第六話 「依頼が増えました」
マクシミリアンの依頼は、二通目・三通目と続いた。
「次は、もう少し直接的に書いてくれ」とマクシミリアンは言った。「私が誰なのか、何を求めているのか、書き手に伝わるように」
「お引き受けします」とレナータは答えた。
書き始めようとして、ペンが止まった。
二通目の依頼書を読み返す。「私が誰なのか」を書き手に伝えるための手紙。書き手とは——おそらく自分のことだ。つまり自分は、自分に対して「マクシミリアン・フォン・アドラーという辺境伯がいて、その人があなたを探している」と説明する手紙を書くことになる。
頭が痛くなってきた。
ただ、依頼は依頼だ。
『私はアドラー辺境伯領を治めるマクシミリアン・フォン・アドラーと申します。あなたの書いた一通の手紙が、私の元に届いたのは半年前のことでした。その手紙を読んだ夜、私は——』
ペンが止まる。
半年前、マクシミリアンに何があったのか、レナータは知らない。書きようがない。
控えを開き直した。三月十二日。依頼主は商人の若い男性。書き出しは「あなたが先日、市場の角で立ち止まったとき」。
その下に、レナータは小さな備考を残していた。
——依頼主の好意、純粋。少し不器用。書き手の手腕が試される一通。
備考を見つめる。
間違いなく、自分の書いた手紙だ。
ここまで控えと一致する偶然はない。
でも、辺境伯にどう伝えればいいのか。「あの手紙、私が書きました」と。あまりに唐突で、しかも不審だ。代筆屋が「あの手紙の書き手は私です」と名乗り出るのは、何か裏があると勘繰られる。商売としても、代筆屋の素性がバレるのは致命的だ。
素性は書けない。でも——あの手紙を、半年も持ち続ける人の心ならば、書ける気がした。
レナータは結局、こう書いた。
『私の元に届いたとき、私は人と話すこともなく、心が冷えていました。あなたの文章はそれを溶かしました。あなたがどんな方なのか、私は知りません。ただ、お礼を申し上げたいのです』
書き終えてから、レナータは封筒を手に持ったまま動けなかった。
マクシミリアンが、自分の書いた文を読んで「心が溶けた」と言っているらしい。
それを今、自分が代筆している。
奇妙な仕事だ、と改めて思う。
その日の夜、レナータは控えを抱えて屋敷に戻った。




