第九話「お茶を飲みました」
市場の近くの小さな茶屋に、二人は座っていた。
マクシミリアンは紅茶ではなく、甘いミルクティーを頼んだ。レナータは少し驚いた。冷たい印象の辺境伯が、こんなに甘そうな飲み物を選ぶとは思わなかった。
「甘いものがお好きなんですか」
「ああ」と彼はあっさり認めた。「子供のときからだ」
「お似合いではないですね」
「言うな」と彼は少し眉をひそめた。「自覚はある」
レナータは思わず小さく笑った。
マクシミリアンも、わずかに口元を緩めた。それは初めて見る、本物の笑顔に近い表情だった。
「代筆屋」と彼は言った。
「はい」
「君は、なぜ代筆屋を始めた」
レナータは少し考えた。普通の代筆屋なら、生活のため、と答えるだろう。でも彼にはそれ以上の何かを話したくなった。
「両親が手紙の名手だったんです」
「ほう」
「父と母は、婚約期間中に四百通近い手紙を交わしました。私はそれを全部読んで育ちました。両親が他界した後も、その手紙だけは捨てられなくて——気がついたら、私自身が書ける人間になっていました」
マクシミリアンは静かに聞いていた。
「素晴らしい両親だな」
「はい」
「君の文に温度があるのは、その手紙のおかげか」
レナータは顔を上げた。
温度——という言葉に、心臓が小さく跳ねた。彼は、自分の代筆を読んだことがあるかのような口ぶりだ。
いや、当然だ。半年前の手紙を読んでいる。あれが温度のある文だと、彼は思っている。
「マクシミリアン様」とレナータは聞いた。「なぜ、その書き手を探していらっしゃるんですか。最初に伺ったとき『礼を言いたい』『確かめたいことがある』と仰いましたが」
彼はミルクティーを一口飲んだ。
「次に話そう」
「次、ですか」
「ああ。今夜、店に行く。そこで話す」
マクシミリアンは席を立った。茶の代金は彼が払った。
レナータは茶屋に取り残された。
彼の隣にいた時間は、たった四十分だった。
でもレナータは——自分の心臓の速さを、否定できなくなっていた。




