17 あたしだけじゃない
みんなで道具を拭いて片付け、冷蔵庫のトリュフを確認する。
由美子はきれいになったテーブルに、ショッピングモールであたしがかわいいと言っていた虹色のラッピングバッグを出してきた。
「かなえちゃんが気に入ってたみたいだったから」
由美子はこれを買い出しに行っていたんだ。
凛花がラッピングバッグの下から乳白色のカードを引き出した。
「メッセージカード付きだって。これにももちゃんへの愛を思う存分したためてちょーだい」
「は?」
「こら、凛花。それだよ。かなえがやめてって言ってたの」
「え。こんなの愛情表現じゃーん」
杏にたしなめられて凛花は口を尖らせた。
眉を顰めるあたしを見て苦笑していた由美子が、凛花にアドバイスする。
「どんな反応が返ってくるか想像してから話すといいのかも」
「うーんと、かなえがぎゃーってなって……、あ。イジリ展開だ」
「ほら、だめじゃん。それで楽しいのは、イジる方だけだし。愛情表現なら相手に喜んでもらえないと意味がないやね。相手とネタは考えないと。さすがの凛花も担任の前で担任ネタやんないでしょ」
凛花の回答に杏がつっこむ。凛花はあたしの顔を覗き込んだ。
長い付き合いだ。あたしが喜んでいないことくらいはわかるだろう。
「まあ、確かに」
「本人がいないとこでもやらないほうがいいと思うけど。ラッピングしたら出よう。早くしないと部活終わっちゃうよ」
そういえば由美子は誰かをイジるようなことは絶対にしない。大葉のこと以外でイジられることもまずない。
イジられても自分ごとにせず、かまってほしくてしたことなんだって受け流してしまう。
まるで何を入れてもチョコのままでいるトリュフみたいに、由美子のままで。
あたしたちは思い思いにトリュフをラッピングして、由美子の家を後にした。
***
「さむっ。あー天気が微妙だわ」
玄関が混み合うのを避けるため、先に玄関の外へ出てブーツを整えていた凛花が空を見上げている。
スニーカーに足を突っ込み、頭をあげると玄関横の姿見に映るあたしと目が合った。
化粧して綺麗に髪を結い上げたあたしと。
——かんちがいしない方がいいよ、イタイから——
ふと、心の奥の方からゴリラ女をあざ笑う声が浮かび上がってきた。
何百、いや何千、何万回もくりかえし聞いた、いくら耳をふさいでもしつこく追いかけてきた声が。
「かなえちゃん、どうしたの?」
鍵を持って後ろに立っていた由美子が心配そうな顔で見つめる。
「……笑われたり、しないかな」
「怖くなるのは当たり前だよね。イヤな思いをしたんだもん。二度と同じ思いをしなくてすむように自分を守りたい。みんな一緒だよ。あのね……」
由美子が言葉を切る。それからほうっと息をついて一気にしゃべった。
「私も昔、本人の前で『この子、大葉くんことが好きなんだよ』ってからかわれた時のことが忘れられない。その時大葉くん、困った顔してて。だから私、全然違うよって、好きじゃないよって否定しちゃった。あれから、ずっとなんて言えば良かったのか考えてる。だから同じ。今はまだ勇気がないけど、でも私もがんばるから、かなえちゃんも負けないで」
知らなかった。
あたしたちの誰かが大葉の名前を口にするたびに、頬を染めてだまりこんでいた由美子の姿が浮かぶ。
みんな何かを乗り越えようとしている途中なんだ。
あたしは、ひとりじゃない。
「ほんと長いよね。由美子の恋は」
「凛花だって、ずーっと王子一筋じゃん」
「そうよ。なのに、杏は毎年コロコロコロコロ……」
先に靴を履き終えた二人が、いつものようにぎゃあぎゃあやり合いはじめた。
心の声は消えなくても、従わないでいることができる。
ソイツにどんなひどい言葉で罵られようと、あたしは自分を守ることができる。
ゴリラ女は私じゃない。
「由美子、ありがとう」
玄関を出ると外はどんよりとくもっていた。このまま天気は下り坂なのだろうか。
服はひどいままだけれど、化粧をするとわざとラフな格好をしているようなおしゃれな感じに見えなくもなかった。
自分を飾って外へ出るのはあの日以来だ。
空気はうんと冷たいのに、気分が高まっていて指先まであたたかかった。




