あたしだけがひとり取り残されている
ホワイトボードに映された地図を睨みつけるようにして子守唄のような先生の声に耐えていると、閉じかけたまぶたの裏に凛花と杏の二人の姿が浮かんできた。
*
「二人にだって好きな人くらいいるよね? イマドキいなきゃ変だって」
「ちょっとでもイイなって人いないの。言ってみ? ないしょにしてあげるから」
ほわほわと二人の幼い声がしてこれが夢だとすぐにわかった。
学校のジャングルジムで逃げ回るあたしを追って、凛花と杏が詰め寄ってくる。
ホントうざい。かんべんして。そんなのいないって、いくら言っても伝わらない。
凛花や杏には、幼稚園のころから本命の好きな人がいることになっていた。
杏なんて毎年相手がちがっていたし、学年で一番人気の男子一筋だった凛花だって、実際に彼と話してるとこなんか見たことがなかった。
二人とも言うほど本気に見えなかったけれど、自分と同じように、あたしや由美子にも好きな人くらいはいるはずと信じて疑わない。
バレンタインは、毎年二人からのこんな質問責めから始まった。男子とちょっと話してただけでも、熱愛にまでまつりあげられてしまうのだから手に負えない。
「私の本命はお父さんかな」
夢の中の由美子がベタな返しで二人をかわす。わらにもすがる思いであたしもその流れに乗る。
「あ、私もパパ。パパにあげる」
「あーっ、ごまかした!」
「ずるいよっ。白状しなさい」
いったい何がそんなにずるいのか。
ジャングルジムから飛び降り走り出すと、二人はこぶしを振り上げて追いかけてきた。
夢の中だからか異様に速い。
「好きな人がいなきゃおかしいって、なんでよ。チョコ作るだけでいいじゃん」
バスケットゴールのある体育館の方まで逃げていくと、二人は急に目を輝かせた。
ゴールを決めた大葉南朋の姿を、由美子がうっとりと見つめているのを発見したようだ。
「捧げるためじゃなきゃ、チョコなんかわざわざ作んないでしょ」
「想いをこめるから楽しいんだよ。ねぇ、由美子」
凛花が勝ち誇ったような笑みを浮かべ、杏が由美子の肩を抱き寄せる。
ああ、そっか。由美子もそっち側か。
一人取り残されたような気持ちになって、あたしは唇を尖らせる。
「捧げるって、神様じゃないんだからさ」
相手がいるから、相手のために……そういえば、みんなラッピングやお手紙を書くのにも凝っていた。
そんな中あたしが書くのはいつも、大好きなパパへ。
あたしにはみんなの気持ちがわからなかった。
怖くないんだろうか。受け取ってもらえないかも知れないのに。どんなあつかいを受けるかもわからないのに。
どうしても差し出さないといけないもの?
バレンタインだからって。
*
「次、高橋」
先生の声ではっと目を覚まし、ホワイトボードに目を向ける。答えられないでいると、学年末が近いのにと説教されてしまった。
今年も、私たちの知らないところで凛花と杏はチョコを作るのだろうか。恋するだれかのために、想いをこめて。




