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代筆屋の私が、なぜか自分を探す手紙を依頼されているのですが  作者: トークン
書き手は私でした

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第十二話「嘘が苦しくなってきました」

【レナータ視点】


 扉の鈴が鳴って、彼の背が雨上がりの通りに消えていく。それを見送ってから、私は羽根ペンを取り直した。

 仕上げかけの恋文が、机の上で続きを待っている。だが、ペン先が、いつもの律動を刻まない。インクが、紙の上でわずかに滲んだ。指先が、かすかに震えていた。


 仕事のせいではない。それくらい、自分でもわかっている。


 まず、彼が探している書き手は、私だ。次に、彼はもう、それに気づいている——気がする。そして私は、いまだに一言も言えていない。


 頭の中で、事実だけが几帳面に並んでいく。並べたところで、どうにもならないことも、わかっているのに。


 彼は今日も、何をするでもなく半日を店で過ごした。茶を飲み、本のページをめくり、私が文字を書くのを静かに見ていた。退屈ではないのか、と一度だけ尋ねたら、「退屈ではない」と短く返ってきた。あの誠実さを知るほど、引き出しの奥のものが重くなる。


 三年分の代筆控え。半年前のページを開けば、彼の手にある手紙と同じ書き出しが、そこにある。証拠は、手の届くところにある。あとは開いて、見せるだけ。たったそれだけのことが、どうしてこんなに重いのだろう。


 その夜、屋敷に帰ると、針仕事をしていたミラが、私の顔を見るなり、口の端をきゅっと持ち上げた。


「お帰りなさい、お姉様。……今日も、いらしたんですね。辺境伯様」


「……どうして、わかるの」


「お姉様のお顔に書いてあります。代筆屋さんなのに、ご自分のお顔だけは隠せないんですから」


 くすくす、と妹が笑う。私はとっさに頬へ手をやってしまい、その仕草でまた笑われた。


「それで」ミラは針を置き、指を一本ずつ折ってみせる。「月曜、火曜、水曜……今週も、ずうっと毎日。辺境伯様って、よほどお暇なのでしょうか。それとも——」


「ミラ」


「それとも、お店に来たいだけ、とか」


 茶を、危うく咽せそうになった。声が、上ずる。


「ち、違うわ。進捗の確認に——」


「ほら。お姉様、また声が高くなりました」


 妹は得意げに笑う。けれど、その目はちゃんと私を見ている。いつもそうだ。茶化しているようで、いちばん大事なところを見落とさない。


「……言いたいの」気づけば、こぼれていた。「もう、ずっと。書き手は私だって。……でも、怖いの」


「何が、ですか」


 私は、自分の手のひらを見た。インクの染みた指。代筆のときの、地味な町娘の格好。他人の恋なら、いくらでも言葉が湧くのに、自分のことになると、途端に何も書けなくなる。


「彼が探しているのは、手紙の中の書き手なの。言葉を上手に操る、文章の中だけの誰か。……実際に会って、がっかりされるのが怖い。想像していた書き手と、こんな地味な私とが、違いすぎて」


 ミラは、もう笑っていなかった。針を膝に置いたまま、穏やかに、けれど真っ直ぐに、私を見る。


「お姉様。辺境伯様は、毎日、何をしにいらっしゃるのですか」


「……お茶を飲んで、本を読んで。私が書くのを、ただ見て」


「文章を見に来ているのではないのですね。書いている、お姉様を見に来ている」


 ——息が、止まった。


「さっき、お姉様の声が高くなったでしょう。あれと、同じです。辺境伯様もきっと、手紙の中の誰かではなく、もう、お姉様自身を見ていらっしゃいます」


 返す言葉が、見つからなかった。


 怖さが消えたわけではない。けれど妹の言葉は、手の中の重みを、ほんの少しだけ軽くしてくれた。


 明日、彼が来たら——今度こそ。


 そう思いながら、私はもう一度、自分の指先を見た。


 まだ、震えていた。

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