第八話 「市場で会いました」
翌々日、レナータは町外れの市場を歩いていた。
代筆業の合間に、妹に頼まれた林檎を買いに来た。屋敷の食卓は質素で、果物が滅多に並ばない。今日は特別に、ミラの誕生日が近いから。
市場の角を曲がったとき——
レナータは足を止めた。
マクシミリアンが、屋台の前に立っていた。
彼は一人だった。供を連れずに。地味な町人の格好をしているが、立ち姿で貴族だと分かる。視線の先には、林檎が並んだ屋台。
彼は屋台の林檎を、一個一個、触っていた。
赤い林檎を手に取って、優しく置き直す。次に青い林檎を手に取る。それを売り子の老婆に渡す。
レナータは凍りついた。
その動き——その風景は、半年前にレナータが書いたあの手紙の中の景色だった。「市場の角で立ち止まり、赤い林檎を置き直して青い林檎を選ぶ」。あれは商人の三男坊が見た恋人の姿を、レナータが代筆した文章だった。
マクシミリアンは、それを再現していた。
なぜ。
考える間もなく、マクシミリアンが顔を上げた。
目が合った。
レナータは咄嗟に隠れようとした。だが既に遅かった。彼はゆっくりと近づいてきた。
「代筆屋」
「……はい」
「買い物か」
「妹の誕生日に、林檎を」
「そうか」と彼は言った。「奇遇だ」
奇遇——という言葉が、レナータの耳に引っかかった。今、彼は奇遇と言った。だが彼は、林檎を一個一個触っていた。あの手紙の通りに。
「マクシミリアン様」とレナータは思い切って聞いた。「なぜ、林檎を一個ずつ確かめておられたんですか」
マクシミリアンの目が、一瞬、動きを止めた。
「……癖だ」
「癖ですか」
「物の真偽を確かめるのが、職務上の習慣でな」
嘘だ、とレナータは直感した。
貴族の辺境伯が、市場で林檎の真偽を確かめる必要があるはずがない。これは別の理由がある動作だった。
でも、追及はできなかった。
「茶でも飲まないか」とマクシミリアンが言った。「奇遇に再会したのだから」
レナータは少し迷ったが、頷いた。
「……いただきます」
手にした林檎が、少し重く感じた。




