表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
代筆屋の私が、なぜか自分を探す手紙を依頼されているのですが  作者: トークン
書き手は私でした

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
13/16

第十三話「依頼が最後の一通になりました」

 その朝、私は引き出しの鍵を、いつもより強く握っていた。


 昨夜、ミラに背を押された。今日こそ言う。彼が来たら、三年分の控えを開いて、半年前のページを見せて——書き手は、私です、と。頭の中で、もう何度も練習した。まず控えを開く。次に、該当のページを示す。そして、できるだけ落ち着いた声で、告げる。


 順序は、完璧だった。完璧なのに、指先はもう冷たい。


 昼を過ぎて、扉の鈴が鳴った。


 いつもの濃い灰色の旅装。いつものように静かに入ってきて、いつもの席につく——はずだった。だが今日の彼は、茶も頼まず、本も開かず、ただ私の前に立っていた。


「話がある」


 短い一言に、練習した順序が、頭から飛んだ。


「次の依頼を、最後にする」


 ——え。


「三日。それで書き手が見つからなければ、私は領地に戻る」


 言葉が、うまく耳に入ってこなかった。最後。三日。領地に戻る。一つ一つは知っている単語なのに、繋げると、意味が掴めない。


「待って」気づけば、声が高くなっていた。「最後って……どうして、急に」


「半年、探した。十分だろう」


 彼の声は、いつもと同じ平坦さだった。けれど、深い青の瞳が、わずかに私を見据えていた。いつもより、ほんの少しだけ、長く。


 頭の中の順序が、音を立てて崩れていく。


 おかしい。私が怖がっていたのは、書き手だと知られることだったはずだ。正体を明かせば代筆業ができなくなる。がっかりされる。想像と違うと、幻滅される——そう、ずっと、それが怖かった。


 なのに今、私の頭を占めているのは、そのどれでもなかった。


 彼が、いなくなる。


 北の領地に戻って、もう二度と、この店の扉を開けない。茶も頼まず、本も読まず、私が文字を書くのを、見ることも、ない。


 ——それが、嫌だ。


 書き手だからとか、依頼だからとか、そんなことは、どうでもよかった。ただ、彼に、いなくなってほしくない。


 初めて、自分の気持ちの大きさが、はっきりと形を持った。引き出しの中の控えよりも、手の中の重みよりも、ずっと重いもの。


「……三日、ですね」


 ようやく出たのは、それだけだった。書き手は私だと、今ここで言えば、彼は留まるかもしれない。わかっている。わかっているのに、別の何かが喉につかえて、言葉にならない。


 彼は、小さく頷いた。


「待っている」


 その一言が、依頼の話なのか、それとも——考えかけて、やめた。考えるのが、怖かった。


 彼が去ったあと、私は冷めた茶のカップを、両手で包んだ。


 三日。


 指先は、もう震えてさえいなかった。ただ、静かに、冷たかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ